暗中わけのわからない悪意に狙われて、あれからずっと嫌な思いを引きずっていた。でも今日に限ってそれはない。登校しクラスへ一歩足を踏み入れれば、衆目が俺を捉え、相変わらずおかしな空気になる。でも俺の視線が先に来ていた亞北と合わさると、そんなことどうでもよくなってしまうからゲンキンなものだ。窓際の亞北はすぐにぷいっと外を向いてしまったが、硝子にうっすら映る彼女の顔がほころんでいるのがわかった。それだけで十分だ。授業中も、あの孤独感はない。理解者がいてくれる。たった一人でも俺を信じてくれる奴がいる。俺の後ろで今、亞北は何をしているのだろうか、今日の張り込みに心の準備をしているのか、それとも普段通りノートをとっているのか、なんとなく、俺のほうを視ているかもしれないと思うのは自意識過剰だろうか。
 同時に、決着をつけてやるという威勢も沸き上がってきた。おそらく、犯人はこのクラスの奴だ。俺と初音先輩のことや、パンツハンターというあだ名自体はこのクラスに限らず知っていることだが、メイコ先生に対する誹謗は、クラスの人間でないとあれほど具体的には書けないだろう。もちろん、犯人は俺への嫌がらせでやってるわけだから、このクラス外の奴が俺のクラスの担任の名前を上げた“演出”の線もなくはない。でもそこまで犯人が巧妙にも思えなかった。掲示板の書き込みからして、どちらかというと感情的なタイプで、単独犯のように感じる。あとは動機だ。なぜ俺にこんな嫌がらせをするのか。俺が憎いのか。もし俺が初音先輩とつき合うことになったとすれば恨みを買うのもわからなくない。だが、こっちは振られているのだ。その場のノリで悪戯したというなら、俺の鞄にパンツを突っ込むだけで済む。わざわざ掲示板に書き込む必要があるだろうか。・・・いくら考えてもしかたがない。本人に問えばいいことだ。・・・そして、ついに犯行予告の時間はやってきた。

 俺と亞北は人目を忍んで女子更衣室のプレハブへ向かった。プレハブの周りに人はいない。遠くでホイッスルと共に水を打つ音が聞こえる。初音先輩はプールに出たのだろうか、それとも見学しただろうか。亞北はずんずんと更衣室の前まで行きドアノブに手をかける。亞北の後ろについて逡巡した俺が思わず
 「大丈夫か?」
 と訊いていた。俺がしっかりしないといけないのに、頼りないことを言ってしまったとわずかに後悔する。でも亞北は親指を上へ突き出し、にっと歯を見せて笑う。
 「ありがとう、亞北、俺、おまえがいなかったら・・・」
 「ストップ。それは犯人を捕まえてからだよ」
 亞北はドア越しで透視でもするかのように更衣室を見つめ呟いてから、躊躇いなくドアを開けた。同時に暗い室内へサッとケータイを構える。
 「誰もいない」
 亞北は注意深く室内を見回し、抜き足差し足奥へ進むと、やがて初音先輩の棚を見つけた。

 「・・・!」

 亞北の様子がおかしい。
 「どうした、亞北、何かあったのか?」
 「大変、早く来て!」
 俺は躊躇いながらも更衣室へ入る。
 「見て・・・」
 亞北の指差す先に近づく、初音先輩の制服が置かれた場所。
 まさか・・・。高鳴る鼓動が頭の中を駆けめぐった。
 ゆっくりと手を伸ばしたその瞬間。

 “カシャ”

 後ろから音がした。
 振り返ると物陰に身を隠した亞北。
 俺は不安になって声をかける。

 「どうした?」

 「ちょっと待って、今の画像サーバに送信してるから」

 言っている意味が理解できない。わかるのは、さっきまでの亞北と何かが違っているということ。

 「こっからのシナリオはねェ、鏡音くんがここから逃げ出すってことになってるの、だから早く逃げて」
 「亞北?」
 「ほら早く出てくの! でなきゃ叫ぶよ」
 「何言ってんだよ!」
 「ここが何処だかわかってんの? 今、私は犯人の証拠写真を撮影したんだから、この上さらに他の目撃者が現れたりしてみなよ、鏡音くん、一巻の終わりだよ?」
 「亞北・・・」

 何だ? 亞北は何を言ってる? 今何が起きている!? これは現実なのか?
 わからない! わからない! わからない! わからない! わからない!

 「早く! 出てって! この変態!」

 捲し立てられ、その鋭い言葉に操られるように、俺は更衣室から逃げ出した。
 狼狽えて、涙すら流しながら、走り去る俺の姿を、亞北は一部始終撮影していた。

つづく

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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【レンネル小説】少年は嘲笑(わら)われる。#05

レンネル小説の続きです。

閲覧数:707

投稿日:2010/11/24 22:56:54

文字数:1,839文字

カテゴリ:小説

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