FLASHBACK5 L-mix side:β

「リン! 外!」
「なぁに? あたし、眠いよ……」
「いいからいいから。外、すっげー明るいんだぜ!」
 そう言って、まぶたを擦りながらぐずるリンを、レンは引っ張っていく。
「ほら、こっちこっち!」
「そこは危ないから、ママがダメって……」
「バレやしないって。ほら、早く来いよ!」
 そう言って、怖がる様子も見せずにレンは作り付けのハシゴを登る。だがリンは、そんな弟を見てもまだためらっているようだった。抱えていた人形を、ギュッと強く抱きしめている。
「こんな高いの、登れないよぉ……」
「なんだよ、こんなのラクショーじゃんか」
 そう返しながら、先程登った時と同じように、トントントン、となんでもない事のようにハシゴを降りる。
「無理ぃー……」
「しょーがないなぁー。ほら」
 そう言って、当たり前のようにレンは手を差し出した。
「一緒に登ろうぜ。倒れそうになったら支えてやるからさ!」
「うー……」
 リンはそれでも悩んだが、結局レンの熱意に根負けした。人形をハシゴの下に置き、代わりにレンの手を握る。途端、彼はリンの手をギュッと握り締めると、早速ハシゴを登り始めた。
「ちょっ……ゆ、ゆっくり……」
「分かってるって!」
「早いよぉー……」
 互いの手を握ったままでハシゴを登るのは、一人で登るよりも危うかった。二人並ぶとハシゴはかなり狭かったし、片手が互いの手で塞がっていたからだ。しかし、リンはレンの手を決して離そうとはせずに一段一段ハシゴを登って行く。
「リン。ほら、もう少しだ」
「う、うん……」
 返事をするリンの声は震えている。足を滑らせたり踏み外したりしないように足元をじっと見つめたまま、すぐ横に居るレンの顔を見る余裕も無かった。
「ほら、着いたぜ!」
 一番上まで登ってくるなり、レンはハシゴの上に据え付けられている四角い扉を開けた。
「うわぁっ!」
 その光景に、リンが歓声を上げる。
 その扉の向こうには、暗闇が広がっていた。ただ、その真ん中にはその暗闇を切り裂くまばゆい光が瞬いていた。
 扉を額縁にして、真っ黒なキャンバスに描かれた大きくて明るい満月が佇んでいたのだ。
「ほらな? すっげーだろ?」
 自慢げなレンの顔を見て、ぐずっていたリンも思わず満面の笑みを浮かべる。
 それがいけなかった。足元がおろそかになってしまったリンは、片足をハシゴから滑らせてしまう。
「きゃっ!」
「リン!」
 レンがとっさに握った手を引き寄せ、さらに抱き寄せる。
「あぶねーなぁ」
「ご、ごめん……」
 抱き締められたまま、リンは身を縮こまらせる。
「大丈夫か?」
「う、うん」
 抱き締められているという事を意識してしまって、リンの顔が真っ赤に染まる。が、当のレンはそんな事は気にもしていないようだった。
「じゃ、外に出ようぜ」
「え……」
 リンの返事を待たず、レンは抱き締めていた手をさっと離して、開けた扉の外へと出ていってしまう。それだけで、リンは足がすくんで動けなくなってしまった。
「レン……」
「ほら、こっち来いって」
 レンはすぐに振り向いて、扉の外から手を伸ばしてくる。リンは恐る恐るその手を取った。
「よっ……と!」
 今度は、リンを気遣ってかゆっくりと引っ張り上げた。
 ハシゴを登った先は、ほんの少しだけ角度の付いた屋根の上だった。そこでレンとリンは二人並んで座り込み、ただ黙って空を見上げた。
 夜空が、明るかった。
 真っ黒な夜空に、満月が浮かんでいる。二人には、それがどうにもいつもより大きくなっているように感じられた。あまりにも明るくて、普段見えている筈の周囲の星が、ほとんど見当たらなかった。眼下には、周囲の建物が見える。それらもちらちらと部屋の明かりが漏れ出ていたが、二人はそんなものには目もくれず、一心に空を見上げ続けた。
「ふわぁー。すごーい」
「だから言ったじゃん、すっげーんだって!」
 そう言って、二人は顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出した。


「……」
 眼前には、薄暗い四角い部屋の天井があった。部屋の電気はついていないが、窓から月明かりが入り込んできていた。
 何度かまばたきをして、ようやくレンはさっきの出来事が夢だったのだと理解する。
(……懐かしいな。まだ、小学校の頃じゃなかったっけ)
 その後の事を、少しだけ思い出す。結局、ハシゴの下に置いたリンの人形のせいで母親に見つかって、こっぴどく怒られたのだ。しかし、あの時はなぜかリンがかばってくれた。自分が連れて行ってとせがんだからレンは悪くない、と。そんな嘘もすぐにばれて、と言うかそれで叱責の勢いが収まる訳もなく、二人共怒られてしまったのだが。
(あの頃は、まだこんな風じゃ無かったな……)
 まだ入院もしていなくて、こんな風に引っ込み思案でも無かった。
「あ、レン君起こしちゃった? ごめんね」
 そんな風に声を掛けられて、レンは顔を上げる。月明かりだけの暗い部屋の中には誰もいないと思っていたのだが、そこには見慣れた看護師の姿があった。別にその人のせいで目が覚めたわけではなかったので、彼は首を振るだけの曖昧な返事をする。
 見ると、その看護師は毛布を抱えていた。
 どうして毛布を抱えているのか疑問に思っていると、その人はレンの足元あたりに毛布を掛けようとする。
 そこでようやく彼は気付いた。そこには彼の義理の姉、リンが椅子に座ってベッドにもたれたまま眠り込んでいたのだ。どうにもやる事が無くなってしまったため、夕方頃にはレンは寝てしまっていた。その後に彼女はやって来て、こうして眠り込んでしまったのだろう。
 リンはお気に入りの黒のワンピースを着ていた。それは肩がむき出しになっていて、見るからに寒そうだった。いくら病室内は暖房がきいているとはいえ、そんな格好で眠り込んでしまっている彼女を見兼ねて、毛布を持ってきてくれたのだろう。
 レンの入院中、リンはほとんど毎日やって来るので、看護師も彼女の事はよく知っている。もう今は夜の十時を過ぎてしまっていたから、リンを無理に起こさないようにと気を遣ってくれたのだろう。
(そういえば、リンはいつからこんな風になったんだろう)
 夢に出て来た幼い頃のリンは、引っ込み思案で臆病で、いつもレンの背中にくっついて離れなかったというのに。いつの間にか、彼女は快活で誰とでも仲良く出来るような性格になっていた。レンにしてみれば、それは本当にいつの間にか、としか言いようのない変化だった。そしてそれは、どこか自分を置いてけぼりにされてしまったような寂しさを抱かせた。
 看護師が、そんなリンに毛布を掛けると、ふふ、と笑う。
「レン君は、お姉ちゃんに愛されてるわねぇ」
「え? いや、それは……」
 看護師の予想だにしない台詞に、レンは狼狽する。
「何言ってるのよ。大学生になってもわざわざ毎日来てくれる姉なんてそうそう居ないわよ? レン君はお姉ちゃんにもっと感謝しなさいって」
 リンを起こさないように、囁くようにそう言うと、看護師はレンが返事をする前に病室を出て行ってしまった。
(愛されてる、なんて……)
 もちろん、先程の看護師は家族愛としての愛情を語ったのだろう。レンにもそれは想像がついたが、愛などと言われると、どうしても恋人同士の愛情の方を連想してしまう。
 顔を赤らめながら、レンは自らの足元で眠りこけている義理の姉の顔を眺める。
 ひいき目無しに綺麗だと、そうレンは思った。普段であれば、綺麗よりも可愛い、という単語の方が勝ったかもしれない。快活で、コロコロと変わる表情。意思の強さを感じるつり目がちのぱっちりとした瞳。活動的な姿に良く似合っているショートカット。
 だが、彼女が眠っている今、月明かりに照らされたその顔は、こうやって見てみると陶磁器のような、ガラス細工のような、触れてはならない物のような美しさが感じられた。
(そんな風に見ちゃ、いけないのに……)
 いくら可愛くて綺麗だとはいえ、相手は義理の姉なのだ。そんな風に考えてはいけないに決まっている。リンも、レンの事はただの弟としか見ていない筈だというのに。
 必死に彼は自らに言い聞かせる。
 毎日顔を合わせる義理の姉。思い返してみれば、彼女は何かと思わせぶりな台詞が多かったような気がする。
 曰く「あの俳優よりレンの方が男前じゃない?」
 曰く「告白してくる男にレン程の甲斐性があったらなぁー」
 曰く「レンと居る時が一番落ち着くー」
 レンは冗談じゃない、と思う。その気が無いのにそうやって思わせぶりな態度を取られたら、本人にその気はなくても、いくら姉弟とはいえ異性として意識してしまうではないか、と。
 リンの事を変に意識してしまったせいで目が覚めてしまったレンは、部屋を出る事にした。このままリンの寝顔が見える場所に居たままでは、この変な気分を抑えられなくなってしまう気がしたからだ。
 リンを起こさないようにゆっくりと足を引き抜くと、レンはベッド脇に足を下ろす。
 スリッパを履くと、ひんやりとした冷たさを感じる。
 ゆっくりと、音を立てないように部屋を出る。扉を閉めて、雑念を振り払うようにレンは頭を振った。
 廊下も消灯されていたので、非常灯の明かりしかない。それは、月明かりの幻想さとはかけ離れた無機質な光だった。
「はぁ……」
 自分の顔がまだ赤くなっている事が分かる。廊下が暗くて良かったとホッとしたくらいに火照っていた。
 取りあえずは外に行って涼もうか、と考えていると、向かいの扉が開いてツインテールの少女が出てきた。
「あ……こ、こんばんは」
 こんなタイミングで会うと思っていなかったレンは、どぎまぎしながらぎこち無く挨拶をする。対するミクはと言うと、やはり喉元の包帯のせいか、声を出すこと無くちょこんとお辞儀をして返事代わりにした。
「あの……な、なんか、目が冴えちゃってさ。どこかで涼もうかな、なんて思ったんだよね」
 レンはまるで言い訳でもするように慌てて告げる。そんなレンを見て、ミクはふわりと微笑むと、そっと手を差し出した。
「え……。一緒に、来てくれるの?」
 ミクの意外な反応に、レンは気恥ずかしささえ一瞬忘れて、ぽかんと聞き返した。当のミクは「ダメだった?」と言うように小首を傾げてみせる。
「そ、そんなことないよ! 来てくれたら、嬉しい、よ」
 レンは慌てて首を横に振る。と、ミクは「それなら良かった」と言うように微笑んで、改めて手を差し出してきた。彼女の微笑む可憐な姿に、レンはまた顔が赤くなるのを自覚した。
「あ、あの。それじゃあ」
 そう言って、レンはおずおずと彼女の手をとった。


 結局、屋上の扉と正面玄関が閉まっていたので、二人は外に出ることを諦めた。
 ナースステーションから少し離れた所の待合スペース。そこにあるソファに二人並んで座り、窓の向こうの月を眺める。
 義理の姉の事で思い悩んでいた時の落ち着かなさからは解放されたものの、レンの心はまた違う緊張に支配されていた。あれ程考えていた少女が、今は隣に座って彼の手を握っているのだ。そんな状態で平気でいられる程、彼は大人では無かった。少女を見る事すら出来ないまま、呆然と月を眺め続ける。
(……こんなだったっけ)
 レンはどこか釈然としないものを感じながら、窓の向こうを見上げる。
 こうやってちゃんと月を眺めるのは久し振りだった。ついさっきの夢の記憶の方が、よっぽど鮮明な位である。だが、その夢と比べるとこの月は何か――レンにははっきりと言葉にする事は出来なかったが――足りないような気がした。
 月の光が変わってしまった、などという事は無い筈たったのだが、朧月という訳でもないのに、今日の月には何か鮮明さが足りないような気がする。
(リンのせいだ。そして……この人のせいだ)
 レンはそう思う事にした。彼女達に思い悩んでいるせいで、他の事に集中出来ないのだ。だから、この月も物足りなく感じる。そういう事なのだろう。
 リンとミク。
 その二人の少女のどちらかを選ばなければならない、という発想は、少年には無かった。リンと離ればなれになるなどレンには考えられなかったが、それとは別にミクとも仲良くなれるものだと思っていたのだ。
 その態度が、何を引き起こす事になるのか理解もしないまま。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ReAct  6  ※2次創作

第六話

前半部分は、ちっちゃいリンレンにほんわかしながら書いてました。
第五話でだいぶブルーになった反動もあったせいで余計に(笑)

「ACUTE」の時は、原曲の歌詞をなるべく忠実に引用して書いていました。「悪魔の声は~」と「仮面の裏を~」だけ取り入れられていないのが個人的には反省点なのですが。

それはともかく、今回はいろいろと難しくて引用するのは少しだけになっています。イメージとしては取り入れているつもりですけれどね。
歌詞に合わせて「ACUTE」の時よりも一人称に近い三人称で書いているのですが、PVでレンが歌っている時にリンの心境が出ていたり、サビで「ぼくらの願いも~」とどうもレン視点っぽい歌詞になっていたりする箇所を二次創作にあたってどうすべきか、と悩んだ結果が現状です。
……よく考えたら歌詞と若干違うよね、と言うところもなくはないのですが。

閲覧数:157

投稿日:2013/12/29 21:17:57

文字数:5,113文字

カテゴリ:小説

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