extra.
「ね、奏」
「あれ、早かったね、未来。なに?」
「さっき、あの女優さんに言い寄られてたでしょ」
「え、なにそれ。誰のこと?」
「あ。しらばっくれてもムダだからね」
「いやいや、しらばっくれてるわけじゃないよ。そもそも誰からも言い寄られてないし」
「嘘。さっき若い子に『よろしくお願いしますね』って言われてるの見たんだから。奏も嬉しそうにうなずいてた。若いからってデレデレしちゃってさ」
「んん? ……あ、それか」
「ほら、やっぱり言い寄られてたんじゃないの」
「違う違う。あの人はさ、今度未来に会わせてくれないかって頼んできたんだよ」
「ボクに?」
「中学校の頃からの大ファンだったんだって。芸能界に入ったからには、どうしても一度あの初音ミクに会いたいって。僕のことが執事長だって気づいたから、お願いできるって思ったらしいよ。……僕のことに気づいたってことは、結構コアなファンだったんだなって思って」
「お、おおう」
「これはこれで、お互いに新しい人脈を作る機会かなって思ったから、明後日のディナーに招待したんだよ」
「え。明後日って、高松さんとのディナーでしょ?」
「うん。高松さんも期待できるヤツなら会ってもいいって言ってたし、大丈夫かなって思ったから」
「そ、そっか」
「まあ、ウチは音楽に特化してるから、女優さんのキャリアのプラスになるようなことはできないかもしれないけれど……未来が『光あれ』って言うのとおんなじように、ちょっとくらいの手助けをしてもいいのかなって」
「そうね」
「未来がこんなに早く出てくると思ってなかった。いま彼女を呼ぼうか」
「いまはいいよ」
「……すごい不満そうな顔するじゃん」
「だって……奏はボクのモノだもん」
「僕は未来の意向に沿わないことはやらないようにしてるつもりだったんだけど」
「うん」
「じゃあ不満そうな顔しなくても……」
「ボクより若い女の子にいい顔してるのは許せないもん」
「いやいや。相手はライバルじゃなくて後輩だよ。憧れの先輩が大好きな後輩。邪険にすることないでしょ。」
「それはまだわかんないよ。ボクをダシにして奏に近づこうとする悪い虫かもしれないじゃん」
「仮にも初音ミクのファンだって言っている人に対してそんなこと言う? 初音ミク本人ともあろう人がさ」
「奏こそわかってないよ。当時の執事長の人気の高さをさ。お客だけじゃなくて、身内にもいたんだから。ボクは奏がどこぞの馬の骨に引っかかったりしないかって気が気じゃなかったんだから」
「身内を馬の骨って言うなよ。……あ、そもそも連絡先聞きそびれてたな。いまなら未来に会えたのに」
「だから、いまはいいんだって。奏がそういうところで気が利かなくてよかった」
「なんだそれ」
「あの執事長の連絡先手に入れちゃった! これはチャンスかも! ……ってなるからに決まってるじゃん」
「あのアイドル初音ミクの内心がこんなにドロドロしてたなんてね……」
「いいでしょ別に。奏にしか言わないし、奏のことでしか嫉妬なんかしないんだから、それくらいはさ」
「そっか……ご、ごめん」
「もー。本当に申し訳ないって思ってるの?」
「それは……」
「ちょっと、なによ。露骨に目を逸らすのは一番やっちゃいけないことだよ。ボク、かなりショックーー」
「ーーいやその、嬉しいって思っちゃったから」
「はあ?」
「ごめん、ごめんってば!」
「どーゆーことか説明してもらいましょーか」
「だから、その……」
「その、なによ」
「……未来が打ち合わせする相手って男性が多いじゃない。仕事上のやり取りだってわかってても、やっぱりディナーのお誘いもあるし、心配になったり不安になったりして……。僕は結構そわそわしてるんだよ。未来の迷惑になるからなるべく表に出さないようにしてたけどさ。でも、未来はあんまりそういうこと気にしてないのかなって思ってたから、未来もちゃんと心配してくれるんだなって安心したというか、ホッとしたっていうか……嬉しいなって」
「……」
「未来?」
「……」
「だ、だからごめんってば。タチ悪い考え方してるって自分でも思ってるんだよ。未来がイヤな気持ちしてるのを見て嬉しいなんて思ってるって、かなり嫌なヤツだなって。でもその……やっぱり本心を伝えないとダメだよなって……」
「……奏?」
「は、はい」
「ゆ、許して……あげます」
「……。耳、真っ赤だよ」
「言わないで!」
「あ、はい。ごめんなさい」
「でも、奏も……そんな風に思ってたんだね」
「そりゃね。相手は日本最高のアイドルだった人だよ。狙ってる人なんて山ほどいても不思議じゃない。対して僕は……」
「馬鹿言わないでよ。ボクはね、奏以外の人に惹かれたことなんて一度として無いんだからね」
「僕だって、未来以外の人に惹かれたことなんて無いよ。でも……不安になるのはわかるだろ?」
「……そうね。ごめんなさい。もうちょっと気をつける」
「うん。僕も気をつけるよ。で、不安にさせたときはちゃんと未来だけを見てるんだって証明する」
「……? どうやって?」
「こうする」
「え、ちょっと。他の人が見てーーむぐ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……流石に、人目は避けたほうが良かったかな……?」
「……そんなの、気にしなくていい」
「僕が言うのもなんだけど、やっぱり気にしたほうがいい気がするよ。未来は結構有名な元アイドルなんだし」
「いいの。ボクは安心できる。これなら。だから……気にしなくていい」
「……あはは」
「笑わないでよ」
「ごめんごめん。……それでは仰せの通りに。我が姫君」
「もうっ。そういう仰々しいことだけうまくなっちゃってさ」
「嫌ならやめるよ」
「やめないで。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、そういうのも好きだから。ボクが奏にとって特別な人なんだって実感できる」
「そ……そっか」
「なによ」
「その……そこまで言われたら、僕も恥ずかしいっていうか……」
「あーもうっ! 素直に言えばそーゆーこと言うんだから!」
「ごめんってば。別にやらなくなるわけじゃないから。タイミングは図るかもしれないけど、未来が喜ぶと思ったときはちゃんとやるよ」
「……本当?」
「もちろん」
「ふへへ」
「その笑い方は外でしない方がいいと思うな」
「だってーー」
「ーーゴシップ誌の餌食になりそうな顔だから」
「……うぐ。それは気をつけないと……」
「でもまあ、言うだけなら他の人には聞こえないように、何度でも言うよ」
「ん? どういうことーー」
「愛してるよ、未来」
「ーーッ!」
「僕の一番には、ずっと未来がいる。これまでも、これからもね」
「か、奏……」
「ん……? 嫌ならやめるけど」
「そ、そうじゃなくて」
「……うん?」
「その……」
「うん」
「ボクも、奏を愛してる」
「……! よかった。嬉しいよ」
「奏がずっと一番かはわかんないけど」
「……おい」
「だ、だって……子どもができたら、やっぱりそっちが一番って思っちゃうかもしれないじゃん」
「あ、あー。……あー……」
「ほら。考えてなかったでしょ」
「確かに、そうだね」
「でもいまは一番だよ」
「うん。僕もだ」
「ボクのマネージャーが……ボクの執事が奏でよかった。ボクが好きになったのが奏でよかった」
「僕も、未来でよかった」
「あー。もうダメ」
「え?」
「幸せすぎるし、幸せすぎるからこそ恥ずかしすぎるよ」
「それは……ごめん」
「いいの。謝らないで?」
「うん」
「でも、奏にはお願い事があるんだけど」
「なに? 僕にやれることならなんでもするよ」
「ふふ、ありがと。じゃあお言葉に甘えて……ボクを全力で幸せにして?」
「それなら……いまでもそうしてるつもりだよ。そして、これからだってそうしていくつもりだ」
「うん。その代わり、ボクも全力で奏を幸せにする」
「ははは」
「ちょっと、笑わないでよ」
「いやいや、笑いもするよ。僕がなんでこんなに幸せなのか、ハッキリわかったんだから」
「え」
「未来。君の言うとおりにしよう」
「うん」
「僕は全力で未来を幸せにする。だから未来は、全力で僕を幸せにしてほしい」
「もちろん」
「……敵わないな、未来には。僕なんかが未来を幸せにできるのかな」
「バカ言わないで。奏にしかできないことなんだから」
「そっか。じゃあ頑張らないとね」
「ふふっ、そうだね。ちゃんとボクを幸せにしてくれないと」
「頑張るよ」
「よろしい。で……早速一つ、して欲しいことがあるんだけど?」
「なに?」
「……んっ」
「え」
「……。なによ」
「いいや、して欲しいならするよ。でもね」
「……?」
「ゴシップ誌の餌食になっても知らないからね」
「それはーーんんっ」
「……!」
「……!」
Prhythmatic おまけ
前のバージョンが無くなっていたので、再掲。
「……お前らなあ」
「……はい」
「はい」
「隠す必要も確かにないだろうけどよ、こんな写真撮られるくらいに堂々とすることもねーだろーがよ」
「……はい」
「はい」
「相手が執事長だったから良かったようなもんだが、そうじゃなきゃオレが社長に復帰しなきゃなんねぇ事案じゃねーか」
「すみません」
「申し訳ありません」
「まあでもお前らがちゃんと幸せそうで安心したよ。未来はオレの跡を継ぐのをだいぶためらってたからな。だけどまあ、人目を気にしないくらいにラブラブならなにも文句はねえよ」
「高松さん!」
「高松さん!」
「しっかし、ゴシップ誌にまで祝福されるアイドルはオメーくらいだよ、未来。見ろよこの記事のタイトル。『元アイドルの芸能プロダクション社長、ようやく執事長と結ばれる』だと。やっとか、なんて書かれてんぞ」
「高松さんってば!」
「恥ずかしすぎて死にそうだから、もう勘弁してください」
「いいや、オレが死ぬまでは言い続けるね。あきらめろ」
「あうあう」
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