一匹の猫から始まった。
世界の残酷さを、人間の無情さを、善意の曖昧さを。嫌と言う程に思い知らされた。
あれほどまでに聞かされた道徳観念が、音を立てて崩れ去る。笑顔で善意を語ってきた大人の全てが虚構に落ちていく。
薄れ行く音は空音のように。大切だと思っていた何かが、実は何の価値もないことに気付かされたのだ。
言ってしまえば、全ては個人の『気分』なのだ。
機嫌が悪いか否か、今が楽しいか否か。
悪にも善にも差などなく、理想論も没理想論も変わりはなく、理論も空論も同じもの。
リアリストは自己のロマンチシズムを語り、ロマンチストは自己のリアリズムを語る。本気で語るロジックすら机上の空論に終わるなんてことはざらにある。
歪で醜悪で全てが虚言で出来たこんな世界。
命の在り方すら曖昧で、失うことが当たり前。自身以外は全て道具であり、自己の確立の為ならば容易く切り捨てる。
いい人は『都合のいい人』の略称であり、仲間意識や友情とは群れを形成することにより自己を大きく見せようとする生存本能。友達の為に憤慨する姿すら、自尊心を満たす為の行為以外の何物でもない。
ああ、なんて醜い生き物なのだろうか、人間。
こんな生き物の為に命脈の灯火を消すことになったあの一匹の猫が不憫でならない。
私は何故非力に生まれてきた?
私は何故何の力も持たない?
私は何故あの時、彼を救う為に声をあげなかった?
──ああ、そうだ。私も人間だからだ。
白雲紛う満天。風に揺られ、木葉がヒラヒラと宙に舞う。
一つの真理に到達した私は、物語を紡ぐことにした。
ああ、語ろう、物語ろう。私が見てきた、そしてこれから見る世界の物語を。
大嫌いな世界の、醜悪な愛の物語を。
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