……and MERRY CHRISTMAS
玄関先でブーツを履いていためーちゃんが、見送りに来た俺の方を振り向いた。
「カイト、今日の予定は?」
「掃除して、洗濯して、ご飯作って、食べて寝るだけ」
ボーカロイドとして生まれて十ヶ月余り。
笑えるぐらい売れてない、仕事のない状態の俺の日常は、こんな物だった。
「めーちゃんは、遅くなるんでしょ」
「う、うん」
「クリスマス・イブだしね」
そう、今日はクリスマス・イブ。
めーちゃんも仕事ではあるけれど、スタッフやマスター達が、それなりの事をしてくれると思う。
「仕事が終わった後、みんなでちょっとしたクリスマスパーティをやるけど……カイトも来る?」
「やめとく」
速攻、返した。
たいした意味はない。仕事でもないのに、わざわざそれだけのために現場に出向くのも、なんだか面倒だと思っただけだ。
「一人で平気?」
首を傾げて尋ねる姿が、なんだか可愛い。
「大丈夫だよ。めーちゃんはゆっくり楽しんできてね。俺、先に寝てるから」
多分起きていると思うけど、めーちゃんに気を遣わせたくなくて、俺はそう言った。
「分かった……。明日は、私も休みだから、一緒に外でご飯食べようか?」
「うん、いいね。たまにはご飯作りも休みたいし」
「……主婦みたいな事、言ってるんじゃないの」
立ち上がって、ブーツの爪先で軽く地面を叩きながら、めーちゃんはちょっと怒った風に言った。
どうもめーちゃんは、俺が完全に主婦業に馴染むことを、本気で心配している節がある。
表で自動車の止まる音がした。
「あっ、迎えが来た。じゃあ、カイト、行ってきます」
「いってらっしゃい」
手を振って彼女を見送る。これもいつもと同じ俺の日常だった。
クリスマスと言っても、特に俺に感慨はない。
世に出て十ヶ月ほどの俺は、クリスマスが特別だという感情も、特別な行事だという感覚も持ち合わせてはいなかった。
知識として、クリスマスは家族や仲間内でパーティーをしたり、恋人同士が一緒に過ごしたりする日、だと言うのは知っていたが、それだけの事。
めーちゃんが俺を気遣ってくれるのは嬉しいし、ありがたいとは思ったが、クリスマスについては、通常の飲み会程度の感覚しかなく、わざわざ出向くまでもないと思った。
リビングで読んでいた本が一区切りしたのは、夜の十時すぎだった。
多分、めーちゃんはまだ帰らないだろうから、部屋からもう一冊、本を取ってこよう。 そう思って立ち上がった時だった。
「ただいま!」
玄関からめーちゃんの声。
「お帰り、早かった……」
リビングを出て、玄関に立つめーちゃんを見て、声が詰まった。
カーテンを閉めてしまったので気がつかなかったが、外はいつの間にか雪になっていたらしい。
めーちゃんは雪まみれで、右手にシャンパンの瓶とケーキの箱を、左手にバッグとポインセチアの鉢を持って立っていた。
「めーちゃん! 雪まみれじゃないか?! 車で送って貰わなかったの?!」
俺は駆け寄って、めーちゃんの左手をふさぐ荷物を受け取った。
「買い物したくて、歩いて帰ってきたの。そしたら雪に降られちゃって」
顔を赤くして笑うめーちゃん。
「クリスマス。二人でしよ」
そう言ってめーちゃんは、シャンパンとケーキを俺の目の前に差し出した。
めーちゃんの笑顔が眩しくて、なんだか胸がいっぱいになって、言葉が出なかった。
テーブルにはショートケーキが二切れ(クリスマスケーキは、売り切れていたそうだ)と、グラスが二つに、ちょっといいシャンパン。
俺が適当に作った、クリームチーズを大葉と生ハムで巻いたものと、ポインセチアの鉢(売れ残っていたポインセチアなので、ちょっと不細工だけど。とめーちゃんは言った)。
シャンパンの栓を抜いて、グラスに注ぐと、一つをめーちゃんに渡し、もう一つを持って、俺はめーちゃんの隣に座った。
「メリークリスマス」
グラスを掲げるめーちゃんに併せて、俺もグラスを掲げた。
「メリークリスマス」
大好きな人と過ごす、いつもとは少しだけ違う夜は、なんだかいつもより温かくて、楽しい気分だ。
みんなクリスマスに集まるのは、こんな気持ちを分け合いたいからなのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はグラスのシャンパンに口をつけた。
めーちゃんはもう、一杯目を飲み干していた。
急いでグラスを置いて、シャンパンの瓶を手に取る。
「俺のために帰ってきてくれたの?」
シャンパンを注ぎながら、めーちゃんの顔を見た。
ちょっと困った顔をしている。
「うーん。それもあるかな」
あっさり『うん』と言ってくれるかと思ったのに……ちょっと意外だった。
「他に何があるの?」
「私が嫌だったの」
クリームチーズのおつまみを食べながら、めーちゃんは続けた。
「カイトがクリスマスに一人っきり……って、考えただけでね。嫌だって思って、それで帰らなきゃって」
俺が来るまで、たった一人のボーカロイドだっためーちゃん。
誰よりも一人でいる事の寂しさを知っている人。
だから彼女は誰よりも強くて、優しくて、温かい。
「カイトは、割と平気だろうとは思ったんだけどね」
「うん、平気だった」
「おいっ」
「けど、めーちゃんが帰ってきてくれた時、嬉しかったよ」
雪まみれになって、顔を真っ赤にして、手にいっぱいの荷物を持って帰ってきてくれためーちゃん。
めーちゃんに出会えて、一緒にいられてよかった。心からそう思った。
「本当に嬉しかったから……来年のクリスマス・イブも、次のクリスマス・イブも、ずっと一緒にいてくれる?」
「しょうがないわね」
笑いながら、めーちゃんは二杯目のシャンパンを飲み干した。
「クリスマス・イブには、二人一緒。約束ね」
今日はあれから何度目かのクリスマス・イブ。
めーちゃんと俺は、姉と弟から、もっと特別な関係になっていた。
今年は夕方から雪が降り出し、文字通りのホワイトクリスマス。
そんな雪の中、俺は紅い薔薇の花束を持って走っていた。
クリスマス・イブの夜なのに、俺は仕事で遅くなってしまった。
めーちゃんは今日、休みだと言っていたから、家にいるはずだ。
もう俺たちは二人きりではなく、たくさんの妹や弟たちがいるので、彼女が一人きりになることはない。今日も、何人かが家にいて、クリスマス会の準備をしていた。
けど、俺が嫌だった。
初めてのクリスマス・イブの夜のように、めーちゃんと一緒に過ごしたかった。
だから走っている。
雪のせいで視界は最悪。もう間もなく夜の十二時。
毎年クリスマス・イブの夜、めーちゃんは必ず帰ってきて、俺と一緒にいてくれた。
それが今年、始めて逆になってしまった。
だから俺は絶対に二十四日のうちに、毎年約束を守ってくれた、めーちゃんの所に帰る。
今度は俺が、約束を守る。
もうすぐ家だ。
角を曲がったところで、足を滑らせ、転びそうになった。
慌てて体勢を立て直して、俺はまた走った。
「カイト!」
顔を上げると、めーちゃんが雪の中に立っていた。
「めーちゃん!」
ピンク色のコートを着ためーちゃんが駆け寄ってくる。
走った勢いのまま、俺はめーちゃんを抱きしめた。
「たっ、ただいま……」
息が切れる。
めーちゃんは俺を抱きしめ返してくれた。
「お帰り、カイト」
「待ってて……くれたの?」
「うん。待ってた」
腕の中のめーちゃんの温もり、優しい匂い。
「だって、クリスマス・イブだもの。きっと帰ってきてくれるって思ってた。ありがとね、カイト」
それは俺の台詞だよ。
待っててくれてありがとう。今年も一緒にいてくれてありがとう。
腕につけた時計のアラームが、小さな電子音をたてて鳴った。
薔薇の花束は、ずいぶん散ってしまっていた。
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ご意見・ご感想
イソギン
ご意見・ご感想
KAITOとMEIKOのとてもきれいな絆が見えました。これからもずっと一緒にいて欲しいなって思えるカイメイ!ステキです!
2012/12/23 03:07:34
聖 京
感想ありがとうございます(^^)。二人の絆……いいですね。運命の二人です。絶対これからもずっと一緒ですよ。
2012/12/23 05:01:52