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[2:機械仕掛けな、空っぽのハコ-indeciso-]

「オハヨウゴザイマス。“キノウ”サン。」
目が覚めると、カーテンが揺れるのにあわせて眩しい日差しが射し込む。
「ん、おはよ。」
彼女は、床に座って寝ていた(と言ってもスリープモードだが)ようだ。
昨夜は僕が寝付くまで彼女はずっと起きていた。
「“オハヨ”?」
首を傾げて聞く。
「おはようございますって事だよ。“おはよう”って言うんだ。」
省略した言葉などはあまりよく分からないようだ。
「ソノ言語ヲ保存シマス。」
彼女は、知らない言葉が出るたびに保存している。
「毎回毎回それ言ってたら面倒じゃない?」
「面倒デハアリマセン。知ラナイ言葉ヲ覚エルノハ・・・」
僕には、明らかに無駄なように思えたので聞いてみると、
彼女は途中で言葉が詰まってしまった。
「・・・えっと、“楽しい?”」
「ソノ言語ヲ保存シマス。」
思わず笑ってしまった。人間ぽいような人間ぽくないような彼女が愛らしい。
「知ラナイ言葉ヲ覚エルノハ、“楽しい”デス。
 ソレデハ、“キノウ”サン。“おはよう”デス。」
彼女は真面目な顔をして、知ったばかりの言葉を使う。
まるで、自分の知ったことを親に話す子供みたいに。
「はい、よく出来ました。それと、“さん”と“です”は敬語だよ。」
「ソノ情報ヲ保存シマス。」
少し困ったよう(に見える)な顔をして、同じ言葉を繰りかえす。
「保存シマシタ。キノウ、朝食ニシマショウ。」
「はーい。」

*

キノウは、「学校」へ行ってしまった。
ボクは、学校についてよく知らない。
でも、学校は勉強をする所だということは知っている。
なんで知っているのかはよく分からない。
ボクはまだ、「空っぽ」だから。
学校はきっと、ボクがこの家に来たのと同じようなことだ。
勉強以外にも、友情というものも作れるらしい。
ボクが、この家に来るときに彼に言われたのと同じことだ。
ボクがこの家に来て「楽しい」。
だから、きっとキノウも学校が「楽しい」んだ。
なんだろう。「これ」はどんな言葉で表せばいいんだろう。
そうだ、キノウが帰ってきたら、聞いてみよう・・・
ボクはやっぱり、まだ「空っぽ」だ。

*

「ただいまー!」
夕暮れの真っ赤な空を背に、彼はドアを開けた。
「おかえり、キノウ。」
「おっ」
てっきりお帰りなさいと言われるかと思っていたので少し驚く。
きっと、“おはよう”の応用だろう。
「言葉ガ、間違ッテイマシタカ?」
表情には出ていないが心配している様だ。
「ううん!合ってるよ!!」
何だか、少し親しくなった気がして嬉しかった。
「ソ、ソウデスカ・・・。」
照れているのだろうか?
目をそらす姿は人間そのものと言っていいだろう。

「夕飯ヲ作ッテオキマシタ。」
楽しそうに、僕の手を引いてリビングまで連れて行かれる。
すっかり“楽しい”に慣れたようだ。
「凄い豪華だね!」
今日の朝食もそうだったが、食材さえ用意しておけば彼女は料理を作ってくれる。
僕は既に一人暮らしをしていて豪華な食事なんて久しぶりだった。
何か、いいなぁこういうの。
「じゃあ、いただきます。」
「“イタダキマス”?」
聞きなれない単語だったらしい。
「あのね、動物さんたちの命を頂きますってことだよ。」
「動物ノ“イノチ”・・・?ソノ単語ハ認識サレマセン。」
彼女(アンドロイド)にとって、命は認識されないのだろうか?
酷く悲しい気持ちになる。
あとで、あの科学者に文句を言ってやろう。
「難しいなら、今分かる必要はないよ。」
彼女は、ただ不思議そうに瞬きを二回する。
「とにかく、早く食べないと冷めちゃうよね。」
味付けは、ちょっとだけしょっぱい気がした。
味見なんて彼女に出来るわけもなく。出来たとしても、味までは分からないだろう。
「アノ、オイシイ?」
「うん。おいしいよ。こんなおいしいもの本当に久しぶりだよ。」
ちょっとしょっぱいけど、やっぱりおいしかった。
「ソウ言ッテモラエテ・・・エット」
「“嬉しい”かな?」
感情に対する言葉はあまり知らないらしい。
「ソノ言葉ヲ保存シマス。ソウ言ッテモラエテ“嬉しい”。」
そう言って、ぎこちなく微笑んでみせた。

*

あぁ、聞き損ねてしまった。
ボクにはまだ「これ」がよく分からない。
「イノチ」もよく分からない。
でも、ボクにはイノチがないことは知ってる。
やっぱり意味は分からないけれど。
どうしよう。どうしよう。
ボクはまだ知りたいことがたくさんある。
彼のことが知りたい。

*

深夜になって、外がだいぶ静かになった。
とりあえず、さっきの事を例の科学者に電話しておこう。
彼は夜行性(というか、あんまり寝てない)なので、こんな時間でも起きているだろう。
「もしもし、常盤(トキワ)さん?」
常盤というのが科学者の名前だ。
[はい、常盤でーす。
 さっき電話しようと思ったんだが、今なかなか大変なんだよなあ。
 で、あいつの様子はどうだ!?]
「あれ、鼻声ですけど作業用マスクしたまま話してません?」
前に電話をかけたときに、何度かマスクのまま出られたことがあるが、なかなか聞き取りずらいのだ。
[悪ぃな、今マスク外せないんだよ。で、そんなことはいいから、あいつの様子を教えろって!]
彼の最優先事項は基本的に機械だ。
「まぁ、聞き取れなくはないんでいいんですが・・・。で、アスカの事なんですが」
[ちょい待ち、アスカって?]
「あ、名前です。彼女が最初に名前を入力してくださいって言ったので。」
[詳しく説明せんでも、自分でそうセットしたんだから分かる。
 名前はアスカになったんだな。うん、可愛くて良いと思うぞ。]
「で、そのアスカについてなんですが、認証されない言葉ってどういうことなんですか?」
[そのまんまだが?簡単に言えば彼女のNGワードだ。]
「じゃあ、何で“イノチ”って言葉がNGワードになるんですか・・・!?」
[・・・あのなぁ。それは、それが重要な言葉ではないからだ。]
「何言ってるんですか!重要な言葉じゃないですか!!
 だって、イノチって言葉がないと彼女に“命を大切にしよう”って言っても理解できないんですよ?」
[お前の言いたいことも分からなくはないんだがな・・・。彼女に命はあるか?]
「・・・ないですけど。」
[じゃあ、お前は彼女に命がないから大切にしなくても良いな。]
「そんなの良いわけないじゃないですか!!」
[ま、そうゆーこと。ぉk? 命のない彼女に、その言葉を与えるほど残酷じゃないんでね。]

僕は、無言で電話を切ってしまった。
彼はズルいと思う。子供みたいなのに、本当は僕なんかよりずっと大人だ。
何を考えているのかよく分からないけれど、大切なことは知っている。
僕と居るより、アスカは彼といたほうが良いんじゃないだろうか。

*

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【メモリー忘却ループ。】2:機械仕掛けな、空っぽのハコ-indeciso-【オリジナル小説】

閲覧数:93

投稿日:2012/02/13 19:41:30

文字数:2,890文字

カテゴリ:小説

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