この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。
*
――ノイズに混じって、人の声が聞こえる。
助けて、と。
助けて、そういっているように聞こえる。
それは連絡機能を通して聞こえていた。
今、連絡機能は使っていないし、耳から入ってきている声ではない。
と、するとVOCALOIDか、会社からの連絡になる。
だけど、会社は連絡してくるはずもなく、だとすると、
―――VOCALOIDか。
ノイズが激しくなる。やがてノイズにまぎれて声はまったく聞こえなくなり、
やがてノイズもプツン、と音を立てて聞こえなくなった。
どうやら連絡機能をあっちが切ってしまったようだ。
―――どうすればいいのだろう。
視界は暗闇に閉ざされたままで、何も見えない。
聞こえるのは風が木の葉を揺らす音だけだ。連絡機能はあまり使わないほうがいい。
ふと、その中に異音を感じた。
何かが爆発するような音。
それに続いて焦げたようなにおいがする。
その次に、誰かの足音が聞こえる。
「…二人、いや、三人…」
足音のする方向を向いてみる。何も見えないが、何か気配がある。
「…二人はVOCALOID?」
気配のうち二人は異質なものだ。あとの一人は、人間のようだ。
カイトは耳をすました。
―――どうか、何が起きているのかわかりますように。
*
『ユルサナイ…』
初音ミクは錬成させた大きな銃をルカ達に向けた。
まるでバネが力をためるかのように青い雷が銃口に溜まっていく。
ルカとクオは逃げられない。後ろにあるのは壁だった。
先ほどの一撃はよけたものの、
いつのまにか廃墟の中に入ってしまったらしい。
廃墟はおそらく初音ミクの住処だろう。それならかなう筈もない。
「初音ミク…やめろ、お前はVOCALOIDだろう?」
「だめです、クオさん…彼女に声はもう届かない」
『ユルサナイ』
そして、銃口の青い雷はこれ以上貯められないとばかりに膨れ上がった。
「…っ、」
ここまでか。
クオはミクの前に、ルカをかばう形で立った。
「撃てよ、撃てるもんなら」
「クオさんっ!?」
「ルカお前は逃げろ。エネルギーをこれだけ貯めるんなら、次の発射までには時間がかかる筈だから、その隙に」
「そんな事できません…」
「いいから早く!」
言い放つと同時に銃弾が放たれた。
思わず目を閉じたクオの体を誰かが押した。
「っ!?」
次の瞬間、クオの頭上を銃弾が通り過ぎる。
銃弾は廃墟の壁に穴を開け、煙を起こした。
「っ、カイト!?」
クオをかばうように上にのっていたのはカイトだった。
「大丈夫ですか?…ます、たー」
「ああ…っ、カイト」
「俺は大丈夫ですから」
そういって、笑うカイトの片腕は消えていた。
普段見るはずのない人ならざるコードが露出している。
「ま、すたー」
「…っ、どうしたんだ?」
「初音、ミクはどっちですか?」
「…え?」
「おれ、目がみえないんです。だから、教えて」
そう言うカイトの瞳は灰色だった。
いつもの、深い海のような蒼は消えていた。
二人の後ろに立つ初音ミクがコオオオオと音を立てて周りに砂埃を立てる。
銃は二つに分かれ、ふたたびエネルギーをチャージしているようだ。
「ミク、をどうにか、してとめな、いと」
ふらふらとカイトが立ち上がる。
「無理だ、もう声すら届かない…。破壊するしか、ない」
「それは駄目だよ。…ミクはそんなこと、のぞんでいないから」
そういうと、カイトは見えていないはずなのにミクのほうを見やる。
音は、泣いているように聞こえる。
「みく」
『…セ、ンパ、イ?』
ふと、ミクの動きが止まった。
エネルギーを溜めていた銃の先から音が消える。
「おれの、こえ、きこえる?」
『カ、イ…ト』
「そう。おれはカイト。みく、きみはうたえる?」
『ウ、タ?』
ミクの手が変化していた銃が再び雷をまとって手にもどった。
「そうだよ…みく、君はVOCALOID…うたをうたう、ろぼっとだろう?」
『…ボーカ、ロイド』
「うん。いまから、でーたをおくるから、それを、うたってごらん。」
カイトはそう言うと、笑った。
やがて、ミクが口を開いた。
『…ウ、タ』
「でーた、はとどいたかな?」
ミクは頷く。カイトには見えていないのに。
そして、それを示すかのようにミクは詠い始めた。
それは有名な恋の歌だった。
先ほどの臨戦態勢がうそのように、ミクは謡う。
楽しそうに、うれしそうに。
続いて、カイトがクオに、ミクに気付かれないようにルカを呼ぶように頼む。
そして、ルカはカイトの元にやってくる。
「私に、何か…?」
「…君が、ルカ?ルカ、かのじょがうたっている、あいだに、
でーたを…みくから」
「…無理よ、私には、どのデータを入れられるのか聞いてない。
ミクに誤って入れられたデータが何か聞いてないの」
「…そっか…」
カイトはふらふらとミクに近づいていった。
目は見えないのだから、恐らく歌声の放たれている場所へ向かっているのだろう。
「みく、そのまま、うたって。きみから…るかの、プログラムをきりはなす…。
うたを、うたってはんのうしてない、プログラムが、そうだから」
VOCALOIDが歌を歌っている場合、すべてのプログラムが何かしら動いている。
が、バグや本来はいってないプログラムは応答しない。そのはずだ。初音ミクも。
「みく、手を」
カイトは手を伸ばした。その手は何故か小さく震えている。
ミクはうたいながら、カイトの手と自らの手を繋いだ。
ポゥと光が生まれた。淡い、ピンク色の光。
ミクは歌を紡ぎ続ける。
その目は段々と淡いライトグリーンに変わってゆく。
「る、か」
カイトはルカに手をのばそうとする、が、
その手はミクに吹き飛ばされていた。
ルカは黙って腕から伸びているコードをとった。
また、光が生まれた。
色は同じピンク色をしている。
そして、その光は一瞬で消えた。
『更新プログラム確認、「巡音ルカ」再起動シマス』
ルカの声をした電子音がそう告げて、次の瞬間ルカは倒れた。
『プログラム削除…「初音ミク」再起動シマス』
同じように、初音ミクも歌の途中で倒れた。
「…っ、」
カイトはその場に座り込んだ。
「終わった…全部、終わったのか?」
クオがカイトに駆け寄る。
「はい、ますたー。みくのなかにまざっていたるかのでーたを、
おれをとおしてるかにわたしました。みくも、るかも、もとにもどりましたよ」
「本当か…?よかった。」
クオは安堵した。傷ついているものの、行方不明になったカイトが目の前にいて、
ミクもルカもいる。これ以上悪い事態にはならないだろう。そう、思っていた。
そこで、ふと気がつく。
「カイト、お前言葉が…?」
「おれは、だいじょうぶですから、ますたー、おにいさんたちに、れんらくして、
みくを、かいしゃにもどしてあげてください」
そういうと、カイトはよろよろと立ち上がった。
目は見えないもののセンサーでクオがいることがわかる。
「カイト、お前はどこに行くんだ!?」
「でんぱの、いいところにいって、かいしゃにれんらくします。
それだけですから。ぜったい、あなたのもとにかえりますから。」
それだけいうと、カイトは廃墟の奥へと進んでいった。
クオはその後、カイトの電波の発信場所を調べてやってきた兄二人と一緒に
ルカを自宅へ、ミクはメイコやリン、レンと共に会社に運ばれていった。
だが、事態が解決した後も、カイトは戻ってこなかった。
*
数日後のことだった。
クオはルカと一緒に暮らしていた。
なんでもがくぽによると、テストプレイヤーが必要なため、巡音ルカのテストプレイヤーにはちょうどいいとして、クオの家に置いていても良い、と会社から連絡があったそうだ。
ルカには数曲、ネットで拾った曲の歌詞を入れ歌わせている。
クオはそんなものでいいのかと聞いたが、
ルカ自身は歌を歌えるならかまわない、と返した。
やがてがくぽは颯に正式に購入された。
がくぽも喜んでいたし、メイコもがくぽと話が合ったらしい。
なにより、颯が新しいVOCALOIDを望んでいたことが一番だったが。
だが、カイトはいまだ帰ってこなかった。
会社に問い合わせたが、数日前の連絡を最後に行方がわからなくなっているらしい。
どこにいったんだあの馬鹿は、と思いつつも、
最後に笑っていたカイトの顔が脳裏に焼きついて離れなかった。
暴走したミクに襲われて、視界回路と片腕を失った上、
ほかにどこが傷ついているかわからないのに。
メイコも、リンもレンも、廃墟の中を探してまわったが発見はできなかったと言う。
視界が奪われた中で何処かにいくことができるとは思えない。
なら、カイトはどこに―――?
*
つめたい。
つめたいものが、体の表面を覆う皮膚に触れた。
まわりの温度が下がってきている。これは、雨ではなく雪なのだろう。
視界回路が生きていれば、それを見て、触れて、驚くことができるのだろう。
メモリーには真っ白な色をしていると書かれていたが、本当に白色なのだろうか。
その冷たい温度の中を、たまに暖かいものが通り過ぎているようだ。
それは生き物だろう。そして、高確率で人間なのだろう。
すでに視覚回路は焼ききれ、片腕は吹っ飛ばされた状態。
そして、それ以外にもほとんどの回路が異常をきたしている。
それは、ミクにやられたからだろうか、それとも、視覚回路が切れた状態で、
動き回った罰なのだろうか。どちらにしても、身体は動かない。
必死につなぎとめようとしていた連絡機能さえ、温度が下がった影響か
使うことはできない。
マスターに、連絡さえとれない。
ふと、熱反応があった。
自分の目の前に立ち止まっている。背丈から…人間のようだ。
自分をどう思っているのだろうか。
醜いロボットだと思っているのだろうか。それとも、哀れみを感じているのだろうか。
そのまま、だんだん意識が消えていくのを感じた。
おそらく再起動は無いのだろう。エネルギーの減少でシャットダウンしていく。
すべての、プログラムの応答がいずれ無くなる。
それでもかまわないかな。
そう、思った。そして、意識が消えたのは一瞬だった。
『シグナル受信。タイプVOCALOID01-02…KAITO再起動シマス』
そんな機械音が聞こえた。
目が開かれた。
視界が開ける。目の前にいたのはクオと同じか、それ以上の外見年齢の女だった。
「見える?そして、聞こえる?聞こえてるなら手、あげてみて」
聞こえたため、手をいわれるがままに上げる。そして、そこで気がついた。
吹き飛ばされたはずの片腕がある。
そして、聴覚、視覚回路が直されている。
「よかった、全部元通りね。異常は無い?」
「異常…?」
探してみるが、システムはオールグリーンであり、異常は何一つ見当たらない。
再起動する直前までの記憶では、ほぼ赤ばかりで、グリーンはひとつも無かったはずだ。
「貴方は廃棄されるところだったの?酷いマスターね」
マスター…そうだ。
「…マスターに、連絡しなきゃ」
連絡機能を使おうとする。が、電波状況は酷いものだった。
「ここは電波状況が酷いところだからね…それより、貴方はどうしたの?」
「…ここは、どこですか?」
「ここは貴方の作られた会社の跡地、かな。」
「…貴方、は?」
女はほほえんだ。そして、口を開く。
「私は、千晴。はじめまして、「KAITO」」
続
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