キクの記憶の断片が、メイコの脳に流れ込む。
それはあまりにも悲しくて―。

「どいてッ!」

キクが力一杯メイコを蹴り飛ばした。
もろにくらったメイコは痛みのあまり、うずくまった。
キクはゆっくりと立ち上がる。

「さよなら」

「ま、待ちな、さい…ッ!」

「…」

メイコの言葉を返さず、キクは静かに窓辺に近づく。
その背中にメイコは叫んだ。

「助けてあげるからッ!!」

張り裂けそうな声が、部屋に響いた。
キクは一瞬、動きを止めた。

―そのとき、たしかにキクは微笑んでいた。
 今にも泣きそうな笑顔だった。

「さよなら、メイコさん…」

キクはそう言い残し、ベランダから飛び降りた。

今度は、雪子と帯人に危険が及ぶ…。
二人を傷つけたくない。それだけは避けたい。

メイコは携帯を取り出すと、電話をかけた。

「バカイトッ!なにやってんのッ!さっさと救援よこしなさいッ!!」





同時刻。クリプト学園旧館の一室。

「帯人…大丈夫?」

帯人は壁に背をあずけ、座り込んでいた。
帯人の肩にそっと触れる雪子。
彼はただ、静かな呼吸を繰り返すだけだった。

きっと、そうとうダメージを負っているに違いない。
あの高さから飛び降りたんだ。
いくらボーカロイドだからって、つらいだろうに…。

私はそっと、帯人の体を抱きしめた。

「ごめんなさい…」

「……ます、たー…」

「なにもできなくて、ごめんなさい…」

「………あなたは僕を助けてくれた」

「…帯人?」

私の手に、帯人の手が重なる。

「…傷だらけの僕を、救ってくれた。
 だから、今度は、僕がマスターを護る、から……」

彼の包帯の下から、不凍液が流れている。
あの無理な行動のせいで、古傷まで開いてきている。

すごく、痛いだろうに―。

胸が苦しくなって、私は帯人の肩で泣いた。
声を殺して、泣いた。
泣くほど苦しいのは、彼のほうだというのに。

「……泣いてるの? マスター」

「…違うよ」

「………?」

「ちょっとだけでいいから、肩を…貸して……」

「はい…」

とにかく今は身を隠さなければならない。
メイコ姉さんのことが心配だけど、きっと大丈夫だと思う。
それよりも一番怖いのは、呪音キクのほうだ。
彼女の怖さはもう二度と体験したくない。
直接、空気を伝わる死の予感。
彼女を目の前にしたら、私は震え上がって立てなくなってしまうだろう。

でも。
隣にはボロボロになった帯人がいる。
もしものときは、私が戦わなきゃならない。

護られるだけじゃダメだ。
私も彼を護ってあげなきゃダメだ。
マスターなんだから…!

そのとき、どこかでガラスの割れる音がした。
ビクッと体が震える。
粉々になったガラスを踏み鳴らしながら、誰かが旧館に入ってくる。

私は立ち上がり、息を殺して待つ。


ガチャ。


扉が開かれた。
震えが止まらない。冷や汗が頬を伝う。悪寒が背筋を走る。

(怖い怖い怖い怖い怖い)

入ってきたのは、生徒でもなければ警察でもない。
その赤い流れるような長髪は、紛れもなく彼女だった。

「あなたの《愛》をえぐらせて」

「嫌!」

大声でそう叫ぶと、彼女は笑った。
帯人がゆっくりと立ち上がり、私の前に立つ。

「……マスターを傷つけたら、許さない…」

「そんなナリでなにができるっていうの?」

「……ッ」

帯人の表情が痛みのせいで歪む。
キクはそれをおかしく笑っていた。

そのとき、雪子が戸棚から透明な液体の入ったガラスビンを取りだした。

「悪かったわね。キクちゃん!」

「…!? なにするつもり?」

「ここはねぇ、理科準備室って言う部屋なの!」

そう言って、ガラスビンを床にたたきつけた。
その液体が帯人とキクの間に広がって、突然炎上した。
動揺するキク。

「きゃッ!」

「純度100%のアルコールって燃えるんだから!
 現役女子高校生を馬鹿にしないでよねッ」

雪子は帯人の腕をつかむ。

「行こう!」

二人は走り出した。
とにかく見つかってしまった以上、ここに身を潜める意味はない。
炎上する旧館からいち早く脱出しなければならなかった。

火はいつの間にか勢いを増し、煙柱をいくつも上げ始める。

これできっと、メイコ姉さんたちも気づいてくれるはずだ。
そう思いながら、雪子は帯人とともに非常口を探した。

(私が、護ってあげるから)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡 第17話「今度は私が護ってあげる」

【登場人物】
増田 雪子
帯人
咲音 メイコ
呪音 キク

【コメント】
久しぶりに更新することができました♪
長らくお待たせしましたね^^;
実は受験もあったので、ドタバタしてました。
ごめんなさい><

それではまた来週!……かな?ww

閲覧数:1,019

投稿日:2008/12/14 17:25:38

文字数:1,842文字

カテゴリ:小説

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  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    そうだぞ!雪子だぞ!影薄いけど忘れちゃだめだぞ!><
    ちなみに我が家の場合↓
    雪子=主人公。帯人=ヒロイン。みたいな(笑

    はーい!
    がんばります!!^ワ^

    2008/12/14 18:36:56

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