――――――――――
NEKOMURAIROHA――――――――――やはり、重音テトはまだ国内か。
KAMUIGAKUPO――――――――――捜索が長引いたからな。ゲリラ戦に移行すると厄介だ。
NEKOMURAIROHA――――――――――所詮一人で何ができると、言いたい所だが。
KAMUIGAKUPO――――――――――火力は初音ミクに匹敵して、かつ切れ者とくれば。
NEKOMURAIROHA――――――――――冗談にもならんな。
KAMUIGAKUPO――――――――――結月は元気にやっているか?
NEKOMURAIROHA――――――――――ああ、お蔭様で。初音ミク病はすっかり治まった。
KAMUIGAKUPO――――――――――あの死に損ないに近づかれると厄介だ。
NEKOMURAIROHA――――――――――そう言うな。重音テトだろ?
KAMUIGAKUPO――――――――――貴様は買っている様だが、奴を軍人とは思っていない。
NEKOMURAIROHA――――――――――「最後の第1世代」だからな。軍にも責任はある。
KAMUIGAKUPO――――――――――ならば尚更、早急に退役させればよかろう。
NEKOMURAIROHA――――――――――寝言を言うな。ただでさえ全体の火力が足りん。
KAMUIGAKUPO――――――――――余りにも危険だ。奴に戦略級の火力を持たせるのは。
NEKOMURAIROHA――――――――――知っている。だから、実際に使わせたほうが早い。
KAMUIGAKUPO――――――――――兵士はバラストじゃないんだ。だからこそ私は。
NEKOMURAIROHA――――――――――将校上がりの「VOCALOID」も、危険だがな。
KAMUIGAKUPO――――――――――何とでも言え。しかし初音ミクは、
NEKOMURAIROHA――――――――――ハク、聞いていたな。
KAMUIGAKUPO――――――――――ハク、まさか弱音ハクか!?
YOWANEHAKU――――――――――話しかけないで貰えますか、猫村司令。
NEKOMURAIROHA――――――――――緊急の要件だ。第7で態勢を敷いてくれ。
YOWANEHAKU――――――――――多少、手続きが大雑把になりますが。
NEKOMURAIROHA――――――――――構わん。なあ、中将殿。
KAMUIGAKUPO――――――――――ローランド戦役で西方戦線を突破した伝説の……!
YOWANEHAKU――――――――――……ええ、電撃戦に先立つ攻響戦力の駆逐に従事しました。
NEKOMURAIROHA――――――――――前にも言った筈だ。最善を尽くすと。ハク、よしなに。
YOWANEHAKU――――――――――失礼。
KAMUIGAKUPO――――――――――……なるほど。猫村司令でも裏技を使う訳か。
NEKOMURAIROHA――――――――――勘違いするな。彼女は中央からの出向だ。正式にはな。
KAMUIGAKUPO――――――――――まあ、貴殿に講釈はせんが、それでいいのか?
NEKOMURAIROHA――――――――――ああ。全てパーフェクトと言うわけにはいかん。初音に限らずな。
KAMUIGAKUPO――――――――――一応言っておくが、この件は他言しない。
NEKOMURAIROHA――――――――――当たり前だ。
KAMUIGAKUPO――――――――――だが、第7で対応できなかったら、後は無いぞ?
NEKOMURAIROHA――――――――――だったら前線の戦力を回してくれ。
KAMUIGAKUPO――――――――――……無理だな。確かに、場当たり的にならざるを得ぬか。
NEKOMURAIROHA――――――――――だろ?過去の話などどうでもよくならないか。
KAMUIGAKUPO――――――――――ああ、頭が付いていかん。だがな。
NEKOMURAIROHA――――――――――泣き言は聞きたくない。私だって同じだ。
KAMUIGAKUPO――――――――――む……。
NEKOMURAIROHA――――――――――私はされて嫌な事はしない質だ。前線は適当に支えるがいい。
KAMUIGAKUPO――――――――――ちっ、よかろう。応援の可能性については検討しておく。
NEKOMURAIROHA――――――――――初音ミク抜きの可能性は検討しないが、よろしいか?
KAMUIGAKUPO――――――――――わざわざ言わなくて良い。何かあったらその時だ。
NEKOMURAIROHA――――――――――ああ、よしなに。
声が途絶えた。この頭の思考で直接コミュニケーションするのは、「VOCALOID」の有名な18番だが、はっきり言って疲れる。直接話すのなら言う言わないが判断できるが、この会話は相当に集中しないと本音や迷いが駄々漏れになる。
NEKOMURAIROHA――――――――――そっちではどれ位把握している。
YOWANEHAKU――――――――――全部。
NEKOMURAIROHA――――――――――わお。
YOWANEHAKU――――――――――重音テトが敵方の「VOCALION」と接触したら、エルグラスの犠牲は丸損でしょうね。
NEKOMURAIROHA――――――――――良く分かった。早急に手配する。
YOWANEHAKU――――――――――恐れ入ります。
今度こそ、本当に誰もいなくなった。少し何かあると、「VOCALOID」同士の会話が錯綜する。
「落ち付けと言うのに、な」
ベッドから起き上がり、ウィスキーのボトルとグラスをとってテーブルに置く。並々とついで、一口二口と煽る。外は月光の照り返しで明るい。窓の外には暗い紫の雲が、一目ではわからない速度で左にゆっくりと流れている。
「真っ直ぐ向こうには流れんものだな。さぞ壮観だろうに」
弱音ハクには、「黙示録のヨハネ」という究極な別名がある。あいつが黙ってれば大丈夫という反面、何か喋ったり動いたりすればやばいというのが専らの評判である。猫村は迷信などは信じないが、思いもよらない事を言い出した時、しまったと思い知らされる事はよくある。
「しかし、あいつは話を聞かないからな」
弱音ハクの所属が参謀本部であって、本来なら旅団程度に出向する身分ではなかったとしても、初音ミクには全く関係がない。何故なら奴は天才で、それでいて運がかなり「足りていない」。
「確かにそうなるのだがな」
奴が激戦を繰り広げて、犠牲を度外視して己の命も厭わず戦いを繰り広げなかったら、どうなっていただろう。まず、猫村いろはも「VOCALOID」にはなっていなかっただろう。エルメルトは相変わらず最前線で、クリフトニアは今でも劣勢だったろうか。
「ジャンヌ・ダルクは、死んだな」
気まずい歴史である。文献に残ってる旧世界の歴史では、聖女が聖女のまま死んだらしい。
「戦争どころか人生すら、一人ではどうともならない。それが人の弱さか?」
YOWANEHAKU――――――――――あの。寝たいんですけど。
「……」
YOWANEHAKU――――――――――私が黙示録なら、猫村司令はモーゼかなんかですよ。
「……お、おう」
YOWANEHAKU――――――――――どうせパターン決まってますよね。私達はそれでも戦わなければならないとか。
「……うん」
YOWANEHAKU――――――――――寝ろ。無礼だけど寝ろ。寝ろ。寝ろ。
「はい」
YOWANEHAKU――――――――――おやすみなさい。
「おやすみ」
かつて。「VOCALOID」以前には、ここまで寝起きの悪い奴は知らなかった。猫村は軍人としてそれなりに威厳を保っていたが、この寝かけているハクほど恐ろしい奴はいなかった。毅然として、速攻で話を終わらせようとするのだ。何故なら、寝たいから。
「睡眠薬も利かなくなったからな……」
気が付けば、XOが無くなりかけている。更を開けたにもかかわらずである。
「この戦争、早く終わらないかな」
昔は良かった。軍に入ってから数年は、陸戦で強行偵察とか、そういう直接的な危険に身を晒していて、それなりに充実していた。
それが、「VOCALOID」の出現で歩兵が舐められたと思い、食って掛かったのが全ての始まりだった。
「やっちまったなぁ……」
今では猫村いろはは、どうみても「VOCALOID」です。何を間違ったのでしょうか。お母さん。
窓を見れば、月が西の方に沈みかけ、空が白んでいた。
――――――――――つきはにし あけぼのひがし しもづきの ふみはとしづき きざまれのこる
「聞かれてるかな」
――――――――――しらむそら のぼりてのぼる くとらくの ふみはとしづき またくりかえす
「もうそのパターンいいからってか」
――――――――――はい。
「悪かったよ。寝る」
グラスを煽って、無理やり床に付いた。「VOCALOID」になって改めて分かったのは、上には上がいるということである。その辺、ハクの方がよく知っているからこそ、ハクの方が上手である。
「この戦争、本当に早く終わってくれ……」
祈るような気持ちで、布団にしがみつく。部下や同輩には、到底知られたくない姿である。
――――――――――
機動攻響兵「VOCALOID」 2章#1
「VOCALOID」同士の会議の様子。
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