『確か、何かの物語で、「ワイシャツ1キロ ブレザー5キロ プリーツスカート10キロ」という台詞があった気がする。
僕も同じだ。
制服が重いか』
そこまで書いたときに気配を感じて、私は後ろを振り返った。
……やっぱり。
「へぇ、僕っ娘?」
「……男の子っ!」
にかっ、っていう効果音が合いそうな笑みをひらめかせながら私に話しかけてきたのは、後輩の鏡音レンという男の子。
後輩と言っても一つ下だが、それにしても、敬語を使っていたのは最初の一週間だけ。
「なんだぁ。僕っ娘挑戦かと思った」
「違う違う。この後、『もっとも、スカートではなくズボンだが、それが尚更足のおもりになる』って書くつもりだったの」
私は文芸部部員。レンもそうだ。
もうすぐ文化祭で、そこで部誌を売る為に、ちょっと足りない枚数を埋める為の短編を書いている最中だった。
一ページに収まる短編を一人一編ずつ、がノルマ。といっても、部員は6人しかいないので、六編。
「レン、あんた……自分の短編は?」
「終わったよ。詩でいいんでしょ?」
「……あんた詩しか書いてないじゃん……」
「書いてる書いてる。今回部誌にのっけるの、小説二つと詩一つだし」
さては、部誌用書くときだけかっこつけて小説にしたな、こいつ。
「……誤字脱字、多すぎ」
でも、小説も面白い。
なんとなく悔しいから言わないけど。
「ええ。直したよ?」
「こことか、こことか……国語真面目にやんなさいよ?」
「えー……普段寝てばっかりなんだよね……」
ちろっと舌を出し、笑う。
その姿に、少しだけきゅんとして、見とれてしまう。
「もう……」
そう。私は、この少年が好きなのだ。
……後輩のクセして、先輩を落とすとは。
「あはは。あ、もう下校時間だよ~」
さっさと荷物をまとめはじめるレンに合わせ、私も荷物をまとめる。
レンはこっちの気持ちなどおかまい無しに、鞄を背負って歩きはじめた。追いつこうとして、私も走る。
でも家の方向が逆で、校門までしか一緒にいられない。
「じゃ、バイバイ、ミク先輩」
「……じゃね、レン」
手を振ると、レンはにこっと笑って帰っていった。
私の制服の重さはきっと……
登校時は10キロ、文芸部に向かうときはマイナス5キロ、文芸部の間はマイナス10キロ、文芸部が終わって帰る時は20キロ。
……あぁ、体中が重い。
「……やっちゃった」
私は、床に散らばった部誌をただ呆然と眺めて呟いた。
こういうときに私にのしかかってくるのはやはり制服である。体が突然重くなる。
やっぱ、一人で持ってこうとしたからダメなんだな……
仕方なくかき集め始めると、どこからか楽しそうな声が聞こえてきた。
「えぇ~、ちょっとぉ。レンってばぁ……約束はぁ?」
「わりぃわりぃ。ちょっと用事がね」
レン?
顔を上げると、そこにはレンと、レンにそっくりな亜麻色の髪をした少女が歩いていた。
彼女、かな。
ちく、と胸のどこかに痛みが走る。
「あれ?ミク先輩じゃん」
レンがこっちに走ってきた。
「大丈夫?どっかぶつけたの?」
「え?」
「泣きそうな顔してる」
私は慌てて首を横に振った。
……そんな、わかりやすいかな。
「あ、部誌、落としちゃったのか。だから言ったじゃん、一人じゃ無理だよって。しょうがないなぁ……」
レンは、散乱している部誌を集め、半分よりちょっと多いぐらいを手に持った。
「手伝ってあげる」
そして、無邪気に笑う。
……もしこのとき私が何を考えていたか知ったら、レンは私を軽蔑するかなぁ。
レンと一緒にいられる。
それしか私の頭の中にはなかった。
「えぇ、ちょっと。レン?帰るんじゃないの?嘘つきぃ~」
「本当は今日部活あるんだっつーの。だけどこの先輩がさ、手伝いいらないっていうから先に帰らせてもらったの。ちょい待ってて」
レンは、少女に向かって軽く手を出し、私に向かって笑いかけた。
「ミク先輩、行こ」
レンが歩き出すのに、私は小走りでついていった。
もしかしたら今私の制服はマイナス50キロぐらいかもしれない。
体に重さがないようだった。
「文芸部、部誌、販売してます!」
文化祭当日、私は声を張り上げた。
もう喉がからからだ。
制服がすごく重い。
「ミク先輩、代わろうか?」
レンが私に声をかける。でも私は首を横に振った。
「文芸部以外にすること無い……」
「え。それ、悲しいって」
私が頬を膨らますと、レンはくすりと笑った。
「じゃあ俺のクラス来なよ。面白いよ。白雪姫の、男女逆転の、英語バージョン」
勧誘しているだけとはいえ、その言葉は、結構嬉しかった。
でも、素直に喜んでしまうのは、どこか負けた気がして。
「もしかしてレン……白雪姫担当だったりする?」
レンが突然不機嫌な顔になった。
「そうなんだよね。俺……満場一致で白雪姫……いや、ダブルキャストだから!もう一人白雪姫いるから!」
「じゃなきゃ今暇してないでしょ」
レンは確かに、と頷いた。
「じゃ、来るってことで。あと20分で俺のターンだから」
私は15分後、他の部員と交代し、レンのクラスに走った。
ちょうど始まるときに間に合って、クラスに滑り込む。
「レン、この先輩?」
と、ピンク色の髪をした女性に腕をつかまれた。
レンが小さく頷いたらしい、椅子まで案内される。
「レンのお客様だもんね」
にこっと微笑みかけられた。
……一個下のはずなのに、私より胸も大きいし、女っぽい。
あぁ、もう。こないだから嫉妬ばかりしている。
レンの世界は文芸部だけじゃないのに。
「では、白雪姫……じゃなくて、Snow White! Here we go!」
さっき白雪姫を担当していたのか、ファンデーションが少しだけ残ったままの青い髪の男の人が言った。
私の目は、その瞬間登場した白雪姫に吸い寄せられた。
……可愛すぎる。
天使のよう、と形容するのがぴったりの微笑み。亜麻色で長めの髪を後ろで一つに結び、薄くつけたリップグロスが唇に透明感を持たせている。
確かに、女の子よりも可愛いかも、これ。
台詞はすごく簡単な英語で構成されていて、わかりやすかった。
劇はどんどん進み、王子が登場した。
……あの、亜麻色の髪の、女の子。
台詞なんて耳に入ってこない。
さっきまで軽かったブレザーが急に重く感じられる。
……そろそろ、キスシーン……?
その瞬間、王子は舞台を飛び降り、私の腕を掴んだ。
「ちょ、やめ、え、何!?」
「はいはい、王子代役!キスで白雪姫を起こしてあげてくださいな!」
頭が真っ白になる。
それとは逆に顔は真っ赤になった。
「はぁっ!?」
「男女逆転だから王子は女性なの!OK!?」
「OK……じゃないって!」
そのまま少女に舞台に押し上げられる。
「ほら、早く早く!」
……もういいや。
キスしたいと思わないわけじゃないし……
私は心を決めた。
レンの唇に自分の唇を近づけると、
「ミク先輩」
レンはくすりと笑って私の後頭部に手を当て、ぎゅっと引き寄せた。
そしてレンの唇が、私の唇に触れる……触れた。
え、ええ、、、、、えええ!?
観客の拍手がどこか遠くに聞こえる。
「ミク先輩、台詞台詞~」
台詞、、、って、、、美しさに感動して求婚するんじゃなかったっけ?
「日本語でいいから!」
問題はそこじゃないっ!
「早く~ミク先輩!」
まぁ……いいか。
「姫、結婚し……付き合ってください!」
さすがに結婚してください、は言えないと思って付き合ってくださいに変えたけど、、、
余計に告白みたいだ。
……というか、これは告白、か。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
レンの唇が再び私の唇に触れた。
口笛も野次も飛んだけど、気にしている余裕はなかった。
「ちょ……レンっ!」
レンに腕を引かれるがままに走る。
「楽屋、来て!化粧落とすから!」
楽屋に飛び込むと、そこにはさっきの青い髪の人と、亜麻色の少女と、ピンクの女性と、あとは茶髪の人がいた。
「レン……お前……嘘つきだなぁ」
「すっかり騙されたわ」
「ねー。まだ付き合ってなかったのね?リンとレンは二人して……」
リンと呼ばれた亜麻色の少女とレンが顔を見合わせる。
「あの……話が見えない……んですが……」
各自が自己紹介を始める。
青い髪の人はカイトといい、茶髪の人はメイコ。二人は付き合っていて、姫と王子役だったらしい。
ピンクの女性はルカ。レンの従兄弟。
そしてリンは、レンの双子の姉。
「……家族だったの?」
拍子抜けした私は、地面にへたり込んだ。
「そ。妬いてくれた?」
レンがにやにや笑いで私を見た。
「……妬いてないっ!」
顔を背けると、レンがくすくす笑い出す。
リンはきょとんとして私の顔を覗き込んだ。
「というか、知らなかったの?うちのクラスの姫王子は、恋人同士でやるって噂流しといたのに……」
「俺が言わなかったの」
「レンは、『俺彼女いるんでやります!』とか言ってたのにねー」
「そう。それでつられて僕もやらされる羽目にさぁ……」
私はため息をついた。
「要するに……レンは、クラスで私と付き合っていると嘘をついて、姫役をやって、私の予定がないのを知っていて、クラスに誘い出して、王子に仕立てあげたわけね?」
「あは、そういうこと」
その場に突っ伏すと、みんなが盛大に吹き出した。
「まぁ、よかったじゃん、レン」
「そうそう。愛しのミク先輩と付き合えて」
「うん。成功成功」
私はレンを睨んだ。
レンはそれから逃れるように手を振った。
そして、今、私の制服はマイナス50キロのままだ。
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