それは大きな問題じゃない。
だって私達の関係って、いつだって平行線だもの。



<私的Parallelines・後>



私は自分がそんなに淋しがりだとは思わない。
だって別に、一人でなにをするのも平気ではあるもの。
確かに皆でわいわいやるのは楽しいけれど、それがなくて何か障りがあるって訳じゃない。
ただ、レンは別。いないってことに気付くと、なんだか会いたくなる。

あ、いや、勿論強迫観念じみた感じじゃなくてね?
家に使い慣れたシャーペンを置き忘れてきちゃった、って感じかな。なくても良いけど、会ったほうが落ち着く、みたいな。
ちょっと例えが酷いような気もするけど、まあそれはそれで。
彼はそれこそ物心ついてからずうっとそこにいたから私はすっかりそれに慣れちゃった。つまりそういうことなんだろう。だって私の人生って、大体隣にレンがいたし。
改めて考えると、あんまり良い事じゃないような気がする。
つまりそれって、寄り掛かってるって事でしょう?

レン。
私とそっくりの顔をして、私とそっくりの考え方をして、私とそんなに似てない声を出す私の片割れ。
彼は、言ってしまえば私の鏡像みたいなもの。
あれ?もしかして鏡像は私の方かな。その辺良く分かんない。まあ、例えだしどっちでもあんまり変わらないよね。
ぱかぱか、ぱかぱか。
どうにもおちつかなくて、何度も携帯電話の画面を開けたり閉めたりする。
そう、レンだけは淋しさの例外。
だから、気付いてしまえば、すぐそこにレンがいないって事がどうにも私の心をつつく。
あの時は勢いで飛び出してしまったけど、ちょっと早まったかもしれない。こうなるのは可能性として充分有り得る話だったっていうのに。

「…むーん」

空気の泡を含んだみたいに片頬を膨らませて、私は電話帳からレンの名前を選び出す。実は着信履歴とか発信履歴を見れば一発なんだけど、ちょっと悔しいものを感じて、それはやめることにした。
こうして飛び出して行ったところで、やっぱり結局は元の場所―――レンの所に戻ってしまう。不甲斐ないというか、絆が強いというか。

でも、この心を埋め尽くすような淋しさも真実だから。

「まあ…掛けるかなぁ、電話」

着の身着のまま出てきたしまったせいで、ちょっとばかり寒い。ぶる、と体を震わせて体温上昇を試みるも、効果はいまひとつのようで…うぅ、冷える。
ぽち、とそっけない色をした決定ボタンを押す。
呼び出し中の画像が表示されたのを見つめながら、私はゆっくりと携帯を耳元にあてた。

数回のコール音。その後、ぷつ、と回線が繋がる音がした。
この瞬間は好き。二つの世界が一本のラインで繋がる、そんな感じがするから。

「レン、今どこ」

…あれ、なんか、思ってたより低い声が出てしまった。

「今?…家だけど」

暢気そうなレンの声がなんとなく私の中に不快感を残す。
むう、そうか、レンは家の中でぬくぬくとしている訳ね。言い掛かりだと分かっていながら、私は不機嫌な口調で続ける。
どう見ても八つ当たりです、本当に略。

「…なんで女の子泣かせておいて後も追わないの」
「いや、だってリン、夕食には戻ってくるだろ」

…そうだけど、なんか釈然としないっていうか…
ふと、私の目に看板が映り込んだ。

「二丁目公園」
「え?」

クエスチョンマークを浮かばせた顔が見える気がする。私は、一方的に言葉をついだ。

「今すぐ来て。いい?来なかったら家出するから」
「家出ってリン、財布も何もないだろ」
「だがしかしそこから始まる私のアメリカンドリーム」

何か言っているレンには構わず、さっさと通話を切る。まあ、家からここまで距離はないし、呼び立てたところでそんなに手間ではないはず。…多分。
私は薄曇りの空を見つめて、小さく呟いた。

「…早く来てよね」

はあー、と指先を組んで大きく腕を伸ばす。
少し灰色がかった空に、夏物の長袖が鮮やかに映えた。






きい、きい、きい。軋んでいるのは、ブランコの鎖。
座るにも大分小さくなったのを感じながら、私はぼんやりとそれを漕いでいた。

「…お前はリストラされた会社員かい」

不意に背中に掛けられた声に、何となくそちらを向く。どう聞いてもレンの声だから、別に目で確認する必要なんてなかったんだけども。

「慰めに来てくれたんじゃなかったの?というか、開口一番その台詞っていかがなものだろう」
「うっ、そういえば」

忘れてたのか。そういう時は本心を少しは隠すべきだと思う。
はあ、と溜息をついてからブランコから立ち上がる。効果音としては、よっこらせ、だ。
なんか疲れた。さっきレン相手に騒ぎすぎたかなあ。

「…あのさ、リン、怒ってる?」
「はい?」

思わず変な声が出た。
え、だってレン、何を見てるの?私が本気で怒ってたら、今頃そのバナナ頭は緑の草の中に生えているっていうのに。わざわざ聞かなくてもいいじゃない。

「なんか僕、なんか分からなくて。今日だってリンを傷つけるつもりじゃなかったのに、こんなふうに…」
「え」
「なんか…なんか変なんだよ。僕達、片割れ同士じゃないんだっけ?なのに、なんでこんな分かんないんだろう。これじゃまるで平行線辿ってるみたいだ」

いつになく弱気な顔をするレン。当社比(=私に比べて)気が弱いとはいえ、こんな泣き出しそうな顔をする子じゃないのに、割とこたえているみたい。
私はちょっと首を傾げた。それで、数秒経ってから気付く。
…ああ、レンの言ってる平行線ってそういう事か。
交わらない二本の線。ただし、ずっと隣にある。

なんか、私が最初に思い付いたのとは違うな。

でも、私は自分の考えの方が気に入った。
だから、レンを元気づけるのも兼ねて両手を素早く動かしてみる。

「はいっ」

掛け声に乗せて、私は勢い良くレンの手首を掴む。
狙い澄まして掴んだから、ぱしん、といい音がする。なんか、思ったよりもしっかりした手首で少しだけ驚いた。
へえ、レン、意外と「少年」してるんだね。

「これもそうでしょ」
「え?」

きょとんと首を傾げるレン。さっきまでの話はレン主導だった筈なんだけど、なんでいまいち理解し切れていないみたいな顔をするんだろう。
もうレン、鈍い!
私は、握った両手をぶんぶん上下に振ってみせた。

「平行、でしょっ」

平行って言ったって向きはいろいろある。
例え歩く道が交わらなくたって、手を伸ばして届く距離にいるんならこうして両手を繋げばいい。

私達の両腕が描くのもまた、パラレルライン。

「…あ、あー、はいはいはい」
「なんでそんなどうでもいいみたいな声出すの」
「い、いや…だってさあ」

私から目を逸らし、斜め下を見るレン。
微妙にほっぺたが赤い気がするんだけど、気のせい?

「だって、何?」

少しむっとして目の前の青いを睨むと、レンはしばらくもごもごと口の中で何やら呟いてから、横目でちらっと私を見た。

「…リン、言ってることが恥ずかしい…」


…え。


「…んなっ!?何それ、レンが妙にへこんでるから元気付けようとしたんじゃん!よ、よりにもよって恥ずかしいって何、恥ずかしいって!馬鹿、馬鹿馬鹿ばかレンのばかぁ!」

ばかぁ、で私の右ストレートがレンの腹部に決まった。
左手(つまりレンの右手首)は握ったままだったから、レンは逃げることも出来ずに拳を受ける。体勢が崩れたところで、今度は両手での打撃に移る。
くうう、おのれレン…空気読んでよ!

「ぐふ…うっ、ごめんって!だああ、分かってます、悪いのは僕です!」
「レンのヘタレ!すけこまし!」
「ごめん二つ目の言葉の意味が分からない」
「いいから黙ってろぉ!…うぅ」

割と本気で殴っていた両手が、ぱしん、と止められる。手首の辺りを掴まれる微かな圧迫感と温もりが少しだけ憎らしい。
何で手首掴んでるの、馬鹿。レンの馬鹿。ほんと馬鹿。そのうえ卑怯だ。


…そんな顔して笑われたら、怒ってたにしても怒り続けることなんてできないに決まってるでしょ。


「リン」
「何」
「恥ずかしいとか言ってごめん」
「うん」
「さっき無視してごめん」
「うん」
「すぐに後追わなくてごめん」
「…うん」
「…許して、くれる?」

少し躊躇うような口調の質問に、私はじっとレンの顔を見た。
やっぱりちょっと卑怯だ。
絶対私がイエスと言うんだって事分かってるんだよね。残念だけどその自信が顔に出てるよ、レン。
まあ最も私がそんなレンをはねつけるのか、というと…そんな事は出来っこない。
今までずうっとそうだった。
多分、これからもずうっとそうなんだと思う。

「ねえレン」
「ん?」

私は手首を掴まれたまま、ちょっとだけ顔に笑顔を浮かべた。

「これから喧嘩した時は、ちゃんと仲直りしにきてね」

別にレンに折れろって言う訳じゃない。私が明らかに悪い時もあるし。
だけど、いつだって変わらない願いが一つだけある。

「捕まらない、なんて諦めないで、私の事ちゃんと掴んでよ。レンが本気出せば、ほら、この通り。私を捕まえるのなんて簡単でしょ?」


「…まあ簡単かどうかは分かんないけど、不可能ではないみたいだね」
「ちょっとレン、しっかりして!」

あまりにも自信なさそうなレンの声に、思わず吹き出してしまう。
もうちょっとカッコつけたって罰は当たらないのに、何でこうなっちゃうんだろう。ま、これが私達らしいと言えばらしいのかな。

「ハイ、精進します。…今後にご期待くださいね、お嬢様?」
「オホホ、そうさせて頂くわ」
「それはお嬢様じゃなくてマダムじゃないかなあ」

接し方が分からなくなっても、間の距離が分からなくなっても、分からないなりに不器用にやっていくことができれば、まあ、どうにかなるんじゃないかな。

側にいる存在を感じながら、試行錯誤して歩いていこう。


キミとワタシの間に引かれた平行線は、一方向だけじゃないんだから。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

私的Parallelines・後

「キミと私の間に」なら、これもありうるよねという解釈です。

しかし、このピアプロの新しい仕様…ちょ、フォローして下さっているユーザー様方、あなた達は神ですか…思わず五度見くらいしてしまったぜ!(何キャラだ

そして作品ごとのブクマ。

…皆さん、ロリ誘拐とかお兄ちゃんは心配性、お好きなんですね!
そして次点がNG使い…ほっとしました。よかった、お仲間が沢山!←なんというはた迷惑な同類感

閲覧数:273

投稿日:2010/10/26 23:08:54

文字数:4,124文字

カテゴリ:小説

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