「ええ・・・・・・驚くほどの学習が早く、既に基本的な動作は完璧にこなしております。ご覧になれば、きっと驚かれるはずです。」
暖かい間接照明が照らし甘い香料が香る廊下を、僕は如何にもお偉方と言った風貌の背広の男達と歩きながら、些細な質問に対して大げさに、そして誇らしく語っていた。
二人が目覚めてニ週間。開発の成果を一目見ようと、クリプトン本社から計画の指揮をとる幹部達がこの養護施設に訪れたのだ。
その知らせを受けたとき、僕には何の戸惑いも焦燥もなかった。あの二人の姿は、本社の堅物にも胸を張って見せつけることができる。絶対的な自信があるからだ。
これでケチをつけられたときは、堂々と反論してもいい。そんなルールを勝手に決め込んでさえいた。
「こちらです。今開錠します。」
コンピューターでロックされたドアの前にたどり着ついた頃には、興奮と緊張で僕の心臓が二つの肺の合間で暴れまわっていた。この歴史的瞬間を目の当たりにした本社のお偉方の顔が、目に浮かぶのだ。
震える手でキーカードを端末にかざし、ドアが開かれた。がその瞬間、僕の胸に何か大きな衝撃がぶつかった。
「?!」
突然の衝撃に、僕も本社の幹部達も騒然となった。
僕はとりあえず冷静を取り戻し、ゆっくりと視線を降ろした。そこには、薔薇のような鮮やかで深い紅の瞳が僕を見上げていた。
「ああ、どうしたの? キク。」
鮮やかな深紅の髪と同色の瞳。幼い顔つき。赤子のような頬。僕がキクと名付けた、アンドロイドの少女だ。
「おそいよ・・・・・・ひろき・・・・・・・。」
キクは本当に小さな声で囁くように言った。僕は、ただ頭を撫でて言い聞かせた。
「ごめんね。今日はこの人達をご案内してて。さぁ、キクも挨拶して?」
キクを幹部達の方に向かせるたが、次の瞬間には僕の後ろに回り込み、背中の白衣にしがみついた。
「ちょっと、キク・・・・・・。」
「・・・・・・。」
確かに、黒服を着た物々しい印象しかないこんな連中相手に、世間慣れしてない純粋無垢な少女が相手にできるわけがない。
「えっと、この少女はキクと言います。ま、まだ外部とのコミニュケーションは苦手ですが、完璧に自分の体を使いこなしているのは、確かです。」
僕は苦笑いを漏らしながらどうにか幹部達に応じた。
「もう一体の男性型はどうした?」
幹部の一人の無機質な言葉に、僕は思わず眉をひそめた。毎度のごとく本社の人間というのは無機質、薄情、不謹慎と、とにかく嫌な印象を撒き散らしてくれるが、連中に開発の成果をこれでもかというほど見せつければ、僕はそれで良かった。
「ようこそいらっしゃいました。本社の皆様。」
僕の背後から鈴木君が一人の青年を連れて現れた。
「今日はお越しいただき、ありがとうございます。玄関ではなんですので、どうぞお上がり下さい。」
「・・・・・・。」
慇懃な態度と満面の笑みを見せる鈴木君。どんな嫌な対応をされても眉ひとつ動かさず笑顔をキープしていられるのは、いちいち不快感が顔にでる僕からすれば関心というより尊敬する。
しかし、彼の隣にいる黒い青年は、明らかに不審者を見るような目つきで幹部達を凝視している。
「ほら、タイト。ご挨拶は?」
「・・・・・・・。」
鈴木君が言い聞かせようと、当然キクと同じく無言で僕の背後に隠れて白衣を握り締める。
「こちらはタイトと。ま・・・・・・まあ、この調子ですが、完璧に自分の体を使いこなしているのは、確かです。」
あれ? なんか同じようなことを二度言っている気がするぞ?
冗談はさておき、僕はタイトてキクの手を引き、心地よいフーロリングの床に足を踏み入れた。
この施設は元々老人ホームになる予定だったが、アンドロイドの開発と教育に最適な環境であるとして、クリプトンが一時的に貸しきっている。
普通の家庭と変わらないリビングのような部屋。僕と鈴木君はここで数カ月を費やし、キクと、「彼」を一人前の人間に育て上げるのだ。 先ずは、この人見知りを何とかして直さなければならないだろう。この二人は、いずれ日本中の注目を集めることになるのだから。
「さて、博士。それでは開発において、少し質問が・・・・・・。」
「本社からの報告書を・・・・・・。」
あらかた状態を確認すれば、次は堅苦しいお話の時間が待っている。
ここニ週間の出来事を約三十分程度に凝縮して連中に報告し、そして彼らの質問攻めに応じなければならない。
「あ、はい。どうぞこちらに。」
と、僕は応接室の方に案内しようとしたが、その時、何かが僕の白衣に引っかかって前進ができない。振り向くと、キクとタイトが揃って僕の白衣を引っ張っている。
僕は小さく溜息を付き、二人の頭に手をおいた。
「・・・・・・二人とも、少しの間だから、鈴木君のところで良い子してて。ね?」
「分かった・・・・・・。」
「うん。」
二人は一緒に返事をし、鈴木君のところに駆け寄っていった。
◆◇◆◇◆
思いのほか時間を食い、ようやくの来客の見送りまでを済ました僕は二人の元に戻っていた。
部屋では、ふわふわしたカーペットの上で、キクとタイトと二人が、窓から差し込む柔らかい日差しに包まれ、眠りについていた。
鈴木君と遊びつかれたのか、彼もテーブルの椅子に座り、うとうとと眠たそうな顔をしている。
「あ、お疲れ様でした博士。二人とも遊んでいたらいつの間にか眠ってしまって。」
まったく、僕が堅苦しい連中の相手をしていたというのに、随分なご身分だね、と僕は溜息をつき、気持ちよさそうに昼寝をしている二人の横に寄り添った。
微かな呼吸に揺れ動く、キクの羽毛なような紅い髪をそっと撫でると、うっすらとその瞼が開き深紅の瞳が除いた。
「あ、起こしちゃった?」
「ひろき・・・・・・。」
目が覚めるなり、キクは飛び起きて僕に抱きついた。それに気付いて目覚めたタイトも一緒になって僕を背中から抱きしめた。前からも後ろからも抱きつかれて身動きが取れない。その様子を眺めている鈴木君がくすくすとほくそ笑んだ。
「ちょっと、二人とも・・・・・・!」
「博士・・・・・・ぼくをほっとかないでくださいよ。」
「さびしかったよぉ・・・・・・。」
キクとタイトが講義を始め前後から僕の体を引っ張ったり、揺さぶったりとした。意外にも力が強く上半身と下半身がねじ切られそうになる。
「い、痛っ! 分かった分かった。今日はもうどこにも行かないから。」
「やったぁ・・・・・・!」
二人は同時に声をあげると、そのまま僕の体を横になぎ倒した。
「うわっ!!」
僕は二人のアンドロイドに抱かれたまま、身動きが取れなくなってしまったが、しばらくするとまた二人は微睡んでいった。
目覚めてから一週間、キクもタイトもこんな感じで僕になついてしまった。しかも先程のように人見知りが強く、その上、一日中このカーペットの上で日差しに当たりながら昼寝するのが趣味になってしまったようだ。今みたいに暇さえあれば、二人仲良くカーペットの上で転がっている。
僕は僅かな期間で二人を人前に出られるようにしなくてはならないというのに、こんなことでは、僕まで二人とゴロゴロしてなくてはならない。尤も、こんな二人の寝顔を見ていたら、いつまでも一緒に、こうしていたくもなるのだけれど。
・・・・・・とりあえず、今の二人はこんな感じだ。
新時代のスーパースター「VOCALOID」の、アダムとイヴ。だけどそれ以前に、僕達の可愛い子供達なのだ。
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