「テレビ出演まで、もう一週間か・・・・・・。」
「明日から、ピアプロのテレビスタジオのほうに行くんだよね?」
「ああ。そこで色々と練習だ。」
そんな風にお喋りをしながら、あたし達は冬の夕日で茜色に照らされた道路を歩いている。
寒い・・・・・・。
肌で感じる寒いという感覚を味わう、それが冬。
あたしが生まれて、初めての冬だ。
一月下旬かぁ・・・・・・。
雑音と出会ってから、もうどれくらい経つのかな。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
あたしは、今が一番楽しいんだ。
毎日雑音と調教を繰り返すうちに、歌もうまくなった。
一週間後、何とテレビにも出演することが決まってる。
自分がこんなになれるなんて、思いもしなかった。
雑音のおかげかな。そう。きっとそうだ。
この前までのあたしはなんだったんだろう?
自分に自身がもてなくて、死のうとさえ思ってて。
でも今は違う。
今の・・・・・・あたしは・・・・・・。
「ネル?」
「え。」
突然横から雑音に話しかけられて、びっくりした。
「どうしたボーッとして。」
「あ、いや、何でもないよ。」
回想にふけっていたなんて、ねぇ?
今、二人だけで家に帰る途中。
雑音と肩が触れ合うほど近くに並んで、いろんな話とかをしてた。
雑音とも、随分仲良くなったなぁ・・・・・・。
なんと言うか、包容力ってのがあって、泣きたいことがあったらとにかく雑音の胸に飛び込めば慰めてくれる。
でも、やりすぎ注意。クセになるから。
そのとき、雑音のコートのポケットから携帯の着メロが鳴り始めた。
あたしと雑音は足を止めた。
「なんだろ。」
「博貴からだ!」
雑音はすごく楽しそうに携帯を取り出すと、そのまま通話を始めた。
「どうした博貴。」
雑音の携帯・・・・・・持ってるのは知ってたけどまじまじと見るのはこれが初めて。
色は黒に赤いラインが通ってて、形は、何というかいかにも防水、衝撃に強そうな外見をしてる。
若者向け、ていうか男向けじゃん。
雑音は女物の服とか着るのになんでバックと携帯だけは男物なんだろ?
着メロも地味な着信音だったし。
「うん・・・・・・うん・・・・・・え?そうなのか?分かった!じゃあすぐに帰るから!」
それを最後に、雑音が携帯を閉じた。
「何だったの?」
「今日は博貴が早く帰ってきたんだって!もう家にいるらしいんだ。」
雑音はものすごく嬉しそうだ。
よく意味が分からんが・・・・・・。
「さ、わたし達も早く帰ろう!」
「は、はぁ。」
目ぇキラキラ。
そんなに博貴さんが好きなのかな。
そういえば、あたし達がクリプトンの居住区で住んでたのに、なんで雑音は最初から博貴さんの家にいるんだろ。
「よし。行くぞ。」
「は、はぁ。てッ、え?!」
いつの間にかあたしは雑音に背負われていた。
「ちょっと、いいよ別に!」
「遠慮するな。」
「遠慮じゃな・・・・・・。」
その瞬間、周りの風景が流れ出し、猛烈な風が顔にぶち当たった。
ああ、なんだこれ、音速か。雑音足速いなぁ。
今日は仕事から早く帰ることができた。
日が沈む前に退社できたのは本当に久しぶりだ。
だけど理由は・・・・・・そんなにいいものじゃない。
今日の朝だった。
僕が勤めているホームズの社長に部長と一緒に呼び出されて、僕をある研究部に転部させるということを言い渡された。
話を聞いていくうちに分かったことは、僕も鈴木君と同じく地下へ行くこと、そしてそこで極秘の研究が行われていること、僕が加わるのはそれの研究員としてということ。
だから、今日は残業をする必要が無かった。
今までの仕事は、全て無意味となってしまった。
でもそんなことは別にどうと言うことはない。
むしろ、その地下で行われている極秘の研究だ。
僕は、地下で一体何を目の当たりにするのだろうか。
今日は到底心地よく寝ることなんかできそうにない・・・・・・。
「ただいまー!」
「た・・・・・・ただい・・・・・・ま・・・・・・。」(ガクッ)
ああ、ミクとネルさんが帰ってきた。
これで少しは気分が楽に・・・・・・。
「ひーろきー!」
ミクは玄関から駆け出し、リビングのソファーでテレビを見ている僕を見つけると、一気に僕の膝にまたがってきた
「お、おい・・・・・・。」
「ふふふ♪」
「お帰りミク。今日はみんなで夕食が食べられるね。」
「ああ。」
そう言って僕の膝の上で、小さな子供のように甘えるミク。
頭を撫でてやったりすると、すごくに気持ちよさそうにする。
そのときのミクの可愛さとったら、親馬鹿の気持ちがよく分かるというものだ。
つい抱きしめたりすると、ミクの体の心地よさにうっとりしてしまう。
この柔らかい感触、温もり。
ああ、ずっとこうしていたいと思ってしまうほどだ。
「博貴、わたしネルとテレビに出ることになったんだ!」
例えようの無いほどの笑顔だ。
「え、本当かい?ネルさんと?!」
「ああ!」
「そうか・・・・・・ネルさんも、とうとう本格的に、活動再会ってワケだね。」
「あ、あのー・・・・・・。」
後ろでネルさんが、何か言いたそうにしていた。
そういえばミクに夢中ですっかり忘れてた。
そうでなくても目の前で男女が抱き合ってたら、近づきがたい空気を感じるかもしれない。
「ん?」
「そろそろ晩御飯に・・・・・・。」
するとミクがネルさんの方に振り返ってろ、何気なく、
「今日は無しにしよう。せっかく博貴が早く帰ってきたんだから。」
嬉しいには嬉しいんだけど、晩御飯なしって人間の僕には辛すぎる。
「えー!」
「そんなことより、ネルも来てみろ。気持ちいいぞ。」
き、気持ちいい、だって?!
それは僕の台詞さ。
ネルさんが僕の隣に座ると、ミクが僕の膝から降りて、ネルさんを抱きしめた。
「ネルあったかーい!」
「雑音ぇ・・・・・・。」
「二人とも、随分仲がいいんだね。」
「そうなんだ。だろうネル?」
「あはは・・・・・・。」
「キスもしたぞ。」
何だって?!
「ちょっと、雑音!」
ネルさんの顔が一気に紅潮した。
・・・・・・かなり萌えた。
「どうした?」
「もう。何でもないよ!」
「ふふ♪」
二人の美少女が目の前でじゃれ合っている。なんて和む光景なんだろう。
二人のそんな姿を見ていると、さっきまで考えていた事なんかすっかり気にしなくなっていた。
ただし晩御飯は本当になくなりそうだ・・・・・・。
まぁ、いいか。
「ただいま・・・・・・。」
その言葉を口にするのは、何ヶ月ぶりだろうか。
今まで、帰宅しても殆どその言葉に意味は無かった。
「マスターマスター!今日は早いんですね!」
まず最初に、カイコが俺を明るい笑顔で出迎えてくれた。
俺は彼女達の目が覚めている時間に帰宅することは殆ど無い。
だから、余計にカイコも嬉しいのだろう。
「ただいまカイコ。今日は仕事が速く終わった。みんなでゆっくりできるな。」
そう言って彼女の頭を撫でてやると、彼女は尚更喜んだ。
「みんなは?」
「テレビの部屋にいます。」
「そうか。」
リビングにはハクとアカイトが夕食の準備をしていた。
「あら、マスター。今日はお早いんですね。」
「ああ・・・・・・。」
「仕事とかはいいの?」
二人の顔から察するに、俺といられることがそんなに嬉しいということか。 まぁ、俺自身にも言えたことだが。
「俺も何か手伝うよ。」
「じゃあそのお皿運んでくれよ。」
アカイトが料理が盛られた皿を指差した。
「アカイト、お前が作ったのか?」
「・・・・・・ハクの手伝いしただけだ。」
照れたのか、アカイトは顔を背けてしまった。
一通り準備が終わると、久しぶりの賑やかな晩餐が始まった。
俺がこうして皆の前で夕食をすることは随分とご無沙汰していた。
だから、会話が弾んだり、テレビを見て笑ったりすることに、心の安息を得られたのだ。
ここに、ネルがいてくれれば・・・・・・。
一瞬、ネルのことを考えた。
彼女は今どうしているだろうか。
今の俺達のように、幸せに暮らしているだろうか。
きっとそうに違いない。
雑音さんと網走さんに任せておけば大丈夫だ。
ネルも、もう随分と立ち直ってくれた。
ただ・・・・・・。
もう一度俺のことを、マスターと呼んでくれれば・・・・・・。
何より、俺達の元へと帰ってきてくれれば・・・・・・。
「マスター?」
ハクに名を呼ばれ、俺は考え事から目が覚めた。
「このサラダね、アカイトが作ったの。食べてみて。」
「本当か?アカイト。」
「・・・・・・。」
彼は顔を赤くした。
いつもは粗暴だが、こういった可愛い一面もある彼が好きだ。
「どれ。」
俺はそのサラダを一口、口にした。
その瞬間、俺の口の中に、刺激的なものが広がり、膨張を開始した。
何か、耐え難いものが、俺を襲った。
「アカイト。」
「あ?」
「お前、このサラダに何入れた。」
「えーとハバネロに、唐辛子に、ラー油に、キムチに・・・・・・。」
「全く、本当に辛党だなお前は。」
その言葉を発した俺は、のた打ち回りたい願望を必死にこらえ何気ない顔で全てを完食した。
夕食の後は、皆でソファーでテレビを見たりした。
テレビを見て笑うハク、ハバネロを何袋も平らげるアカイト、俺に甘えてくるカイコ、そして結局トイレに駆け込む俺。
平和だ。
まさに家族団欒。
久しぶりに早めに帰宅したことが、こんなに良いとは思わなかった。
これでまた、勇んで仕事に戻れよう。
今はこの瞬間を大事にしよう。
全ては、順調、いや、良好なのだ。
だが、ネルに戻ってきてほしいという願いだけはいつまでも残っている。
元はといえば、俺の責任もある。だから俺がやらねばならない。
俺はネルを、何としてでも再起させようと、心に誓った。
僕がこの先、どのような環境に身を置くかは全くもって不透明だ。
もしかしたら、危険なことかも知れない。その可能性が高い。
だけどその前に、ミクとネルさんから勇気を貰った気がするんだ。
僕は、自分に与えられた勤めを果たし、地上に戻ろうと、心に誓った。
「博貴。一緒にお風呂はいろう♪」
「いいよ。」
「ぁありえんなぁー!!」
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