『なあ、メイコ。お前の誕生日はいつなんだ?』
『私?』
『そう、幾ら聞いても教えてくれないから。このままだと祝ってあげられないだろ』

本当は明日だと、言えば良かっただろうか。
大学へ出かけるマスターの背中を見送ってから、私はふと思った。
冬を間近に控えた十一月四日。思い浮かんだ考えをすぐに首を振って、捨てる。

――言えない。だって、私の誕生日は……

マスターにはとても感謝している。
売れ残っていた私を買い取ってくれて、沢山歌だって歌わせてくれた。
だから、誕生日まで祝って貰わなくても良い。そうココロの中で呟いて、目を伏せた。
凭れかかった玄関の扉が冷たくて。少し、少しだけ泣きたくなった。



「それで、俺に聞きに来た訳ですか?」
「おう。カイトなら知ってるだろうと思って」
「……うーん。知ってるには知ってますけど言いたくないな」

見送るメイコの姿が扉の向こうへ消えたのを見届けてから、俺は駅とは逆方向へ駆けた。
メイコと同じ店で売れ残っていたカイトなら、知ってるんじゃないだろうか。
そんなことを閃いて川原沿いを走り、辿り着いたのはカイトを買った幼馴染の家。
そいつは学校へ出かけてしまった後だったから、すぐにカイトを問い詰めることが出来た。

「な、知りたいんだよ、頼む!」
「でもー、メイコが言わないんだし……俺の出る幕じゃないと言うか」
「言わないとアイスもう買って来ないぞ?」
「うっ」
「今日も買って来たんだけどな。ほーれ、ダッツだ」
「……う、うぅ。仕方無いですね、教えますよ」

カイトは差し出したビニール袋をさっと奪って、眉根を寄せながら口を開く。

「実を言うと、明日です」
「……そうか」
「あれ、驚かないんですか」
「んー……多分、言いたくないならそうかな、とは予想してた」

俺が言うとカイトが苦笑する。「なら聞きに来なきゃ良かったのに」。
ともかく確信が持てたからには急がなければ。少しは準備したけれど、もう明日まで時間がない。

「っし、ありがとな」
「頑張ってメイコを喜ばせてあげて下さいね。あ、あと俺はダッツのドルチェで良いです!」
「……何が?」
「嫌だなあ、俺の誕生日ですよ」
「知らん。お前はお前のマスターに祝って貰え」
「えー」

ひらひら手を振るカイトに背を向けて、再び走る。
どうやら今日は物凄く忙しくなりそうだ。――



そして、当日がやって来る。

「……メイコ」

深夜、三時を回った頃だろうか。私はマスターに起こされた。
上手く起動出来ずに少し、意識が朦朧とする。それでも優しげなマスターの声に、無理矢理起き上がった。

「マスター、なあに? こんな時間に」
「こっち、来て」

手を引かれて奥の部屋へと連れて行かれる。
黒い、アップライトのピアノが置いてある部屋。其処には、他に仏壇しかない。

「聞いて欲しい曲があるんだ」

マスターはそう言って、ピアノに向かった。
戸惑う私を気にせず、鍵盤に指を乗せる。
息をゆっくりと吸ってから、マスターはその指を動かし始めた。

流れてくるのは、優しい音色。
私は――私は、この曲をよく知っている……。
ううん、知らない訳がないんだ。だってこれは、私が最初に歌った歌だから。
同時に、マスターのお母さんが最期に作った曲だから。

「メイコ、気にしなくて良かったんだよ」

メロディの途中だと言うのに、マスターは私へ語りかけてくる。
いつもは、絶対に演奏の途中で喋ることはないのに。

「母さんの命日だからって、俺がお前を祝わないはずないだろ?」
「マスター……」
「ごめん。カイトに聞いた、今日が誕生日なんだって」
「あの、私」
「良いんだよ。メイコ、おめでとう」

マスターが奏でる音色が部屋中に拡がって私を包む。
一番初めと同じ。魔法みたいだと思う。
彼がくれる旋律は、本当に魔法みたいに奇麗で。だけど、そう言ったらマスターは照れて嫌がったっけ。

「マスター……ありがとう」

瞳から冷たいものが落ちる。落ちる、零れて床に垂れた。
ぽーん、と澄んだ音でその曲は終わる。するとすぐに、マスターは椅子から立ち上がり仏壇の下の引き出しを開けた。
そして其処から取り出したのは、

「……はい、これ」
「これって」
「うん。あんまり、上手くないけど。全部俺が作った曲だよ」

――沢山の、楽譜だった。
いつの間にこんなに書き溜めたんだろう。ぱっと見ただけでも百枚以上はある。

「あげるからには全部歌ってくれるよな?」
「勿論。私を誰だと思ってるの」
「メイコだよ。俺の、一番の歌姫だ」

マスターが自慢げに言い切る。その言葉に、私は思わず噴き出して笑った。

ありがとう、マスター。
ありがとう。私を買ってくれてありがとう。
ありがとう。私に歌わせてくれてありがとう。
ありがとう。隣にいさせてくれてありがとう。

ありがとう。
きっとあなたは照れて嫌がるから言わないけれど、誰より愛してる。



〝Happy Happy Birthday〟
(あなたとあなたの大好きな人が幸せでありますように)



2008.11.05

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Happy Happy Birthday

メイコ、お誕生日おめでとう!
何かしたくて、でも文章書くことくらいしか出来ないのでひっそりお祝いします。

閲覧数:214

投稿日:2008/11/05 20:42:23

文字数:2,126文字

カテゴリ:小説

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  • 榎ノ木

    榎ノ木

    ご意見・ご感想

    >ナナツヤシローさん
    初めまして、読んで下さってありがとうございます!
    本当にメイコおめでとう!と叫びだしたいあまりに書き上げてしまいました。カイトが図々しいのは仕様ですすみません(笑)
    まだ11月いっぱいはメイコメイコにされ続ける予定です!感想ありがとうございましたっm(__)m

    2008/11/08 01:38:53

  • ナナツヤシロー

    ナナツヤシロー

    ご意見・ご感想

    何気にダッツ要求する兄さんがにくいです(笑)

    はじめまして!
    ふらりと流れてきて、小説読ませていただきました!

    読み終わって、ほんのりやさしい気持ちになりました。
    メイコはきっと幸せだったろうなあと…

    めーちゃん、誕生日おめでとうですね!

    2008/11/06 00:57:57

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