「あの…なにか、お探しですか?」
柔らかな、人懐こい笑顔を連想させる声だった。
声をかけられてメイコが振り向くと、そこには小柄な女性が立っていた。柔らかそうな髪をふわりと肩の辺りで揺らして。知性の宿る穏やかな微笑みを浮かべたその女性はこの図書館の職員なのだろう。
「何か、本をお探しですか?」
「あ、いえ。なんとなく見ていただけです」
そうメイコが返事をすると、そうですか、と女性は頷いて。けれどその場に留まったまま、女性は何かを迷うように微かに視線を泳がせた。
はじめて会う人だけれど、何か用だろうか。メイコが問いかけるよりも先。女性が思い切った様子で、あの。と口を再び開いた。
「あの、ええとMEIKOさん、ですよね?」
「あ、はい。そうです。」
微かに驚きながらメイコは頷いた。
他のボーカロイドと違い、MEIKOは普通の一般的な人間と似た造作をしている。更にメイコ自身は今、ボーカロイドの衣装ではなく、ジーンズにタンクトップ、それにシャツという普通の格好をしている。ボカロという存在を知らなければ普通の人間とほぼ変わりがないその姿に、気が付かない人もいるだろう。
この人はボカロが好きなのかしら。と目を瞬かせたメイコに、女性は先ほどの穏やかな微笑みとは違う愛嬌のあるきらきらとした笑顔を見せた。
「私、カイトのマスターなんです。」
わー本当に本物のめーちゃんだ。と女性ははしゃいだ声を上げた。
カイトのマスターだという女性は、來果、と名乗った。
「仕事中だからって思ったりもしたのだけど。堪えきれずに声をかけちゃいました。」
と少し肩をすくめながら來果は微笑んで、きょろきょろと周囲を見回した。
「メイコさんは、マスターさんと一緒に来たの?」
「ううん、マスターはまだ学校で、あ、でもそろそろ帰って来るかな」
ちらりと壁の時計に視線を向けてメイコがそう言うと、じゃあ今度は一緒に来てください。と來果は微笑んだ。
「今日はもう、すれ違いで帰ってしまったのだけどカイトもここに来るの。だから、ええと、メイコさんにうちの兄さんを会わせたいな。とか、私もメイコさんのマスターに会ってみたいな。とか思うのだけど」
あ、でも迷惑じゃなかったら。の話だから。と遠慮がちに言葉を付け足す來果にメイコは微笑んで首を横に振った。
「ううん。私、この街に来たばかりだから。來果さんのカイトに会ってみたいし。マスターも多分、喜ぶと思う、から」
そう言って。けれど。と、ピアノを弾いているマスターの姿がメイコの思考をよぎった。
―音に関わる事に対してマスターは喜ぶだろうか。きっと表立っては不機嫌になったりしない。礼儀正しい対応はするだろう。きっと來果と楽しくおしゃべりをするだろう。けれど、それは本当に、心の底から?
「メイコさん?」
変に言葉が途切れたメイコに、來果が微かに首をかしげて名を呼んできた。心配するようなその声色に、メイコははたと我に返り、何でもないです。と苦笑を浮かべた。
「ごめんなさい、もう私も帰りますね。少しだけどお話できて嬉しかったです」
「こちらこそ」
それじゃあまたね。と、一応勤務中な事もあってか、小さくそっと手を振る來果にメイコも小さく手を振り返した。
図書館からの帰り道でついでに買い物を済ませてメイコが家に帰ると、マスターは既に帰宅をしていた。制服から部屋着へと着替えてのんびりとソファに座っておやつを食べている。その小さな背中に、ただいま。とメイコは声をかけた。
「ただいま、遅くなってごめんなさい」
「おかえりなさい。」
リビングに入ってきたメイコにくるりと振り返ってマスターはそう言い、ふと首を傾げた。
「何か、良い事でもあった?」
「え?」
「声が。いつもよりトーンが高かったから」
そう言うマスターに、そうですか?とメイコはきょとんと首を傾げた。
「気が付いていませんでした」
「分かりやすいわよね、メイコって」
そう言って可笑しそうに笑うマスターに、メイコもまた思わず笑みをこぼした。
「今日、少し足を延ばして図書館に行ってみたんですけど」
そこまで言って、メイコは不意に言葉を途切れさせた。そこでカイトのマスターに会いましたよ。そう言葉を続けるつもりが出てこなくなったのだ。
何故だろうか。他のボカロのマスターに会ったと、マスターに言ってはいけないような気持ちになったのだ。
変に途切れてしまった言葉に、微かに眉を寄せてマスターはメイコを見上げ、じっと全てを見通すような視線を向けてくる。きっと隠し事をしてもマスターには全てお見通しだろうな。そう思いながら、綺麗な所でしたよ。とメイコは努めて明るく言葉を続けた。
「レトロモダンな雰囲気の、煉瓦造りで。なんだか落ち着ける場所でしたよ」
そう笑顔で言うメイコに、マスターはくすりと小さく笑った。
その笑い方がいつもの年不相応の大人びた笑みと違うものに、なんだか寂しげに見えて。何かを言おうとメイコは口を開きかけた。が、その前にマスターが、つと視線を上げてメイコを見上げてきた。
「その近くに美味しいレストランもあるって聞いた事があるから。今度の休みに食事がてらにそのあたりを散策するのも良いかもしれないわね」
にっこりと、いつものように笑ってマスターはそう言った。
そのまま來果の事を伝えないまま。メイコはそうですね。と笑みを返した。
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