注意:実体化VOCALOIDが出てきます。
オリジナルのマスターが出張っています。
カイメイ風味です。
苦手な方はご注意くださいませ。
僕のマスターの元には、僕を含めて六人のVOCALOIDがいる。鏡音リンちゃんと鏡音レンくん。それから、初音ミクちゃんに、巡音ルカちゃん。
そして、メイコさん。
みんなみんな、僕の、そして僕のマスターの、大切な「家族」だ。
いつものコートにマフラーを合わせて部屋を出ると、艶やかな桃色が目に飛び込んできた。そこに立っていた相手の長い髪の色だ。緩く腕を組んで壁にもたれている。鋭さをたたえた青の瞳が僕を映して少し緩み、その口から滑らかに言葉が発せられた。
「Good Morning,KAITO」
「え、っと、ぐ、ぐっどもぉにんぐ? ルカちゃん」
何とか返事をすると、桃色の髪の持ち主でもある巡音ルカちゃんが、唇の両端を上げて音もなく笑った。
「カタカナ英語ですらないな」
「あんまり僕にその辺りを期待しないで…」
ぐったりしてしまう。英語ライブラリを搭載しているルカちゃんに英語の発音で敵うはずがないじゃないか…。僕は旧型なんだし…。
でも、ルカちゃんは、笑みを含んだ声で続けるだけ。
「いや、カイトらしくて良いんじゃないか?」
「僕らしい、って」
「上手ければ良いというものでもないだろう。それもカイトの『個性』だ」
「…そういう、もの?」
ついついそう聞き返せば、当たり前だ、と鮮やかな断定が返って来た。
「万能な存在がありえると思っているのか?」
「…いや、そこまでは、思わないけど」
「それに、カイトには出来ないことがあるからこそ、カイトはひとりにならない」
ルカちゃんの言葉にまばたく。そういう解釈は僕らのマスターの得意技だ。どうやらルカちゃんにもうつったらしい。…いや、この場合。
「ルカちゃん、もしかして…」
僕が問いかけようとして、やっと気付いたのか、ルカちゃんが自分の口を押さえた。露骨に「しまった」と書いてある顔が珍しくてまじまじと見てしまう。
ごほんっ、とわざとらしく咳払いをしてから、ルカちゃんが流れを戻すように口にする。ちょっぴりその頬が赤い。
「あー、と、…つまりだな。カイトはそのままで良いと思う」
気付いてあげられてなかったな、と思うのと同時に、それで良いのかもな、とも思う。ああ、そうだ。出来ないことがあって良いって、僕は知ってたはずじゃないか…。
「リンもレンも、ミクも、私も、メイコも。マスターだってそうだ。完璧じゃないからカイトを好きなんだ」
まだ少し赤らんだ顔のままのルカちゃんが、壁から離れて、軽く肩を叩いてくる。ほどかれた黒い重荷にひびが入る。
否定され続けた頃。失敗作と呼ばれ、誰にも求められず、どうして創られたのか悩み続けたあの時間は、今でもまだのしかかって、僕を不安にさせるけれど。
「KAITO,Happy Birthday」
異国の言葉でも、伝わってくるものは変わらなくて。
「うん、…さんきゅう」
相変わらずカタカナにすらならない英語で返答すると、ルカちゃんはふわりと笑った。
「メイコだけではないということだ。忘れるな」
先導するように、ルカちゃんが綺麗に身を翻す。そろそろ良いか、という呟きが聞こえて、僕は首を傾げながらもルカちゃんの後をついていった。
僕にとって唯一、上の兄弟である、メイコさん。
僕にとっては姉というよりも「特別な女性」であることは、本人に対しても、周囲に対しても、隠すつもりなんてない。
だからこそ、レンくんも、ルカちゃんも、釘を刺してきたんだろう。
…僕の思いを否定するわけじゃなくて、その上に更に重ねてくれる。その気遣いが嬉しい。
居間に入ると、リンちゃんとレンくんがテーブルの前で並んで立っていた。テーブルの上に置かれたものを見て、僕は言葉を失う。
「ルカ姉足止めおつかれさまっ!」
弾むリンちゃんの声。隣に立っているレンくんがリンちゃんの頭を軽く小突いた。ルカちゃんがまったく、と小さく呟く。
「リン。あまりそういうことは言うものじゃない」
「ふえええだってー」
「だってじゃない。カイト、大丈夫か?」
呆然としている僕にルカちゃんが声をかけてくる。思考が止まっていたことは否定出来ない。だって、これ、だって。
「…アイスケーキ…?」
しかも六段。そりゃひとつずつは三センチもない厚みだけど、ここまで重ねるなんて。
「あっ、お兄ちゃん、もう降りてきちゃったんですか?」
声が聞こえてそちらへ向く。台所から出てきたのは、緑の髪をふたつに分けて結んでいる、初音ミクちゃん。いつもの衣装姿の上にエプロンをつけている。
「…ミクちゃん、これ…」
「えへへへへー、びっくりしました?」
得意げな笑顔が可愛らしい。
「そりゃ、驚くよ…」
「お兄ちゃんの誕生日ということでっ、奮発してアイスケーキ作ってみました!」
「ってええ?! 手作り?!」
「です! アイスから全部手作りです!」
嬉しそうに握り拳など作って力説してくる。うわあ、アイス作れるのは知ってたけど、…この量を全部、アイス自体から、手作りしたわけ?
「ルカにだいぶ手伝ってもらいましたけどね。盛り付けはリンとレンも協力してくれました!」
「だって量が半端ねぇんだもんなー」
「ミク姉張り切りすぎー」
「だってだって、レン、リン。私たちのお兄ちゃんの誕生日なんですよ?」
ミクちゃんの言葉に、ひびの入った黒い重荷が砕けた。…たまらない。この気持ちをどう表現すれば良いんだろう。嬉しくて、幸せで、それなのに悲しくて切なくて苦しい。だってこれは永遠ジャナイ。イツカ、失ワレテ、ナクナッテ、消エテ、…僕ハマタ「不要」ニナル。
こんなに素敵な弟妹たちに恵まれているのに、こんなにたくさん祝ってもらっているのに、それなのに、僕は、恐怖を捨て去れない。
せめぎあう思いがひりつく。堰が切れるのが分かった。
「お兄ちゃんっ、お誕生日おめでとうですっ! …ってお兄ちゃん?!」
覆い隠すことも出来なかった僕の涙を見つけたんだろう。ミクちゃんが裏返った声で呼んでくる。
「カイ兄?」
「カイ兄…」
問いかけてくるリンちゃん、困った顔になるレンくん。僕自身もどうしようもない感情の中に居て身動きが取れない。
そんな中ですっとレースのハンカチが差し出された。苦笑を満面にたたえたルカちゃんのものだ。
「使え」
綺麗なハンカチで、手を伸ばすのを躊躇う。かすんだ視界をルカちゃんに向けると、頬にハンカチが押し当てられた。
「遠慮するな。洗えば綺麗になる」
「あ、あり、がと…」
ハンカチを受け取って、頬を伝う雫を拭う。…ああ、涙が流せる身体で良かった。そうでないと壊れてしまいそうだ。こんなにあふれかえる思い。
「カイ兄、何泣いてるのー?」
覗き込んでくるリンちゃんに、今の精一杯の笑顔を作る。
「び、びっくり、して、ね。…こんなに、盛大に、してもらえると、思って、なかったし」
こんなにも大切にされてなお、…不安を消し去れない自分が、悔しいし。
後半部分は言葉にせずにおく。流石にこれ以上情けないとこは見せたくない。
「ちょっとやりすぎました…?」
「ううん、ミクちゃん、…ありがとう」
不安そうなミクちゃんにお礼の言葉を告げてから、他の面々にも目線を向ける。
「レンくんも、リンちゃんも、ルカちゃんも、…ありがとう、ね」
良かった。やっと、心から言えた。レンくんは呆れたように、リンちゃんは嬉しそうに、笑ってる。ルカちゃんの苦笑も柔らかいものに変わって。ミクちゃんも幸せそうだ。
「どういたしましてっ」
「その言葉が何よりだ」
「じゃ、とける前に何とかしちゃおーよ」
リンちゃんの言葉に、レンくんが大きく頷く。
「じゃ、俺、マスター呼んでくるな」
「あたしメイ姉呼んでくるねっ」
この場に居ないふたりを呼びに、レンくんとリンちゃんが駆け出していく。…うん。あのふたりが来る前に、何とか涙、止めておかなきゃな。
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