「なんですかこれは」
KAITOは流木の入った虫籠を眺めて言い放った。
「鈴虫だよ。知らないのか」
マスターは変なペットを飼いはじめた。それを鈴虫というそうだ。子供の夏休みだけじゃなくて、珍しいカブトムシをマニアが高価でトレードする話は聞いていたが、こんな小さなよく分からないものの何がいいんだろう。
何でも、クリーニング屋のおばさんが飼いはじめていたのを褒めたら譲ってくれたそうだ。コミュニケーションスキルが高いのか、それにしても商店街のお裾分けは風流なものだ。
小さい鈴虫と輪切りのキュウリとナス。まるで華やかでない。茶色い籠の中にスプレーをしてみせるマスター。
「これからは霧吹きはKAITOの仕事だからな。朝と夕の食後くらいに」
「お薬の時間みたいですね」
「お前なあ……。大事な仕事だからな。餌やりはマスターでいいから」
正直よく分からなかったが、「水やり後に分かるから」とマスターは少し興奮気味に言った。大人になってから虫籠を買うという行為にワクワクしたらしい。
じっと僕は虫達を数えて観察してみた。籠の中がもっと華やかであったらいいのに。と、動くことすらしない虫達がマスターの愛玩動物になるのが心外で不服な体勢をとり続けた。
僕だって、靴や服を変えては、マスターに気がついて欲しいっていうのをやってみたりする。マフラーじゃなくてスヌードを着けてみた。
専用のエサでなくても良いらしいけど、僕としてはもっと何か無いのかとさえ思う。
それから。マスターが寝るときに枕元に置いていたら鳴り出した。
僕が世話したのだから、やっと面白みが出た!とはしゃぎだしたかったが、すると鈴虫達が怖がって鳴り止んでしまうだろうから、やめておいた。
マスターに、僕が世話したから鳴り出したんですよ!と教えたかったが、それも止めておく。鈴虫の声を気にしてスリープしないでいるのはドキドキした。
翌日の朝、鈴虫のミイラみたいなものが入っていて仰天した。動かないにしても違う、乾燥した鈴虫のようなものの破片。焦りに焦ってマスターに報告するのがはばかられた。どうしようか。霧吹きが少なすぎたのだろうか。 慌てて伝えるとマスターは籠の中を見やって落ち着いていた。
「脱皮しているだけだから、大丈夫」
「実は子供の頃も飼ったことあるんだ。その時の自分と同じリアクションで笑うわ」
「けどな、水やり忘れて早めにダメにしてしまったから。KAITOとなら定期的に任せられると思って」
春まで育て続けられるのかなぁ、もっと写真映えで長生きするペットの方が良いのでは。という気持ちに固まっていたのが、少し気持ちが緩んで、自分の仕事に得意気になった。
「それと、見た目だけじゃないのを知って欲しかったから」
「そうだったんですね……」
「あからさまに詰まらなそうだったのが、変わってく。何匹か数えてただろ。それに急にスヌードに変えてたのに気がついてるから。そうやって夢中になってくの」
「というのは嘘。おばさんが優しいから断りきれなかったから貰っただけです。かっこつけた」
「毎年繁殖させてるマメな人だって気がついた。同じ人から貰った」
「おばさんもマスターが大事にしてくれると思ってくれたんですよ」
「他にもマスターの子供の時の話が聞きたいです」
「長くなるからしない」
「もったいぶりますね」
マスターいわく、KAITOが鈴虫を大事にしていると、音を大事に育てるのを可視化しているらしい。ただのペットじゃなくて音楽の化身の主人、というとカッコいい。
「求愛と、縄張り争いなんだって。鳴いてるんじゃなくて羽根の音なんだ」
「縄張り争いソング作りましょう」
「なんじゃそりゃ」
大人になってからも自由研究みたいで楽しいだろ、だって。僕に教える目的で飼ってるのはかっこつけだって素直に認めたマスターは、水やりをする僕を見てるのもいつも楽しそうだ。
おばさんは、マスターの成長をいつから知っているんだろう?と、マスターのひきとって来た服を見て僕もマフラーを出してみようかと、気長に見守るってことを学んだ気がした。
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