ブツ……ッ、
耳の奥で、低音域のノイズが騒ぎだし、マスターの帰宅を知らせる。
消えていた意識が通る時のあのゾクリと背筋を這い上る電流が、僕は苦手だ。
待機状態から目覚める度に顔をしかめる僕を、マスターは半ば楽しんでいるようで。
「おはよう、レン」
「ん……おはよぅ」
(マスターの言い方を借りれば)寝起きの悪い僕の頭をわしわしと撫でる。
「いい子にしてたかい?」
「……寝てた」
主電源を落とされて、どんな悪さができるというのか。
僕の返答に含まれる意味を、マスターが理解していないはずはない。
でも。
「そうかそうか、はははっ、レンは可愛いなぁ」
僕の不機嫌を笑い飛ばして、マスターは僕を抱きしめる。
スキンシップ過多なほうではないマスターの、いつもとは違う行動に、支離滅裂な言動。
歌うことに特化したボーカロイドが処理できる範囲を超えている。
「う、え、あ……」
男に可愛いなんて言われて喜ぶのは、思春期の男の子としてはナシだろう。
けど……、でも……。
……なんでいきなりこんなことになってるんだろう。
っていうか……、
マスターが持っている、見慣れない包装を施された箱から、甘い匂いが漂っている。
マスターが苦手なはずの、生クリームの匂い。
なんで?
ああ、また「なんで?」だ。
今日のマスターは、やっぱりおかしい。
「マスター。その箱……」
「ん? ああ、これ」
僕の視線に、マスターは、ちょっとだけ抱きつく手を緩めて、得意げにその箱を僕の前に掲げてみせる。
「ケーキだ!」
「ケーキ?」
なんだってまた、そんなものを。
自分は絶対食べないくせに。
もちろん、僕だって、食べやしない。
でも。
「だって今日は、レンがうちに来た日だろ」
そう言った時の、マスターの得意そうな顔ときたら……。
「……え?」
僕は、思わず聞き返す。
まさか、マスターが覚えてたなんて。
っていうか、僕は忘れてたんだけど。
少しばかり罪悪感に駆られているすきに、
……額に突然口づけされた。
カァアッ。
感情回路が勝手に熱暴走を開始する。
僕は、ボーカロイド。
歌うことを主目的に作られた『機械人形』。
でも。
『歌』は感情の集まり。
だから、僕たちは時に人間よりも繊細な感情を持つことがある。
プシュゥウウッ。
完全に過加熱状態に陥った僕の意識が、安全装置を起動させる音が聞こえて――僕は、再び眠りについた。
次に目が覚めたら、歌を歌おう。
あの日マスターが僕に教えた、最初の歌を。
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