38.最終回・海と空の伝説 ~滄海のPygmalion~
「……今でも、ここは、あの時と同じ風が吹いているのよ」
語り終えたレンカは、そう言って笑った。
傍らに腰掛けた孫娘は、海を見つめ、レンカを振り向き、そして今も岬に残るサンダルの像に駆け寄った。
ぺたぺたとさわり、目を丸くする。
「本当に不思議だね、レンカおばあちゃん!」
孫の笑顔に、レンカはやわらかく微笑んだ。
「きっと、女神様がサンダルを脱ぎ捨てて、風になって、リントおじいちゃんとルカおばあちゃんを助けてくれたんだよ!」
「あら」
レンカが、くりっと目をまるくして微笑んだ。
「それは新しい解釈だわ。……新しい伝説の始まりね!」
孫娘が、風に吹かれながら金色の髪を揺らした。真っ白なリボンが、その頭の上で踊っている。
「さ、そろそろ行きましょうか。そのリントたちが、首を長くして待っているわ」
* *
草原の道を下り、葡萄畑を抜け、白い壁の家々の間を、博物館を目指して抜けていく。
レンカの若いころと変わらない、島の風景だ。
奥の国の空襲で、ずいぶん町が崩されたが、少しずつ人々が修復をして、今は再び美しい景色が広がっている。
「島の名物は、景色だ」
誰もがそういって胸を張る、美しい女神の島の景色だ。
レンカと孫娘が博物館に戻ると、すでに中からにぎやかな声が響いていた。
「戻りましたよ」
青い木の扉を押し開けると、少年がだっと飛び出してきた。
「レンカ! 来たよ!」
金色の髪の少年が、満面の笑みを浮かべて迎え入れた。
「リント! いらっしゃい!」
少女が彼の名を呼んでぱっと明るく笑った。
……レンカの孫の名前は、レンカ。祖母の名前を貰った。
リントの孫も、祖父の名前を受け継いだ。
「お母さん。今日も岬に行ったのね」
「サーラ、お迎えありがとう」
レンカが、出迎えてくれた自身の娘に向かって微笑む。
ちびリントの父の名はラウーロだ。ルカとリントの子供である。
かれらの血を分けた子供たちが、今日の時代を引き継いでいく。
少年がレンカの孫娘の手を引いて、さっそく部屋の奥へと走っていった。
「じいちゃん! レンカ、帰ってきた!」
おーう、と、部屋から呑気な声と顔をのぞかせたのは、昔、黄色の郵便飛行機で空を駆けたリントだった。隣から顔をのぞかせた女性がレンカを見てやわらかく微笑んだ。ルカである。
ヴァシリスはすでに引退しているが、まだまだ解けぬ謎は多いと、博物館で新しい世代の学芸員たちに引っ張り出されて、資料に取り組む日々を送っている。大陸から一人、島から一人。学芸員も二人に増えて、島の歴史の探求は今日も活発に続いていく。
島の風土のなせる業か、先代を担ったヴァシリスの人柄のせいか、博物館はいつもにぎやかだ。
ちびリントとちびレンカが、調査から昼食へと戻ってきた学芸員たちにまとわりつく。
そこへ、惣菜屋の二代目おかみが、おかずを届けにやってくる。
八百屋のオヤジは、ヴァシリスの悪友として健在だ。
ちびレンカが、さっそく今日祖母から聞いた話を皆に披露していた。すでに知っている者も多い話だが、皆ほほえましく聞いている。
「あたし、いつか自分で女神様をつくるよ!」
「おれは、ヴァシリスさんの弟子になる!」
ヴァシリスとリント、レンカの昔を知る者はいつも笑う。
「逆だなあ!」と。
その様子を、すっかり年老いたヴァシリスが、目を細めて見守っている。
彼が島に来て四十年近い年月が過ぎた。大陸からやってきた彼は、島の風景にすっかり溶け込んでいた。
古代から島と大陸、奥の国は、つねに争いの中にあった。
この島が女神像を失ったあの戦争から、36年。
そのサンダルの先にある国々との争いは、一度も、起こっていない。
了
滄海のPygmalion 38.最終回・海と空の伝説 ~滄海のPygmalion~
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
……お読みいただき、ありがとうございました。
wanita仕立てのPygmalion二次小説、いかがでしたでしょうか。
私のPygmalionへの片道切符のラブレターはこういう物語となりましたが、ぜひ、ウタP様の原曲を歌って、海と空の鮮やかな蒼を感じていただけたら幸いです。
2011.9.20 wanita
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ご意見・ご感想
matatab1
ご意見・ご感想
お久しぶりです。matatab1です。
遅ればせながら、執筆お疲れ様と完結おめでとうございます。
リントの空への想いとか、度胸の据わったレンカには心揺さぶられるものがありました。
それぞれ譲れないものがあるので簡単にはいきませんが、島や大陸や奥との境界線なんて、結局は人の気持ちだけで勝手に引いているだけですよね……。と、なんだか知った風に言ってみたり。
ソレスとエスタの軍人コンビが好きです。サブキャラは主人公達には無い魅力があって、結構目がいく事が多いです。
脇役に味がある=良い作品と言う方程式はある気がします。
長編執筆、お疲れ様でした。
2011/10/02 21:25:15
wanita
お久しぶりです!そして、お読みいただいてありがとうございます!嬉しいです^^*
リントが自らの微力さに苦しみながらも頑固に空にこだわる箇所と、レンカの生命に対して達観してしまいつつも人を愛していく箇所は、書いていて一番心が燃える場所でした。
譲れないものが、愛する人の考えや命と相反したとき、どういう行動をとるか。
リントもレンカも、相手の反応を見ながらも強く意思を持って生きているあたりを示せたなら良かったと思います。
そう、島も大陸も奥の国も、それぞれの気持ちがあるから境界線が出来てしまうと思います。人が人を思うことが無くなれば、争いも消えると思うのですが、プラスにしろマイナスにしろ、他人を思う心に折り合いをつけるのは本当に難しいですよね。私も知った風な気になって、思い切りぶつけて書いたのがこの作品です。似たような場面に今後の人生で出くわしたとき、何かの救いになれば幸いです^^
そして!
ソレスとエスタを愛してくれてありがとうございます!「いよっしゃ!」と、思わすモニター前でガッツポーズ^^☆…いやぁ、おいしい脇役を配置するのはシリアス系物語の醍醐味ですね!二人は脇役中の脇役ですが、性格が出るように描きました。最終回を書き上げた後、ふたりの後日譚を考えてはニヤニヤです。帰島した後、ソレスはルカを飛行機に乗せたことを部隊長にめちゃくちゃ絞られただろうなぁ、そして溜息ついているソレスをエスタが慣れた感じで励ますんだろうなぁ、と……!いやあかわいいですホント。よかったら、これからもいじってやってください♪
2011/10/02 22:36:48
日枝学
ご意見・ご感想
読了! いやあついに完結ですね。お疲れ様です!
読み終えて、再びぱらぱらと今までの話を読み返して思ったのですけど、物語終盤の猛烈な勢いがすごいですね。読んでいるこちらが勢いに惹きこまれました。物語の中に余分な所がないのも、登場人物一人ひとりを深く掘り込んで書いている感じも尊敬です。それと自分はよくやってしまうのですが、強引な展開や文章で作品の流れをごまかす、っていうことが無いのは凄いことだと思います。読んでいてスムーズに物語に惹きこまれるのも、そういうことが理由の内の一つなのかな、と思いました。あああああ自分が上手く表現できてませんが、要するにとても面白かったしこういう作品書けるのってすごいなって思いましたということです!(笑 面白かったです!4ヶ月に渡る執筆、お疲れ様でした!!
2011/09/20 19:20:26
wanita
携帯から返信したら個人メッセージに入ってしまったので、せっかくですのでこちらでもお返しいたします☆今回、執筆4ヶ月ということに改めて気づかされたことが一つの収穫でした。
分量としては、ちょうど文庫本一冊分です。これは、休日執筆でも年間3本は書ける計算に(笑)
……そんなに上手くいかないのは承知ですが、ちょっと意識してみたいと思います。
初期の文章計画では、相当短くまとまる予定でしたが、一人ひとりを行動させているうちにボリュームが一気に増大したことも気にかけることかなと思いました。メッセージで頂いた、勢いに惹きこまれた、かつ強引な展開が無い、というあたり、今回、とても嬉しかったです。
……進行上で実は「投稿の順番を間違えた!」という大ミスがありました。その部分、ぐいっと時間軸を調整しています(笑) うまく接続できたなら成功だと思っています。
2011/10/01 12:09:11