(飲みすぎたかな・・・・?)
丁度人が引いた間にフワリと頭だけが浮遊するような感覚を覚え、メイコは軽くこめかみを押えた。
まだパーティは中盤だというのに、このような状態になるのは珍しい。
自分自身の許容量を大体把握している彼女は、空のグラスを見つめながら今日喉を通したアルコールを思い返し自虐的な笑みを浮かべた。
そういえば、序盤に挨拶回りをした際に洋酒・ビール問わず相当の量の酌をしたと同時に酌を受け、ソレをハイペースで飲み込んでいたのだった。
ちゃんぽんをした上に、今年は昨年以上に件数が増えたので思いの外酔いが早く回ってしまったようだ。
そっとメイコは人気のない壁際に移動すると、身体を壁に預け、煌びやかな光と軽快な音楽が弾ける会場内を眺めた。
今宵はクリスマスイヴ。
山奥の山荘で、招待客のみの参加が許されるボーカロイド達のクリスマスパーティが行われていた。
ボーカロイド達の、と言っても彼らが主催者というわけではない。ただ、ボーカロイドに関わるプロデューサーや、楽師・絵師・動画製作者・一部の選ばれたファンが集い、ボーカロイド達と楽しむクリスマスパーティだ。
BGMには、今年のヒット曲のインストルメンタルバージョンが有志の楽団によって演奏され、あちらこちらで賑やかな笑い声が会場内に咲き誇っていた。
ボーカロイド達も各々煌びやかなドレスやスーツに身を包み、このパーティを楽しんでいた。
しかし、長子であるメイコは楽しんでばかりは居られなかった。
やはり、お世話になった人には挨拶とお礼をしておかなければならない、という使命感からパーティが始まると同時に会場内を駆け回った。尚且つ妹弟の代わりに酒の相手を請け負って、彼らと同行することもあった。
酒を勧める相手も、酒飲みキャラとしてメイコを認識している分注ぐ酒に容赦が無い。
失礼に当たらないように全ての相手をしていた結果が、今のメイコの状態を招いてしまったようだ。
チラリ、とハンドバックに下げている小さなアクセサリー風の懐中時計で時間を確認すれば、予想通りまだまだパーティは中盤といったところであった。
会場内では、ミクが仲良しのグミやミキと、投稿動画殿堂入り常連のプロディーサーと談笑しているのが見えた。リン・レンは皿にこんもりと料理をのせて、ユキやリリィと目をキラキラと光らせながら忙しくフォークを動かしている。ルカとカイトも、それぞれがくぽやキヨテルを交えてファンの子と会話を弾ませているようだ。
(まだ、大丈夫ね。)
自分の妹弟の様子を確認すると、メイコはそっと会場を後にした。
今の内に外気にでも当たって酔いを醒ましておかなければならない。
今はまだ大丈夫だが、パーティが終盤に差し掛かった頃には再び彼女の仕事が待っている。
テンションが程よく高まったリン・レンが羽目を外して暴れまわらないように首根っこを掴み、ミクに絡み始める酔いの回ったタチの悪い熱烈なファンの男共に制裁を加え、酔って気に食わない相手に早口の外国語で攻撃を始めるルカを嗜め、調子に乗って服を脱ぎ始めるカイトを成敗しなければならないのだ。
ソレを全てこなすことは、酔いが回った状態では不可能である。
パーティの賑やかな音を背中に受けながら、庭に通じる扉を見つけると黒い手袋をした手で冷たいドアノブを捻った。
さすが山奥というだけあって、外気は切れるような冷たさをメイコに突き刺してきた。
その空気に身体を震わせ、外に出たのは間違いであったかも知れない、と、すぐ通ってきた扉に引き返そうとしたとき、耳に聞き覚えのある声が届いてきた。
(?この声・・・?)
丁度パーティ会場に面している庭の方から、会場内の音に紛れて、その場にその声を発している者が居ることを伝える明確な声がサラリサラリと届く。
その声は、リズムを刻み抑揚をつけ、聞いたことの無い歌になった。
(歌ってる・・・?)
引き寄せられるように、その声の元に足を向けた。
パーティ会場となっている大広間に面した英国庭園風の庭は、剪定された常緑樹に、発光ダイオードの青い光がキラキラと輝いていた。しかし、パーティ会場の賑やかな音と光を受け、その場は対照的な静けさを感じさせる幻想的な空間となっていた。
その光の中に、一人の少年が独特のハミングと共に小さなステップを踏みながら踊っていた。
何かと遊んでいるのだろうか?もしくは誰かと遊んでいるのだろうか?
一人しかいないことは一目瞭然であるにも関わらず、そう思わせるような光景だった。
思わず、その光景に見とれていた。
少年は、片足を軸にしてクルクルと回ると、メイコのいる場所に向いた形でピタリと止まり、いたずらっ子のような表情を見せた。
「あぁぁ、見つかっちゃった。」
まるで、かくれんぼをしていたかのように、ニコリと微笑むと、トテトテとメイコの元にやってきた。
「ごめんね。邪魔だったかな?リュウト君」
謝られたリュウトはキョトンとした表情を見せた後、「なんで?」と逆に聞き返してきた。
「だって、今凄く楽しそうだったじゃない?」
「うん、そうだよ。でも、なんでメイコさんが邪魔になるの?」
再びニコリ、と満面の笑顔を向けられたメイコが返答に戸惑っていると、リュウトは「あのね。」と言葉を続けた。
「何だかもうすぐな予感がするんだよ。」
「予感?」
腰を屈めて、メイコはリュウトの視線の高さに合わせるとそのキラキラと光るブルーグリーンの瞳を覗き込んだ。
リュウトはメイコの視線を受け、そのまま空を仰いだ。
「見て。」
リュウトに倣い、メイコも視線を上げる。
小さな手が指差す方に視線を向ける。
指の先にはどんよりとした雲があった。
月を隠した灰色の雲。
フラリフラリ、と何かが舞う。
「わぁ。」
「ほら!雪だよ!!」
初めはチリのようだった雪は、徐々にゆっくりと飛来するものに変わり、庭の木々にそっと腰を下ろすかのように優しく積もっていく。
ボンヤリとその光景を眺めていると、いつの間にか周りが白い薄化粧をしたように色を変えていた。
「リュウト君は、この雪が分かってたの?」
空を見上げながら尋ねると、リュウトは「へへへっ」と得意そうに笑った。
「空の感じで、絶対今夜は降るって思ったの。すっごくすっごく気になっちゃったから、パーティサボっちゃった。」
再びいたずらっ子のような表情を見せながら舌を出すリュウトに、メイコはつい笑ってしまった。
社交の場として、必死にパーティ内を駆け回っていたメイコに対して、彼は暖かい室内の賑やかなパーティよりも寒空の下『雪』を待っていたようだ。
本来なら、勝手な行動を取ったリュウトに対して叱りつけなければならないのかもしれない。しかし、彼の純粋な行動はとても微笑ましいと思ってしまった。
彼がメイコを見上げてくる笑顔はとてもキラキラとして輝いている。そして温かい。
外に出た瞬間に感じた刺すような冷気も、今では全く気にならなくなっていた。
そう思っていた矢先に、隣で「ッンクシュ!」という声が聞こえた。
「リュウト君、寒いの?」
「ううん。大丈夫寒くないよ。」
リュウトがそう言い終わる前に、メイコは肩を覆っていたファーのボレロを脱ぐとリュウトの肩に掛けた。
「身体を冷やしちゃダメよ。風邪をひいて喉に負担をかけたらどうするの?」
「え・・・・でも・・・。」
「ボーカロイドは喉が命よ。そのことをしっかりと覚えておきなさい。」
「・・・・だって・・・」
「先輩の言うことは聞きなさい。口ごたえは許さないわ。」
何やら説教めいた言葉だか、そのようなことは全く気にならなかった。
リュウトは大きな瞳を更に見開いてメイコの顔を見返した。
ファーを脱いだメイコの服装は、肩も首もむき出しにした薄手の赤いドレス一着だ。
だれがどう見てもメイコの方が身体を冷やしているではないか、と思う。
自分が言っている言葉が矛盾していることに自覚があるのだろうか?
正直、リュウトはメイコの言ったことが良く分からなかった。
肩に掛けられたフワフワのボレロは羽のように軽くてとても温かい。
そして、リュウトを見下ろすメイコの表情もとても優しくて温かい。
あぁ、そっか。
リュウトは、肩のボレロにそっと手を添えた。
(優しいんだ・・・・。)
一見、説教臭い人のようだけど自分よりも他人を優先してしまう優しい人なんだ。そう思うと、肩に掛けられたボレロが更に温かさを増した。
リュウトが初めてボーカロイド達が集うパーティに参加した際、失礼が無いように、と先輩ボーカロイド達をスタッフが紹介してくれた。
兄姉に当たるボーカロイドや、国際的に知名度を高めているアイドルのミク、そして、初の日本版ボーカロイドであるメイコの紹介も受けた。
彼女の性格や人となりを教えてくれた人は、ニヤニヤと笑いながら「リュウト君、メイコさんには気をつけろよ。怒らせると頭から食べられちゃうぞ!」と言ったのを良く覚えている。
『頭から食べちゃう』なんて、僕の台詞じゃないか!と、嫌な思いがしたものだが、彼女の代表曲を知り、成程、と納得した。
後から思えば、あればスタッフのちょっとした冗談だったのだと分かる。
接点も今までなかったので、挨拶以外に話すこともなく、ちょっと堅苦しくて恐い人という印象を持っていた。
でも、そんなものは知らないから勝手に感じていたことだ。
本当のメイコはこんなにも優しくて、温かい。
新しい宝物を発見したような気分だった。
「寒くない?」
再びメイコが聞いてきた。
その声に、「へへへ」と笑顔を返すと、ボレロの中でモゾモゾと身体を動かし、自分が着ていたタキシード風のジャケットを脱ぐとメイコの肩に乗せた。
ジャケットは、メイコの肩を覆うくらいしかできないサイズであったが、肩をむき出しにするよりずっといい。
驚いているメイコの目の前で、リュウトは半歩後退してニコリと笑顔を見せた。
「レディが肩を冷やしてはいけませんよ。」
紳士的な言葉にポカン、と口を開けたメイコはその意味を察し、クスクスと笑いながら素直にそのジャケットを受け取った。
「ありがとう、ミスター。」
リュウトは再び「へへへ」と笑うと、その場でクルクルと回った。
悪戯を成功させたような満足感と、あのメイコに『ミスター』と呼ばれた事が嬉しい。
一気に大人になったような、ナイトになったような気分だった。
しかも、ボーカロイドの中でもお姉さんであり大先輩のメイコの!!!
クルクルと回る回転を止め、リュウトはメイコに向き直り、片膝を着いて片手を差し出してきた。
「レディ、一曲お相手を願えませんか?」
酷くキザな台詞だ。
恐らく、カイトやがくぽ、キヨテル辺りが口にしたなら、クサすぎて腹を抱えて大笑いしてしまいそうな台詞だが(レンはセーフだろうか?)、メイコは優しく微笑むと差し出された小さな手に自分の手を重ねた。
「喜んで。」
お互いに顔を見合わせ、ニコリと微笑んだ。
「じゃあ、メイコさん、何する?」
両手を繋いだ状態で、キラキラと光る瞳に覗き込まれメイコは首を傾げた。
『何する』の意味が良く分からなかった。
「メイコさん、『雪のこぼうず』知ってる?」
「え?」
「あと、『おちゃらかほい』とか、『いとまき』とか!!」
成程。
メイコはリュウトが言っている「一曲」の意味を理解し、顔を綻ばせた。
「あとね、あとね、『げんこつ山のたぬきさん』知ってる?」
「えぇ。あと、『お寺の和尚さん』とか?」
「『アルプス1万尺』!!」
「『茶摘み』!!」
「あっ!あと、『ミカンの花』も、僕できるんだよ。」
「あら、それは私とするなら、超高速バージョンでいくわよ?」
「大丈夫だよ!僕だって負けないからね。」
ニヤリ、と歯を見せて笑ったリュウトにメイコも負けじと笑い返した。
静かに雪が舞い降りる庭で、小さな紳士はメイコの手を取り元気な声で
「せっせっせ~のよいよいよい!」
と、叫んだのだった。
一曲お相手願えませんか?【MEIKO+リュウト】
「前のバージョン」にちょこっとだけ続きがありますのでどうぞ。
MEIKOとリュウト、姉弟以上親子未満の二人の話です。
否!保育士+園児。
「食べちゃうぞ」の元ネタは、素晴らしき名曲mothy様の「悪食娘コンチータ」からです。
「食べちゃうぞ」コンビです。
大好きなんです、この二人!!
優しくなれるような話を目指しました。
作中にでてくる手遊びは、地方によって様々なので何のことか分からないという方、申し訳ありません。
MEIKOはリュウトの前では完全にガードが緩くなるといいです。
補足ですが、MEIKOが本気で酔って暴れだすとKAITO・ルカ・ミク・リン・レンの五人がかりで挑まなければ敵わないという裏設定ありです。
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