UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その29「実技試験その5~採点~」
ドアがドンと開け放たれた。
〔ビックリした!〕
ドアを開けて出てきたのは、デフォ子さんだった。
デフォ子さんは、耳に当てていたスマホをゆっくり下ろした。
「聞こえてる」
デフォ子さんはスマホをポケットに収めると、わたしの前に立って、わたしを見下ろした。
「話しは聞かせてもらった」
デフォ子さんの後ろからモモさんが歩いてきて、横に立った。
「モモ、どうだ?」
軽く視線だけで合図を送った。それにモモさんは答えた。
「はい。考えられる3105通りの移動パターンのうち、三つとも該当します」
デフォ子さんの視線がわたしに戻ってきた。
デフォ子さんの表情が読めない。
「本当に、三通り考え出したのか…」
デフォ子さんが口を閉じてしまった。
なんとも言えない空気の沈黙が辺りを包んだ。
〔これは、どういう状況なのでしょうか?〕
わたしは周囲に助けを求めようとした。
「紫苑…」
デフォ子さんは無表情にわたしを呼んだ。
「いや、ヨワでいいか…」
ぐっと胸を張り、腕を組んで立ち尽くす姿は、社長というより、偉そうな生活指導の先生だった。
「ヨワ、あなたの実技試験の結果を発表する」
ついとモモさんが前に出た。モモさんは手に持っていたクリップボードを胸の前で支えて、挟んである紙に目を落とした。
「採点基準は主にモチベーションです。技術面よりヤル気が採点されました。面接試験は、問題ありませんでした。少しだけ反応の遅かった箇所がありましたので、3点減点しました」
それはどこですか、と聞きたくなるのを堪えた。
「次に、自由テーマですが、落語のチョイスは、ウタさんがいるからですか?」
わたしは首を振った。
「いいえ、歌や踊りでは、却って目立たなくなって、印象が薄くなるかと思ったからです」
モモさんは息を吐きながら笑顔を作った。
「落語のお噺は、あれ一つだけですか?」
「いえ、『目黒のさんま』と『ジュゲム』は覚えました」
ぽんとデフォ子さんがわたしの肩に手を置いた。デフォ子さんの目に見たことのない輝きがあった。
「ウタさん、まだ、発表の途中ですよ」
デフォ子さんの表情は読めないが、少し嬉しそうな感じが伝わった。
デフォ子さんは肩から手を離した。
「自由テーマですが、減点はありませんでした」
モモさんはクリップボードに視線を固定して、そこにある紙を捲った。
「続いて、課題の方ですが、接触した回数は1回だけでしたので、1点減点とします。踊りの点数は、動き、リズム感、柔軟性に問題はありませんでしたが、表現力が不足していたのと、接触したあとモチベーションが落ちたようでしたので、30点の減点とします」
ああ、やっぱり。接触したあと、暗くなったの、ばれてたんだ。
「ですが、接触しない方法を別に二通り考え出したので、40点を加点します」
モモさんがちらっとわたしを見た。
「結果、四百点満点の406点となりました」
その点数の意味がわからなかった。
「紫苑ヨワさん、一位通過です。おめでとう」
え、今、なんておっしゃいました?
ユアさんがわたしの手を握って話しかけてきた。
「ヨワさん、聞こえた? 合格ですって。おめで とう!」
「おめでとう、ヨワさん」
エリーさんが反対の手を握ってきた。
「あ、あ」
ありがとう、と言いかけて気付いた。
「ユアさん、エリーさん、この後、実技試験じゃないんですか?」
二人はハッと突かれたような顔をしてから、すぐにプッと吹き出した。
「ハッ」
「ははっ」
見ると、モモさんはクリップボードで口元を隠していた。目が笑ってた。
マコさんとルナさんは顔を合わせて笑顔になっていた。
まさか。
まさか。
まさか。まさか。
自分の顔が白くなっていくのが分かった。
〔ひょっとしたら、『どっきり』企画か、何かですか?〕
そう、声にしそうになった。
いやいや、待て、待て。慌てるな、わたし。
全部がどっきりでは、つじつまが合わない。
「何を考えているか、知らんが」
デフォ子さんがわたしの顔の高さに合わせて腰を屈めた。目の前に無表情な顔があった。さすがにびくっと身体が震えた。
「ユアとエリーは、サクラだ」
え、今、なんて? サクラって、二人は受験生じゃないんですか?
「試験問題の一部と言ってもいい」
なんですって。
わたしがまだポカーンとしているから、デフォ子さんと場所を入れ替えて、モモさんが説明してくれた。
「ユアさんとエリーさんには、紫苑さんのを動揺を誘い、パフォーマンスを下げるように演技して貰いました。その脚本を作成したのは学校、というより、わたしです」
少し、モモさんはすまなさそうな顔をしていた。
「ですが、その陥穽にはまることなく、逆にバネにして、自分自身を高めていく姿勢は、天晴れとしか表現しようがありません」
モモさんはここで少し表情を引き締めた。
「加えて、テトさんのゲリラライブ、ユフさんのミニコンサートでのパフォーマンスも申し分なく、改めて勧誘、いえ、スカウトを申し込みます」
モモさんはクリップボードから書類を外してわたしの前に差し出した。
「UTAU学園で学び、UTAU音楽事務所に参加してください」
差し出された紙には、「合格通知」と書かれていた。
ネルちゃんと同じ。盆おどりの時に、見せてもらったやつだ。
「やった」
わたしは微かな声で呟いた。
わたしの声が聞き取れなかったのか、「?」とモモさんは声にならない声を出して一瞬固まった。
「あ、ありがとうございます!」
わたしは我に返って合格通知を掴んだ。両手で摘まんで、恭しく頭を下げた。少し目頭が熱くなった。
周りの空気が温かかった。
「実技試験の合格通知で、大袈裟だな」
デフォ子さんの声は冷静だった。
「まだ筆記試験もあるのに」
全員が苦笑いしていた。
「ウタさんは、もう・・・」
モモさんだけ声に出していた。デフォ子さんは、マイペースな方なんだ。
わたしははたと気付いた。
「ユアさんとエリーさんて、受験生じゃなければ、事務所の方ですか?」
「あは、違うよ」
「わたしたちは、中等部の卒業予定で、高等部に進学が決まってて、実技試験のお手伝いをしてるの」
中等部って、初めて聞いた。
「紫苑さん、声をかけられたのは、中学生からでしょう?」
頷くわたしにエリーさんは笑顔で続けた。
「わたしたちは、小学校の時にモモさんに声をかけられて、中等部に通うことにしたの」
モモさんが補足した。
「実力のある子は早めにスカウトしてます」
小学校の頃の自分を思い出すと、少し恥ずかしい。何も考えないで、男の子に混じって遊んでた気がする。
「だから、ここから先は、競争だよ」
「誰が一番先にデビューできるか」
ユアさんとエリーさんの笑顔がまぶしかった。
よかった。ホッとした。
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