第四章 01
鎮魂の儀から数日たち、この都市国家にもいつも通りの日常が帰ってきていた。
男は王宮の広間で弦楽器を爪弾いていた。目の前では、焔姫が夕の祭事を行っている。
男の脳裏からは、鎮魂の儀を終えた後の悲しげなほほ笑みをたたえた焔姫の姿がどうしても離れなかった。
この国の宮廷楽師となって九ヶ月以上経過した今になって、ようやく男に曲が形になりそうな感覚があった。
しかし、まだ何か足りない。
男はそれが何なのかをうまく表現出来なかったが、確かに何かが足りないのだ。必死に考えてみるものの、その答えはどうしても分からなかった。
祝詞を唱える焔姫は、あれから数日たった今でもまだどこか元気がない。落ち込んでいる、と言ってもいい。戦で失った命の事を、まだ悔やんでいるのだろう。
だが、男にはそう見える焔姫の態度も、他の者にはその違いが分からないようだった。
宰相であるサリフや、たまたま会った侍女に「姫は落ち込んでいらっしゃるようですね」などと男が言うと、誰もが意外そうに「普段と変わらないように見えますが」と首をかしげた。
なぜ、皆は焔姫の様子の変化についてこんなにも鈍感なのだろう。彼らはまがりも何も、男よりも長い間、焔姫と同じ王宮内で過ごしていたはずなのに。
男はそんな疑問を抱く。しかし、これまでの事を思えば、その答えは思っていたよりは簡単に気づいてしまった。
焔姫は、孤独だからだ。
その事実に戸惑い、男は指先を狂わせる。
それは本当に少しの事で他の者は気づかなかったようだが、旋律が乱れた事に唯一気づいた焔姫は、ちらりと男を見る。その琥珀の視線に、非難の色を一瞬だけまとわせて。
男はその事実にとらわれ過ぎないよう、目の前の祭事の演奏に集中しようとする。だが、無駄だった。気づいてしまった事を、どうしても無視出来ない。
平静を保った振りをして演奏を続けながら、それでも焔姫の境遇に思考が傾いていってしまう。
焔姫は、孤独なのだ。
孤独だからこそ、傲岸不遜なさまを演じる。
孤独だからこそ、我がままに振る舞う。
孤独だからこそ、横暴になれる。
本当は話好きなのに、吟遊詩人のように話しかけてくれる者も話を聞いてくれる者も周囲にはいなかった。焔姫が他の者とする会話は必要最低限か、焔姫のわがままを渋々聞いているのがほとんどだ。
だが、そうあらねばならなかった。姫であるがゆえに、将軍であるがゆえに。
その重圧から自らを守るために。ひいては、この国を守り存続し続けるために。
そうやって自らを固い殻でおおい、本心を隠して取り繕う。
本心をさらけ出す事が出来ないから。
本心をさらけ出してしまえば、弱みに付け込まれてしまうから。
本心をさらけ出してしまえば、守るべきものを守れなくなってしまうから。
焔姫は、この国を守るためにそうせざるを得なかった。
あの戦いで失った者たちをこうやって未だ悼んでいる焔姫は、気高いというよりも恐らくは人一倍繊細なのだろう。だが、それを誰にも見せるわけにはいかなかった。勝利を前に勝ち誇っておかなければ、将軍など務まらない。必要な犠牲を前にいつまでもくよくよ悩んでしまっては兵をまとめる事など出来はしない。戦におもむく事など、国を守る事など出来はしない。その先に待つのは敗北と、国の没落だ。
そうやって、自らとこの国のために、焔姫はずっと本心を偽ってきたのではないだろうか。
人知れず、男は首を横に振ってしまう。
……いや、焔姫の事だ。仮にそうだったとしても、聞いてみたところではぐらかされるか鼻で笑うかするだけだろう。恐らく誰も、焔姫の殻を、彼女が生きるために自らまとったがんじ絡めの鎖を断ち切る事など出来はしない。
もしかしたら、焔姫は誰よりも強いが、本当は戦など嫌いなのかもしれない。
そんな事を考えてしまって、男はその自分自身の考えにおののいてしまう。
また旋律が乱れ、焔姫ににらまれてしまう。
自分にとって嫌いなものがあったとして、それに非凡な才能があったとしたら、それは果たして幸せな事といえるだろうか? 挙句、本来の自分を押し殺してまでその才能を磨くだけの強さが、もしもあったら? その才能を呪いはしないだろうか?
焔姫にとって本当にそうなのかどうかは分からない。男の単なる自分勝手な想像に過ぎない。
だが、本当にもしそうなら。
せめて、常に張り詰めていなければ自らを保てない焔姫に何かしてあげられないだろうか。せめて、ほんのひと時だけでも安らかな時を与えられないだろうか。
そんな事を考えるくらいは、許されないだろうか?
焔姫 18 ※2次創作
第十八話
毎度、各章冒頭は会話少なめで男の思考のウェイトが大きくなってしまっています。
あまりいい事ではないような気がするのですが……かといって書かない訳にもいかない話でして。
「書かなきゃいけない事」が、自然な流れとして出てきたりしてくれるといいのですが、自分で書いていると「その話をするためにこのシチュエーションを用意した」という風にしか見れないので、あまりうまく書けている気がしません。
読んで下さっている方々が、そんな風に感じる事がなければいいのですが。
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