かれこれ半日ほど走っているが、相変わらず見える景色は砂漠しかない。
 四隅が曇っているフロントガラスには風に乗った砂がぶつかっている。この車はもう10年以上も前から使われているが、換えのパーツがないためにフロントガラスも傷ついたら傷つきっぱなしだ。とはいえ、ほとんどが砂漠を走破するだけだから、それでも問題はない。

 “施設”へは日が落ちる前には着くだろう。

 久々の故郷だ。とはいえ、特に感慨深いことなどはない。オレには親がいるわけでもないし、待っていてくれている人もいない。オレのような“探索者”は、その生活のほとんどを砂漠の上で過ごすし、拠点となる“施設”へ立ち寄っても物資の補給や本部への報告などの業務でその大半が終わる。それが済んだらまた砂漠へと旅立つのだから、何か思い入れを抱けという方が難しい。

 ふと、ハンドルを握る左手に巻かれた赤いリボンが目に入った。
 別れ際に彼女がくれた唯一の証。

 あの時の彼女の顔が脳裏に浮かび、胸の奥がズキリと痛んだ。




「それってどういう事よ?」

 ミクは身を乗り出してオレに詰め寄る。いつもながら不機嫌な顔がより一層不機嫌になっていた。

「言葉通りの意味だ。一度“施設”に帰ろうかと思う」
「どうして? 私とここに一緒にいてくれないの?」
「オレも……できることなら、お前と一緒にいたいさ」
「じゃあ、どうして帰るなんて言うのよ?」

 オレを睨みつけるミク。彼女の青い瞳がオレを捉えていた。不機嫌そのものといった表情の中、その瞳だけは不安そうに揺れていた。
 申し訳ないと思いながら、オレは重い口を開いて気の進まない話を始めた。

「……ここに長く居すぎた」
「そんな理由で……?」
「いや、それこそが重要なんだよ。オレが本部から“ロスト”扱いにされたら、非常にまずい事になるんだ」
「なによ、その“ロスト”ってのは」
「オレたち“探索者”が行方不明になる事を“ロスト”って言うんだよ」
「……そのまんまじゃない」

 ミクは不機嫌そうに吐き捨てた。
 まあ、そのままの意味だな、確かに。

「まあそう言うなって。オレたち“探索者”は、基本的にこの砂漠をひとりで探索している。当たり前だが砂漠にいる間、本部のある“施設”とは連絡が取れない。そこでオレ達は、3ヶ月なり半年なり、必ず1回“施設”に戻る事が義務づけられているんだよ」
「だから、それが何だって言うのよ?」
「オレたち“探索者”は、本部が計画した探索計画に沿って、エリアごとに探索しているんだ。つまり、いつ、どこを誰が探索するのか、全て本部が決めている」
「それがそんなに重要な事なの?」
「重要だから、話してるんだよ」

 ミクはなおも何か言いたそうだったが、オレが真剣な顔をして彼女の瞳を見つめ返していたら、オレを睨み返しつつもその言葉を飲み込んでくれたようだった。オレはミクが了解してくれたと判断して続けた。

「この街を含んだエリアの探索に当たった“探索者”は、オレが初めてじゃないんだ。オレは3番目に派遣された“探索者”なんだよ。つまり、オレの前任者は2人いたんだ」
「あなたが3人目だと、何が都合が悪いの?」
「ああ、すこぶる悪い。確かにこんな砂漠をひとりで歩き回るんだから、“探索者”が“ロスト”するのはそう珍しい事じゃない。本部はその場合、次の“探索者”を同じエリアに派遣する。その2人目が何事もなく帰ってくれば、そのエリアは無事に探索完了って事になるってわけだ。逆に2人目も“ロスト”したら……」
「何かがあった。言い換えれば、2回も続けて不測の事態が起きた……って事になるわね」
「ああ、そうだ」

 オレは内心、ミクの頭の回転の速さに舌を巻きながら続けた。

「“探索者”が2人も続けて“ロスト”する状況は、ただの事故である可能性が限りなく低い。だから3人目の“探索者”の調査が重要になる。もし、そこでその3人目の“探索者”まで“ロスト”したら……」
「何かが、確実にそこにあるって事になるわね」
「そういう事だ。オレたちのルールで、3人目の“探索者”を“ロスト”した場合、大規模な調査隊をそのエリアへ派遣する決まりになっている」
「……あなたが“ロスト”扱いになると、そういう事になるのね」

 不機嫌な顔のままだが、やはりその瞳は不安に揺れているように見える。
 だからオレは、努めて明るい声で言ってやった。

「でもまあ、オレが本部に戻って『異常なし』って報告さえすれば、こんなヘンピな所に調査隊なんて来やしないさ。『砂嵐が定期的に発生し、調査は困難』とでも付け加えてやれば一発だな。だからさ、安心していいぜ」

 ミクはオレを見つめている。その瞳は、何かを探っているような……。オレは危うくその青い瞳に吸い込まれそうになった。
 やがて彼女はこう言った。

「わかったわ。あなたを信用してあげる」

 さっきまでの不機嫌な色はなく、ちょっと悪戯っぽいような顔をしていた。生意気そうな、それでいて憎めないような、可愛い感じで……ちくしょう、狡いな。

「でも、必ず帰ってきてよね。あなたには、もっともっと私の歌を聴いて貰わないと困るんだから」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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この世界の果てで     第10章  その1

以前思いつきで書いた小説を投稿してみます。
初音ミクがヒロインのSFっぽい物語です。
でも地味です。
あまり盛り上がりがありません。
その上意味もなく長いです。
そこはかとなくギャルゲ風味なのは気のせいです。
そして文字制限のため、区切りが変になってます。
こんな駄文ですが、どうぞよろしくお願いします。

閲覧数:102

投稿日:2008/09/17 00:06:41

文字数:2,151文字

カテゴリ:その他

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