朝起きたときからずっと、体が重くてだるい。眠気もなかなかなくならないし、いきなり立ち上がると、めまいがする。貧血でも起こしたのだろうか。
「――レン、大丈夫?顔色悪いけど」
「大丈夫…だと思う。多分」
「このところ、人間界とこっちの世界を行き来してたから、体が環境の変化についていけていないんだろうね」
「そんなことはどうだっていい。さっさと会談を終わらせて寝る」
 ふてぶてしく窓の淵に頬杖をついて、レンは目を閉じた。眠気が先ほどの五倍以上になって、レンを襲った。すぐに夢の世界へといざなわれ…。
 甘い眠りへの誘いは、おともなくしのびより、睡魔はやがて襲う相手をロックオンしてから、一気に襲い掛かる。その睡魔はまるで、不安の波のように生き物を支配する。ちいさな不安が、小さな防波堤が壊れたことによって津波ほどに大きく膨れ上がり、生き物は不安に勝とうとすらしない。勝てないといって自らに制限をかけ、同時に不安の波にも制限をかける。そのことによって、精神と理性を保つのだ。
 生命は死する時のためにある。
 死してなお、生命は生きる。生きて死、死して生きる。全ての生命は、死んで終わりじゃあない。死ぬことが始まりなのだ。
 それが、幼い時からのレンのポリシーだった。
 幼い頃、戦争で何人もの親戚や仲間を失った。戦火の中、消え行く命。ずたずたになったプライドと信頼関係、裏切り。戦争に度に国は貧富の差が激しくなり、裕福なものは戦争のたびに多くの軍事兵器を売って金を手に入れ、貧しいものは戦争にかり出され、多くの仲間を失い、多くの軍資金という名目で財産を奪われ、財産も富も持たないただのみすぼらしいコウモリに成り下がる。そんなヴァンパイアを、レンは何人も見てきた。それは全く見ず知らずの国民であったり、とても仲のよかった友人であったり近い親戚であったりと、皆、殺されていった。金に汚い大人たちは自らの国をすて、内部情報を敵国に漏らし、自分の利益だけを考えて裏切った。正義感を持って挑んだ物達は皆、戦火の赤に消えていった。
 王子である自分は何もできずにただ城の窓から大切なものたちが死に逝く様を、ただただ見ていることしかできない。
 あの苦しさいったら、地獄に堕ちたときよりも苦しいのではと思えるほどだ。

 窓の外は晴れ渡っていた。
 また、キカイトは窓の外を眺め、一人静かに頬杖をついていた。
「…あの、キカイトさん?」
 下から聞こえた声に、キカイトは驚いて顔を上げた。勿論、顔を上げた先に誰がいるわけではない。声の主は下にいるのだから。
「ああ、はい、何でしょう…。って、貴方でしたか。どうぞ、用件を」
 声の主はリンだった。
 そっと本を差し出す。
「この本、字が読めなくて。何となく見てると、私が住んでいたあたりの文字と似ている気もするんですけど、ところどころやっぱり読めないんです。教えてください」
「え?あ、ああ…。スミマセンが、私は人間の文字がわかりませんから、そういうことはカイトに…そうですね、今頃は…そうか、王子と…」
「じゃあ、読んでください。字は違っても言葉は同じみたいですから、読んでください」
「え、ええと…」
 キカイトの言葉はしどろもどろになった。
 どう対応していいのか困ってしまい、キカイトは辺りを見回した。誰か、押し付ける相手はいないか――しかし、残念ながら辺りにはきカイトとリンしかいない。
「あの」
 ふと、リンが言った。
「はい?」
「どうして、私を避けるんですか?」
「え?そんなことはありませんよ。気のせいです」
 笑顔を作って、キカイトがさも当たり前のように嘘をついた。
「気のせいじゃないです。ずっと、私のこと避けてます。昨日だって、アカイトさんに助けられていた。…違うって、私の目を見ていえますか?絶対、いえないと思います」
「…」
「私が嫌いですか?レンにすむところを与えて王子を引き止めた、面倒くさい人間のお姫様が、そんなに嫌いですか」
「だ、だから、そんなことはありません。大丈夫ですよ」
「何が大丈夫ですか?そうやって笑顔作って皆に優しそうに見せて、内心汚いとでも思っているんですか?嫌なら嫌と言えばいい。嫌いなら嫌いと、怖いなら怖いといえばいい、ただそれだけでしょう?」
 そういったリンの目は強い光を持っていた。
「そんなこともいえないんですか?弱さを見せるのが怖いですか?自分の強さを誇示したいんで…」
「分かっています!そんなことは!!」
 いきなり大声でリンの言葉をさえぎり、キカイトはいきを整えた。
「…スミマセン、ちょっと取り乱してしまって」
「わかってる、って、つまり、何か理由があるんですよね?私を拒絶する理由」
「…私は、昔、人間界に住んでいたんです。幼い頃、両親と。人間たちと大差はない容姿ですから、ヴァンパイアだとはばれませんでした。次第に辺りの人たちとも仲良くなりました。けど、ある日、ちょっとしたことでヴァンパイアであることがばれてしまって、信頼していた人間たちが皆敵に回りました。両親は私の目の前で殺されてしまいました。今でも思い出せるくらい、鮮明に覚えています。種族の違いだけでこんなにも人間は変わるのかと絶望しました。どうにかこっちに命からがら帰ってきましたが、孤児院で育ちました。それから仲間もできましたが、それ以来、人間が苦手でして。一種の人間アレルギーみたいなものです」
 ぽかんとしたリンは意味を理解すると、複雑な表情になった。彼が子供の頃ならばリンはまだ生まれていないが、生まれていても幼稚園程度の幼いだろう。しかし、人間であるリンがそんな話しを聞くと、言葉に詰る。
 すると、キカイトがにっこりと優しげな微笑で言った。
「今のは忘れてください。すみませんでした、こんな話をして。でも、なんだか少しだけすっきりしたような気がします。本を読むなら、後でも良いですか?まだ仕事が残っていますから」
「あ、ハイ。よかった、聞けて。もやもやしてたから、私もすっきりしました」
 二人は少しだけ笑った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

遠い君 14

こんばんは、リオンです。
話なんかないですよ。
あえて言うならアカイト、メイト、レンもスキだ!結婚してくれぇぇぇええ!
ですね~。あ、いや、意味はないんです。
それでは、また明日!

閲覧数:275

投稿日:2009/12/15 23:16:13

文字数:2,502文字

カテゴリ:小説

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