UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その27「実技試験その3~実演~」
厳かにモモさんの声が広がった。
「10分経過しました」
ストップウォッチから目を上げて、モモさんは変わらず微笑んでいた。
「15秒後に音楽を流します。紫苑さんは準備してください」
「はい!」
覚悟は決まった。
自分で決めた自分のスタート位置に足を置く。
深呼吸をして、周囲をもう一度確認した。
右45度前方1メートルにマコさん、左45度前方1メートルにルナさんが立っている。
ルナさんは一度振り向いてわたしにウィンクした。さすがにモモさんとマコさんに見咎められて、ルナさんは済まなさそうに頭を下げた。
マコさんは後ろから見ると、キリッと真剣な顔をしていた。
「5秒前です」
モモさんのひと言で、心臓の音が途端に大きくなった。自分の心臓の音が聞こえるほど緊張している。それはマイナスではない。
「緊張と上がるのは違うと思う。緊張は味方に付けるとプラスに作用するから」
ネルちゃんの声が聞こえた気がした。
〔ありがとう、ネルちゃん。全力が出せそう〕
音楽が、イントロが鳴り出した。
わたしは右膝でリズムをとった。
ボリュームが上がったところで、練習してきた踊りを始めた。
歌が始まると同時に後ろに飛び退いた。
斜め後ろに下がってくるマコさんを避けることができた。
続いて、右に一メートル跳ぶ。
ルナさんがバク転で下がってきた。その着地点はわたしがほんの少し前まで立っていたところだ。
よし。触ってないし、触られてない。
サビになるまで、練習したダンスを披露した。
「ほう」
ウタさんが表情を変えずに声を洩らしたが、わたしには聞こえなかった。
最初のサビになる直前に、少し右足を引いた。
今、左後ろ45度1メートル半先に、マコさんがいて、同じ間隔にルナさんがいる。
マコさんの身体がスイングを始めた。それはサビに入った瞬間、大きな反復運動に変わった。
わたしはタイミングを計って、その反復運動を横切った。
息を吐く間もなく、その目の前でルナさんはトンボ返りをしていた。ちょっとでも前に出ていたら、間違いなく接触していた。
着地の瞬間、ルナさんは少し屈んで、斜め上に飛び上がった。
〔今!〕
そのまま直進できた。
ポジションを確保したわたしはダンスを続けた。
今のわたしはダンスのセンターにいるルナさんの左後ろで踊っている。マコさんはルナさんの右後ろにいる。
次が最大の難関、間奏だ。
サビが終わって間奏が始まると、ルナさん、マコさんの踊りが、アドリブのようにばらばらになる。
マコさんは左右に大きく動いて、もしかすると分身の術が使えるくらいの素早いポージングで、一人を三人に錯覚させようとしてるみたいだった。
対するルナさんの動きはジャンプを生かした大きく見える踊りで、わたしより高い身長とはいえ、踏み潰すように足が上から襲ってきた。
身体をひねって一回転した。ギリギリでルナさんをかわしたのも束の間、マコさんが迫ってきた。
後ろにジャンプして、マコさんもなんとかかわしたけど、間奏が終わって、曲はCメロに切り替わった。
踊りを続けるには壁が近くて、動きが制限されるポジションに立っていた。
予定していたのは左45度前方、二メートルのポジション。
強引に移動したところは、マコさんの動線の上だった。
〔しまった。移動するのは転調してからだった〕
マコさんの伸ばした右手が目の前を通過した。
続いて回転するマコさんの身体に合わせて、その左手が襲いかかってきた。
これを避けたら自分の踊りはできなくなる。壁際に追いやられて、立ち尽くしてしまう。
だから。
上手くいくとは思ってない。
成功の可能性は低い。
5秒、いや、3秒、2秒でいいから、マコさんの踊りに合わせて動く。マコさんの真似をする。
決めた。この瞬間だけ、マコさんに付いていく。
思い切り、飛んだ。
回転しながら、マコさんが追いかけてくる。右は壁で、左はルナさんがジャンプしている。
もう一度、思い切り跳ぶ。しかし、足に力が入らなかった。
ぐんとマコさんが迫ってきた。正に目と鼻の先だった。
態勢を低くして、もう一度、ジャンプした。
危ない。マコさんの手が触れるところだった。
このとき、ルナさんが少し離れた。
横に一メートル飛んで、なんとかマコさんをやり過ごすことができた。
ルナさんも徐々に離れていった。
目標のポジションを遮るものはない。
ちょっと遅れたけど、ポジションを確保できる。
というのは思い込みだった。
移動のタイミングがずれているので、二人の踊りを確認しないといけなかった。
上からルナさんが降ってきた。
左に避けたらルナさんにぶつかる。右に避けたら、独楽のように回るマコさんが待っていた。
後ろに下がっていては、自分の踊りはできない。
地を這うくらいの低さでくぐり抜けた。
触ってはいない、と思う。
できた。と、思うのは、まだ早かった。
右足の踵が、何かに触れた。
振り向いて、それは、マコさんの足だと分かった。
とうとうやってしまった。
気分が、モチベーションが、下降気味になってきた。
〔ネルちゃん、ごめん。わたし、ここまでだったみたい〕
全力でいく、って言ってたのにね。
ユアさん、エリーさん、偉そうなこと、言ってたけど、ごめんなさい。
〔最後まで足掻いて、見せましょう!〕
エリーさんの声が聞こえた気がした。
〔そうだ。二人には伝えないといけないことがあったんだ〕
マコさんに触れた足が重い。
その足を引き摺るように、ポジションに立った。
転調した後のサビも後半で、もうじきアウトロが始まる。
ここなら曲が終わるまで二人に触れることはない。
気を取り直して、最後まで、踊り切った。
曲が終わった。
わたしは、二人の間、センターに立って、ポーズを決めていた。
他にも方法はあったかもしれないけど、わたしがセンターの位置で、曲の最後を迎えるには二人に合わせて動き回るしかないと思った。
その結果だった。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想