UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その26「実技試験その2~課題発表~」
メモを持ったマコさんが、そのメモをモモさんに渡した。
モモさんは素早く目を通して、マコさんに何か耳打ちした。
頷いたマコさんは素早く席に戻って、隣のルナさんに素早く耳打ちした。
「All right.」
ルナさんはハッキリと言った。
そして、ルナさんは上着を脱いで、レオタード姿になった。隣のマコさんも上着を脱いだ。
わたしは思わず腰を浮かせた。
「紫苑さん、もう少し待っててください」
モモさんに優しく諭された。
マコさんとルナさんは机を全て部屋の隅に移動させた。
わたしはポツンと部屋の真ん中に取り残された格好だ。
「紫苑さん、お待たせしました。椅子を持って壁まで移動して下さい」
わたしは背筋を伸ばして、椅子を運んだ。
「椅子に座ってください」
素直に座った。
わたしと入れ替わるように、マコさん、ルナさんが部屋の真ん中に進んできた。
「それでは、課題部分の説明をします」
モモさんがわたしの前に立った。
「これから、課題曲を流します」
いつの間にか、手に持ったリモコンのボタンを、モモさんは押した。
軽快な管楽器が歌うように鳴り響いた。
〔聞いたこと、ある〕
「曲名は、『気まぐれメルシー』です。聞いたこと、ありますか?」
「はい」
ネルちゃんと練習した曲だ。
「何回ぐらい、聞きました?」
「週に5回は聞いてました」
というよりは、踊ってました。
「では、今から、二人が曲に合わせて踊ります。よく見て、あなたは二人の邪魔にならないように踊ってください」
言われた瞬間、頭が真っ白になった。
〔一人じゃないの? 一緒に、って、いきなりは、無理でしょう!〕
「この課題は減点方式です。持ち点百点に対して、壁や備品、ここにいる誰かに触れる度、一点が減点されます。あと、踊りの出来映えを百点を上限に加点します」
〔ネルちゃん、聞いてないよう!〕
「では、早速、踊りを見てもらいましょう」
モモさんは、軽くパニクってるわたしを置き去りに話を進めた。
〔ちょっと、待って!〕
「ちょっと、待ってください!」
心の叫びと実際の声が重なった感じだった。
モモさんは笑顔で応えた。
「何か、ご質問でしょうか?」
ヤバい。とにかく、気持ちを落ち着けなきゃ。
同時に少し悪寒がした。モモさんの優しい笑顔に騙されるところだったのかも。任務遂行に情を一切挟まない人、あるいはとにかく止まらない人、それが桃音モモさんなんだ。
とにかく、時間を稼がなきゃ。
「え~と、踊りは何回まで見られますか?」
「3回までです」
素っ気ない。笑顔はそのままなのに。
「見た後に、床になにかを書くのは、有り、ですか?」
「いいえ。見るだけです」
時間が欲しい。こんな課題は、初めてだ。テトさんと初めてステージで踊った時だって、何度もDVDを見たし、何よりも、ネルちゃんがいた。
「見た後、考える時間はどのくらいありますか? 」
「10分です」
「その間、曲だけ聞き直すのは、できますか?」
「できます。制限時間内であれば、大丈夫です」
どうすれば、この課題をクリアできるの。
時間がないよう。
もう、破れかぶれだ。
「踊りと踊りの間に、質問することはできますか?」
「いいえ、踊りが3回終わって、10分が経過しましたら、紫苑さんにも踊ってもらいます」
「その、10分の間、練習してもいいですか?」
「大丈夫です」
そう言って、モモさんはCDプレイヤーに手を置いた。
マコさんもルナさんも立ち位置を決めていた。
〔うわあ、始まっちゃう〕
「え~と、まだ、質問が・・・」
と言っても、頭の中は真っ白で何も浮かばない。
口籠っていると、笑顔のモモさんがスパッとひと言。
「無いのでしたら、後もつかえていることですし、始めますよ」
ああそうだ。外では、ユアさんとエリーさんが待っているんだ。
二人と約束したんだ、三人で合格しようと。
だから、これから起こることは二人に正確に伝えないといけない。
そして、親友がこれまで教えてくれたことを無駄にするわけにはいかない。
ネルちゃんの顔が浮かんで、やっとスイッチが入った気がした。
「はい」
わたしは目の前の踊りに集中した。
「では、一回目、スタートします」
モモさんの合図で音楽が鳴り出した。
それに合わせて踊る二人の動きは、鬼のように、速かった。
2倍速のビデオを見ているようだった。
それでいて、華麗で、時に力強く、優しく、メリハリのある素敵なダンスだった。
マコさんは一瞬のストップモーションが美しく、キレがあるというよりは鮮やかに心に刻まれる感じだった。
反対に、ルナさんは止まらない踊りで、飛び跳ねるというよりは、ジャンプ力が凄かった。滞空時間が長かったり、高さがあって一度天井に手を着いたことがあった。天井まで四メートルくらいありそうなんだけど。
そして、一回目が終わった時、わたしは絶句した。
〔フロアが全部、塗り潰されてる!〕
二人のダンスの足さばきを中心に見ていたわたしは、どこか二人が通らない箇所があるんじゃないかと想像していた。
しかし、試験は甘くなかった。どこにいても二人を避けて踊らないといけないのは確定だ。
二人のどちらかに合わせて動いたらいいのだろうか。マコさんの速い動きに付いていけるとは思えないし、ルナさんのジャンプ力は半端ないし。
どっちも現実的じゃない。
次はわたしが実際に踊ったらどうなるか、だ。
「それでは、二回目を始めます」
モモさんの優しい笑顔が向けられた。
「よろしいですか?」
わたしはただ頷いただけで、「はい、お願いします」くらい言えば良かったと後悔した。
「よろしいですか?」
ルナさんとマコさんには、キリッと凛々しい顔が向けられた。
二人は返事をせず、首肯くだけだった。マコさんだけ、大きく深呼吸した。
「では、いきます」
再び、聞き慣れた音楽が鳴り出した。
〔もしも、わたしがいつものように踊っていたら、…〕
わたしは頭の中でバーチャルな自分を作り出し、二人のダンスに重ねてみた。
出鼻を挫くように、ルナさんの右手が、わたしの頭の辺りを通り過ぎた。
続いてマコさんの身体が、わたしのいる位置をかき回すように通り過ぎた。
わたしは頭の中で仮想の自分を音楽に合わせて踊らせた。二人に何回接触するか、どこがどこと接触するか、慎重に見極めようと思った。
結果、十五回か、十六回、二人と接触しそうだと思った。これを修正しなければ、減点は確実、ひょっとしなくても、不合格になるかも。
「それでは、三回目を始めます」
またしてもモモさんの優しい笑顔が向けられた。
「よろしいですか?」
「はい、お願いします」
今度は言えた。
モモさんは目線だけで二人に合図した。
マコさんとルナさんは頷いた。そして、スタート地点に立った。
「いきます」
再び音楽が鳴り出した。
二人の踊りにバーチャルな自分の踊りをもう一度重ねてみる。
少し、踊りを変えて、二人との接触を避けてみた。
〔一メートル後ろに跳んで、すぐに一メートル右に跳ぶ。それだけでぶつかる回数は四回減る〕
でも、それだけだ。
〔歌がサビに入ってすぐに左斜め四十五度に一メートル半移動する。さらに四回減る〕
まだ足りない。間奏のあと、Aメロが始まった。
ここで、マコさんとルナさんは、動きを左右対称に入れ替える。フロアを全て塗り潰すために。
〔だから、AメロからBメロに移る瞬間に右に二メートル動いて、転調するタイミングで左後ろに一メートル半跳ぶと、接触せずに済む、かなあ?〕
曲が終わった。
厳かに、モモさんの声が響いた。
「これより十分間のインターバルを挟み、十分後に実技試験を開始します」
わたしは手を上げた。
「音楽の再生を希望します!」
「認めます」
「練習もします!」
モモさんは笑って頷いた。
早速、羽織っていたウィンドブレーカーを脱ぎ、予定の位置に立ってみた。右前方にルナさん、左前方にマコさんが立つことになる。
「音楽、お願いします!」
「いきます」
モモさんがスイッチを押して、音楽が鳴り出した。
前奏では、大きな動きはない。リズムを取りながら、ステップを踏む。
ボーカルが始まると同時に後ろにジャンプし、すぐに右にジャンプした。
タイミングは合っているだろうけど、若干不安になった。
そのときはわたしは二人に挟まれているはずだ。
右にルナさん、左はマコさん。
ルナさんは上から降りて来る感じだから問題はないと思う。
マコさんは左から右にスライドしてくる。気をつけないと触るかもしれない。
次に、サビに入ってすぐに左斜め四十五度に一メートル半移動、と思ったけど、移動中に二人の動線を横切っていることに気付いた。
マコさんが来るより早く、ルナさんはやり過ごして、移動しないといけない。厳しいなあ。
後、右二メートルと左後ろに一メートル半は、普通に移動していたら、間違いなく接触する。これはどう避ける?
時間がない。考えが纏まらない。こんなに焦るのは久しぶりだ。
もう一度だけ、考え直そう。
音楽が止まった。
わたしはその場に立ち尽くした。
〔動きが直線的だから、接触する可能性が高いんだ。もっと滑らかにカーブを描くように・・・〕
わたしはさっきの場所に戻って、移動の手順を考えた。
〔ここは直線的な動きより、S字カーブ、じゃなくて、逆S字カーブで、できる、かな?〕
やってみる。
「もう一度、音楽をお願いします」
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