ココロ・キセキ ~ある孤独な科学者の話~ [2]
発想元・歌詞引用:トラボルタP様・ジュンP様 『ココロ・キセキ』
カイトは、亡くなった。
死因は、心不全。
あきらかな、過労だった。
* *
「手が、とても、あたたかかったの」
リンは、カイトと付き合い始めた理由を、そう語った。
「おかしいよね。初対面のとき、あんなに汚い格好をしたあの人に、一目ぼれだったのよ」
その後、レンは研究に没頭した。
彼のテーマは、住宅環境のプログラム。
家事マシンの動作を決めたり、効率よく発電するソーラーシステムを組んだり、欠損をなるべく最小限に抑えたエネルギー分配システムを考案する。
効率のよい日々の暮らしをサポートするプログラムの開発だ。
『ココロを知りたい』と語ったカイトとは正反対の、実用一辺倒な研究だが、人並みな才能、人並みな容姿でも人当たりの良いレンは、つねに人に囲まれてすごしていた。
レンの才能や発想こそ平凡であったが、彼は人に恵まれ、そして人に必要とされた。
博士号を獲得し、研究職も順調に軌道にのった頃、レンは、リンにプロポーズした。
カイトの死の7周忌に、墓前で、レンは告白したのだ。
「初めて会ったときから、リンに一目惚れだった」
と。
リンはもちろん気がついた。それが、いつか自身がレンに語った、「カイトに一目惚れだった」と同じということに。
リンは、泣きながら、7年間、悲しみの底に落ち込んでいた自分の側に、ずっといてくれたレンの手を、そっと握り返した。
* *
その後、レンは順調に歳を重ねた。
ライフラインの研究を精力的に続けた。
業績はだんだんと認められ、やがて大学に招かれ講師となり、人並みに助教となった。
人より少し遅く準教授となり、やがて教授になった。
レンが引き継いだのは、彼が卒業した、旧山波研。
生活の役にたつ研究も多いが、人の心理や動作なども研究の対象だった。
もともと実用的な研究の得意なレンだが、そのほかの研究も、その頃には器用にこなした。
子供にはめぐまれなかったレンだが、学生たちに囲まれて、にぎやかな生活を送っていた。 妻のリンも、そんな騒がしく幸せな空間に、にこにこと付き合ってくれた。
ところが、レンは、その幸せな生活の下に、重い秘密を抱えていたのだ。
講義も終わり、学生の訪問も途絶える夕方20:00.
レンはひっそりと、学内の自室に引きこもる。
うず高く積み上げられた資料の塀にかこまれた、ホコリひとつ残さず掃除された一角。そこに、女の子が、ひとり座っている。
本物の人間ではない。
レンの作った、人形だ。
若いころの、レンが初めて出会ったころの、リンにそっくりだった。
教授として成功し、一流の研究者として社会的にも認められたレン。
一見平穏に見える人生だが、レンの心中は、穏やかなものではなかった。
平凡なレンは、カイトの亡くなったあの日、カイトの機械から彼のデータを抜き取った。
その日から、彼は妻のリンにも誰にも内緒で、カイトの『私的な』研究を引き継いだのだ。
「僕は心を作りたい」
生前、そう願ったカイトの、研究を。
「俺も、知りたい」
レンも、そう思った。
『ココロ』を、作る。
レンの手が、女の子の首にかかる。かすかな摩擦音とともに、カチリとその頭が外れた。
髪が、ふわりとレンの手の甲をくすぐる。
蛍光灯のともった研究室で、ひとり、連を囲むのは、腕、足、皮膚、目、鼻、耳、舌など、体のさまざまな感覚のパーツだ。
「今日は、温点のテストだよ、Rin」
手のひらのパーツを取り出し、ケーブルのみで頭部に接続する。
手と頭が人間にそっくりであるため、外から見るとグロテスクな光景だが、ここはレンの勝ち取った彼の城、彼の研究室だ。レンの心中同様、誰ものぞき見ることはない。
機械音とパルスの紡ぐ光の波形が、淡々と夜の研究室に響いてゆく。
レンの傍らの小さなディスプレイに、ひとつ、レトロな画面が開いている。
それは、カイトの研究記録であった。
レンは、カイトの記録を見ながら、実験を進めてゆく。
あの日、レンがカイトの部屋で抜き取ったデータ。
それが、天才カイトの研究日誌であった。
レンは、ただ、知りたかったのだ。凡才の自分と天才のカイト、その思考と行動はどう違うのかと。
……それが、カイトの研究を調べることで、分かるかも知れない。
あの日。カイトが倒れたあの日、カイトのコンピュータにメモリを突っ込んだのは、衝動だった。
「俺も、知りたい」
レンは、カイトのことも好きだったし、尊敬もしていたが、その心は、ちっとも理解できなかった。だから、知りたいと、思った。
「天才カイトが執着した『ココロ』を作る研究を引き継いだら、いつか、凡才の俺にも、天才カイトの心が分かるようになるかもしれない……」
レンがカイトのコンピュータから抜き取ったデータのうち、レンが最も重宝したのは、カイトの研究日誌だった。
心を作りたい、などと常人には途方もない課題に挑んだカイト。
学生のころから天才と謳われたカイトは、その難題に挑むにあたり、何を思い、何を試し、何を失敗したのか。改善のために、どんな手段を取ったのか。
腕、脚、皮膚感覚、目、鼻、耳、舌。
カイトの作った人体の構造と感覚の模型ネットワークは、いちだんと複雑になっていた。実際それらを動かす複雑なプログラムは魅力的だったが、レンにとって、カイトの思考そのものである、研究日誌の方が、さらに魅力的だった。
昔見た、カイトの見よう見まねで、脳となるメインコンピュータに、脚や腕、皮膚感覚を再現する回路の塊をつないでゆく。そうして脳にパルスを読ませ、回路に人としての行動を反復させてゆくにつれて、いつしか、レンはその仕事にのめりこんでいった。
昔カイトがしているのを見た時のように、『脳』にパーツをつないでは、パルスを読ませ、反応を確かめてゆく。レンの夜の数時間は、ひっそりと孤独に過ぎてゆくのだった。
* *
研究を引き継いだといっても、レンはカイトのように、「ヒトの心」に興味を持っていたのではない。
その困難な課題を克服してゆく手段に、のめりこんでいったのだった。
手首の複雑な回転がうまくいかなかったとき、カイトの研究記録は、レンに自身の思考とプログラムの整理法を教えた。
平凡な思考のレンは、そうしてカイトの思考整理術を学んだ。
それは、レンの本業でも生かされた。
効率のよいシステムを開発し、レンは助教となった。
視角のシステムから動作に移るまでがうまくいかなかったとき、カイトの記録は、レンにひらめきのヒントをくれた。
平凡に努力をし、時を重ねることしかできなかったレンは、その美しい飛躍法を手に入れた。
もちろん、それはレンの本業に、大いに生かされた。
先ほどの手首のシステムも応用した、太陽を追いかけるヒマワリ型の省消費電力で高効率のソーラー発電機は、レンの名前を一躍有名にした。
そして、レンは準教授の職を得た。
人形の全身を組んでは解き、解いては組むごとに、平凡なレンの手先はどんどん器用になっていった。
美しく組みあがった人形は、走り、見て、聞いて、反応し、会話も可能となった。
複雑なシステムを組む思考。さまざまな作業をこなす手先。
レンは、人形を作るうちにさまざまな技術を身につけ、それを『ライフライン開発』という本業に生かした。
技術官にも研究者にも一目置かれるようになった『Kagamine, Len』は、いまや世界中にその名を轟かせている。そして、レンは教授になった。
自身をそこまで育て上げたのは、カイトの残した研究記録だと、レン自身、よく理解していた。
人形作りに没頭しながら、レンはつぶやく。
「カイト先輩の研究が、ひらめきが、埋もれるなんて、あってはならないんだ。俺が世界に出してやる……」
『人形』にまつわる研究は、すべてレンの研究テーマ『人の生活』に応用されてゆく。レンの業績になってゆく。
しかし、いくら言い訳しても、あの日、カイトの部屋でデータを抜き取った罪悪感は消えない。
カイトを愛したリンに、その研究をこっそり引き継いで食いぶちにしていることなど、言えはしない。
罪と秘密が、重くレンにのしかかる。
「許してくれ、カイト……」
データを抜くとき、一度だけ動いたパルスが、カイトからの断罪に思えてならない。
「もしカイトが死ななかったら、リンはカイトと幸せになった。
今、俺が世界中から浴びている喝采も、あいつのものなんだ……」
そうしたら。
いま、自分のかわりに、カイトは、実にしあわせに、彼のすきな研究に没頭していたかもしれない。
自分を責め続けながらも、それでもレンは人形作りをやめなかった。
人形作りで得てゆく技と力。それを自分の仕事にフィードバックさせていく誘惑には逆らえなかった。
そんなところも、レンは、じつに平凡な人間であった。
「カイト、カイト……すまない。
俺は、きみの技を盗み続けているんだ……」
カイトの歳は、はるか昔に追い越した。
歳を重ねていくレンは、妻とともに、学生や仲間に囲まれていても、いつも、罪悪感を抱えていた。
人知れず、レンは、孤独だったのだ。
今日も、レンは20時を回ると人形に向かう。
夜の時間が、レンと人形に降り積もる……。
* *
ある、冬の日。
妻のリンが倒れた。
あっけなく、逝ってしまった。
「定年を迎えたら、静かな森に、ログハウスを建てて、二人でゆっくり楽しもうか」
ついに子供の出来ることのなかったレンが、そう提案すると、
「あなたの建てたログハウスなら、きっとどんな老人ホームよりも、サービス満点でバリアフリーで、おまけに省エネ長持ち、なんでしょうね」
リンはそう答えて、花の咲くような笑顔を見せたものだった。
ログハウスは、定年の二年前に完成していた。
「学生には黙っておこうな」
「どうせあなたのことだもの、引退式にうっかり口をすべらせて、すぐに集会所になるに決まっています。なんだかんだ言って、あなた、ひとに絡むの好きじゃありませんか」
そんななごやかな想像を膨らませ、あれこれ家具を運び込んで、リンとふたりで会話を弾ませていた、その矢先だった。
人生の幸せをレンが噛みしめようとしたそのとき、それはするりとレンの手の中から消えた。
「リン?」
相方のいなくなった部屋に、答えるものはいない。
レンの心は、行き場を失った。
「ついに、来たんだ」
いつしか、レンはそう思いこむようになっていた。
「カイトから盗んだ幸せで、楽しく暮らしていた俺への罰が、ついにやってきたんだ」
表面上は、リンの死を乗り越えるしぐさをしながらも、レンの心境はますます追い詰められていく。
きっと、今までの幸せのツケを払うような、想像を絶する苦しみが待っているのだろうか。
レンは、めったに家には帰らなくなった。
ますます、人形作りに没頭していった。
妻に似せた人形に、カイトの望んだ『ココロ』は、未だ入らない。
やがて、レン自身、本気で『ココロ』を望むようになったが、それでも、入らない。
「40年近い技術の積み重ねがあるのに……なぜだ」
その作業は、苦痛であり、また恍惚であった。
「リン、カイト……」
そろそろカイトの研究記録のヒントも尽きる。
その先は、レンが自ら考えてゆかねばならない。
自らの不明に苦しみながら、『ココロ』未完のまま死にたくないという焦り、そして誰にも言えない秘密を重ねて、膨大な書物の奥で、稀代の科学者は、孤独な心を抱えていた。
・・・[3]へつづく
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