Ghost Rule
1
夜になっても眠ることのない街で、俺たちはたむろする。
「ねー。聞いた?」
家に居場所がなくて、行くあてもないやつらが自然と集まってできた、友だち以上、親友未満みたいなグループ。
「なにを?」
「先週、向こうの交差点で誰か轢かれたんだって」
来るもの拒まず、去るもの追わず。
話したいやつは話せばいいし、黙ってたいやつに話すことを強要したりもしない。
「うわっ、なにそれー」
「ぐちゃぐちゃになったりしたンかなー。見てみたかったなー」
そんな、ここにしかない独特な空気感が、俺にはとても心地よかった。
家なんかよりもよっぽど。
「ちょっとやめてよね。そんなグロい話」
「ンだよ。なっちーはこーゆー話ダメなの?」
やっと見つけた居場所。
ここにしかない、俺の居場所。
「あんたが無神経すぎるだけでしょ」
「なことねーって。な、みーくん」
急に話をふられて、顔をあげる。
……あんまり話を聞いていなかった。
なんの話だ?
「……悪リ、聞いていなかった」
「ンだよー。みーくん頼むよー。オレ、味方いないじゃんよー」
あからさまにショックを受けた様子で、カツが俺の肩を抱いてくる。
カツ。
俺の……確かいっこくらい上のやつだ。フルネームは知らない。
「あはは。みーくんだってうちらとおんなじだって。そんなグロいの見たいやつなんてカツくらいよ」
「ウッソだぁ。ンなことねーって。サヤだって見てみたいっしょ」
「ないない」
軽くあしらわれたカツに、皆が笑う。
そもそも、この四、五人くらいのグループでフルネームを知ってるやつなんかいなかった。
俺らの中じゃ、フルネームに大した意味なんてない。ニックネームでこと足りるんだから、わざわざ本名を知りたがるやつもいない。自分の名前が嫌いなやつだっている。
俺。
カツ。
なっちー。
サヤ。
そいつらとバカみたいな話をしてれば、それで十分。他にはなにもいらない。
「ねー。カラオケ行こうよ。カラオケ」
「えー、やだよ。俺超下手だって知ってンじゃんか」
そう。ガッコーも、親も、面倒でウザいだけ。
ここは、そーゆー居場所がない俺たちの避難所だった。
「それ聞いて笑いたいのになー」
「ヒッデぇ」
端の方に、一人黙ってうつむいている女の子がいる。
四、五日前からいる新入りだ。
ずっと黙ったままだから、なんて呼べばいいかも知らない。きっと、あと数日もしたらまたふらっといなくなるんだろう。
ただ、ほんの少し落ち着ける場所を探して俺たちのグループにたどり着くやつは、けっこういる。
そういうやつはああやって数日俺たちと一緒にいて、短い感謝の言葉を残して去っていく。
「そんな嫌なら、あたしの美声聞いてるだけでもいいし」
「あークッソ。めっちゃうまくなって、サヤを見返してやりてぇ」
「それならなおさら練習しなくちゃね、カツ」
「……ぐ」
数日だけでも、それがたったの一日だけでも、俺たちはそんな彼らに昔からの友だちみたいに接する。
それが、このグループの暗黙のルールだ。
その子は、けっこう長い髪を明るい色に染めていた。つり目がちの瞳は今はうつろで地面をじっと見つめているが、元気な方が似合ってそうだ。
「ッたよ。行ってやろーじゃんか」
「やった、けってー!」
「なら早く行こー」
「みーくん、行かねーの?」
その女の子のことに気をとられているうちに、いつのまにか皆立ち上がっていて、カラオケに行く流れになっていた。
「あー。えと……」
見れば、女の子は別に立ち上がる気配など見せない。ここに留まるつもりのようだ。
見れば、口元が動いている。なにか言って……口ずさんでいるのか。
『メーデー。僕を裁いてよ――』
その歌……かなにかの言葉は俺の知らないものだったが、俺の関心をひくには十分だった。
なにより、その声音だ。
少し高めなのに、芯の強いしっかりとした声。
ささやいているくらいの声量のはずだが、ガヤガヤとした雑踏の音に遮られることのない存在感がある。
……たまには、知らないやつに合わせてみんのも悪くねーかな。
「やめとくわ。この子も残るみたいだし」
そう言われたことがよっぽど予想外だったのか、女の子はがばっと顔をあげて俺を直視してきた。
その視線には、なにか信じられないものを見ている様子がありありと伝わってくる。
「え。ん、んー? まぁ、みーくんがそーゆーなら」
女の子の様子や、カツの言葉にどこか違和感を覚えるが、彼らは俺に無理強いすることもなく、そのまま向こうに行ってしまう。
「まー。なんだ、その――」
『ルール1、他人がいるところでは、僕をいないものとして振る舞うこと。僕に話しかけたりすることも、当然禁止とする』
「は?」
周りの雑踏に紛れることのない、澄んでいて、かつ力強い声。
だけど、ちょっと言っている意味がわからない。
『ルール2、他人には、いかなる理由があっても僕の話題を持ち出さないこと。これは僕がその場にいる、いないを問わない。僕との会話もまた、他者に話してはならない』
「……。えーと」
『ルール3、僕に触れようとするのも禁止。絶対ダメ』
「いや、だから。なんだそれ?」
『ルールだよ』
「……?」
当然そうな顔でそう告げられても困る。
『僕が、ゴーストでいるためのルール。守れないなら、きみとはこれ以上なにも話せない』
そう言われても、って感じだが、かたくなにそう言う彼女相手には、どうやら受け入れる他ないようだった。
「あー。あー……わかったよ。わかった。そうしよう。他に誰かいるときは話しかけない。話題にもしない。触ったりも、しない。それでOK?」
両手を軽くあげて降参してそう言うと、彼女は安心したように少しだけ笑う。
『みく』
「え?」
『みく。僕の……名前』
「みく、ね。俺は――」
『みーくん、だったっけ? 僕にそっくりな名前なんだね――』
――それが、彼女、みくとの出会いだった。
僕、なんて言う彼女との出会いは、我ながら、笑っちまうくらい遅すぎた出会いだった。
2
「なんか……その、悪かったな。そんなに驚くと思ってなかったし、そこまで人と話すのが嫌だなんて知らなかったんだよ」
みくを口実にカラオケを断ったみたいだよな、なんて思って、俺は彼女の隣に座ってそんな風に謝る。
『ううん。僕に……気づいてないんだとばっかり思ってて、それでビックリした――だけ、だから』
「いや、さすがに気づかねーってこたねーだろ」
『……。それがね、そうでもないんだよ。こうじっとして黙っていると、誰も気づかない。クラスで影の薄い生徒がいるみたいな、そんな感じでさ。存在自体がゴーストになる』
「……ふぅん」
つり目がちの瞳を細めて、みくは首を振りながら微笑する。その顔はやけに悲しそうだ。
そのせいか、なんだか突飛なことを言っているはずなのに、彼女が冗談ではなく本気で言っているのだと納得してしまっていた。
「それで、誰にも気づかれないままでいたかったのか? そのわりにはさみしそうに見えたけど」
『それは――』
「まあでも、理屈とか感情とか、うまく説明できねーことなんて、誰でもあるよな」
『うん。うん……そうだね』
「いつまでいるつもりか知らねーけど、ここにいるときくらいは気楽にしてろよ。あいつらも無理強いとかしないやつだし」
『でも……あの人たちとは、話せそうにないかな』
みくの顔が曇る。
「んなことねーよ。あいつらは――」
『あの人たちがいい人なのは知ってる。問題なのは、僕のほう』
「……そうか」
彼女の暗い表情に、それしか言えなかった。
ゴーストでいたい。
誰からも気づかれないでいたいなんて思う気持ちは、俺にもわからなくはなかった。
ガッコーも家も、わずらわしいことばっか。ほっといてほしいなんて思うのは、よくあることだ。
『きみが話しかけてくるなんて、思ってなかったしね。僕、独りだから』
「違うだろ」
『え?』
「少なくとも、今はな」
驚くみくの隣で、俺は笑う。
「まー俺も大したことできねーけどさ。こにいるときくらいは横にいるし」
余計なお世話はウザいだけだが、それでも独りは、孤独は、苦痛だ。
――みーくん、お母さんの話を……。
――この成績じゃ、進学どころか進級もできんぞ。
――働く? 就職先をちゃんと探してるのか?
――うるさい。
――うるさい。
――うるさいうるさいうるさい!
――テメーらになにがわかる。
俺は。
俺は――。
『――ありがと』
バカみたいな後ろ暗い思考を振り払ってみくを見ると、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
『そんなこと言ってくれたの、みーくんが初めてだよ』
なんだか気恥ずかしくなって、俺は咳払いしてごまかす。
「俺も、カツたちに会ってそんな風に思った。面と向かってありがとうなんて言えねーけどさ。でも……だから、俺にとってのあいつらみたいに、俺もなってみたかったのかもな」
『そっか』
「……」
みくが涙をぬぐう。
やっと、暗い表情が晴れたように見えた。
『……ね』
「ん?」
『聞いて……くれる? 僕の話――』
――そうして、彼女は語った。
嘘つきだった女の子の話を。
たくさんの関係を壊し、たくさんの関係を奪い、卑怯で腐りまくって、最後にはすべてを奪われた女の子の、後悔の話だった。
隣に座る彼女の雰囲気とは似ても似つかなくて、本当に彼女は自分のことを話しているのだろうか、なんて疑ってしまうような話だった。
『今さら後悔したって、もう遅いのにね……』
彼女のそんな言葉は、俺の耳朶を打ってしばらく消えなかった。
3
玄関を開けて靴を放り捨てると、俺はまっすぐに自分の部屋へと向かう。
深夜からずっとみくの話に付き合っていて、帰ってくるともう朝になっていた。
家。
寝る以外の時間は寄り付きたくない場所。
「みーくん。こんな時間に帰ってきて……学校に行かないとダメなんだよ。昨日も学校に来てないって連絡があって、私――」
「うるせぇな! 俺の勝手だろうが!」
怒鳴ると、俺を廊下で引き留めようとした母親はびくりと肩をふるわせてうつむく。
――そーゆー態度が、余計にムカつくんだよ。
「でも、勉強しないと――」
母親の目の前で力任せに扉を閉める。これ以上ない拒絶の態度。
「……」
扉のすぐ外で、なにも言えないまま突っ立っている母親の姿が簡単に想像できた。
あんたがそんなだったから、俺がこんな風になったんだろ。
あんたがそんなじゃなきゃ、親父はきっと蒸発したりしなかった。
きっちり引き留めていれば、ちゃんと仕事を続けていたはずだ。
俺の知りもしない親戚が死ななかったら、借金を背負うこともなかった。
……いや、そもそも親父が連帯保証人になんてならなきゃよかったんだ。会ったこともない遠い親戚の借金なんて、俺には関係ないはずなのに。
こんな家に生まれたくなかった。
自分を取り巻く環境を考えれば考えるほど、そんな風に思えて仕方がない。
こんな家じゃなきゃ、俺はきっとマトモでいられたのにって。
マトモってなんだ。
……マトモって、なんなんだよ。
いい環境に生まれたやつが勝手に決めた、都合のいい幻想じゃねーか。
平等なんて言葉が、すでにそーゆーやつの上から目線の言葉じゃねーか。
ニンゲンなんて、誰も彼もが生まれたときから不平等。
「フツウ」以上の生活をしてるやつらが、自分よりも低レベルの生活を憐れんで「ビョードー」とかいう言葉を吐いてるだけだ。
みんな、それが嘘だって知ってる。
みんな、それが欺瞞で、自己満足で……単なる綺麗事だってわかってる。
ただ、その言葉が心地いいから。
その言葉が一見すると正しいから、誰も否定しないだけで。
……クソ食らえ。
ぐるぐるとどうでもいいことが、頭の中をまわる。
「……クソッ」
服を脱ぎ散らかして着替えてから、ベッドに倒れこむ。
視線の先には、もう触ることもなくなったエレキギターがある。なんの変哲もない、黒のボディに白のピックガードがついた安物のストラスキャスター。
あれを練習していたのは、まだこんな風になってしまう前のことだった。
プロになって、それ一本で食っていこうなんて、バカみたいな夢を真剣に考えていた頃のこと。
うんざりだ。
なにもかも、もうたくさん。
「ねぇ、みーくん。がっこ――きゃあっ!」
手近にあった本を――どうやら教科書だったらしい――扉に投げつけ、余計な声を黙らせる。
――メーデー。僕を裁いてよ……。
ベッドに寝ころがっていると、そう歌っていたみくの声が思い起こされる。
……知らない歌だ。
次会ったときに、なんていう曲なのか聞いてみるか。
――そうやって俺は、数時間だけ眠った。
起きたときには、母親もパートにでも出ていったのか、家には誰もいなかった。
テープルに置かれた食事には手をつけず、そこに書かれたメモに書かれた「ちゃんと勉強して」なんて言葉に、心底うんざりしながら。
ゴーストルール 1~3 ※2次創作
第一~三話
お久しぶりの文吾です。
2次創作第11弾、DECO*27様の「ゴーストルール」をお送り致します。
楽曲公開から一周年を記念して!!
……12月中旬のつもりだったんですが、時間かかって無理やり合わせたんですけどね(汗)
ここのところCDのみの収録曲なんかが多かったので、久しぶりの有名曲ですね。
別に有名な曲だから避けたとかはないんですけれど。
基本ウォークマンで聞いてて、動画サイトなんかで曲を聴くこともないので、好きになった曲がそうだったというだけなんです。
やや設定ありきで考えたストーリーという側面があるので、歌詞に忠実……とは言い難い部分もあります。
「こんなの違うよ!」と思う方もいらっしゃるとは思いますが、なにとぞご容赦下さいませ。
(でも実際のところ、こういう感じの歌詞の場合、忠実にしたらバッドエンド確定、陰鬱まっしぐらな話になると思うんですよ……)
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