7.ミク

 『虫』だと言った彼に、私も言った。
「私も、『虫』なのよ」
 驚く彼に、私は微笑む。
「機械の……いわゆる神経のような、行動を決める部分の不具合の事を、虫(バグ)っていうの。……だって、いないよね。マスターのために歌いたくないボカロなんて」
 彼は、ふっと悩む表情をし、そして答えを返す。
「機械としてはそうかもしれないけどさ。……そういうこともあるんじゃない? 意志をもったなら、さ」

 彼の言葉に救われながら、私の日常は続いていた。
 マスターは、最近リミックスに凝っている。前に私が歌った歌の、伴奏を変えたり、リズムやハーモニーをアレンジしたり。
 おかげで私の歌う出番は、以前よりも減ってきた。
 悲しい歌を歌わずに済むことは、私にとってなによりもの安らぎだったが、少し、気になることが出てきた。
 だんだんと、私の歌のカウンターのまわる数が減っている。
「それは、長く聴いてもらっていれば、そういうこともあるだろう?」
 今日も疲れて帰ってきた私を、ミクオは優しく抱き止め、髪をなでる。
「……うん。でもね」
 ……人に聴かれなくなること。それはボーカロイドとしての存在の危機なのよ。
 飽きられたら、消されてしまうかもしれない。
 その言葉を、ついに私は言えなかった。
 ミクオとの生活が、あまりにも優しすぎて。
 彼を、不安にさせたくなくて。

        *         *

 ついに、今日は私が作ったどの歌のカウンターも回らなかった。私のマスターはたくさんの歌を作った。今まで、一度もカウンターが回らなかった日は、初めてなのだ。
「……眠れないの」
 電源の落とされたパソコンの奥で、静かにミクオは私に問いかける。
「……うん。……不安で」
 やはり、消されるかもしれないという不安は、ミクオには言えなかった。押し込めた不安が、涙となって、こぼれて床に落ちて行く。

『長く醒めない夢を見ていた 君とふたりだけの世界で……』

 ミクオが、私を慰めるように正面から抱きしめ、髪をなでる。ミクオの声が子守歌のように私の体にしみこんでくる。

「ねえ、でも、僕は思うよ」
 ミクオが、そっと私に問いかけた。
「世界の誰が忘れても、僕はミクを覚えている」
 彼の、私の背に回した手に、ぐっと力が入るのがわかった。

「もし、からっぽのディスプレイの向こうが不安なら、僕を見てよ。
 ……僕なら、ちゃんとここに居るから」
 君の涙をぬぐうために、と、早口で続けたミクオに、少し、気持ちが和らぐのを感じだ。

「ありがとう……」

 なら、ずっと一緒に居て。いつか消える日が来ても、最後まで私のそばで、私の涙をぬぐい続けて。
 ミクオの前では封印していた言葉をぐっと飲み込んで、私は気づいた。
 私もミクオも、人ごっこをしているけれども、人じゃない。
 いつかミクオの手に指をからめて彼のいた世界の景色の記憶を見たように、触れ合っているなら……意識を向ければ、相手が見える。
 はっと視線を上げた先に、ミクオがいた。

「……もしかして……気付いて……」

 ミクオは、少しさびしそうな顔をして二コリと微笑んだ。
 私は、号泣してしまった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【短編】『ヒカリ』で二次小説! 『君は僕/私にとって唯一つの光』7.ミク

素敵元歌はこちら↓
Yの人様『ヒカリ』
http://piapro.jp/t/CHY5

歌詞引用させていただきました。

閲覧数:167

投稿日:2011/12/24 01:30:58

文字数:1,339文字

カテゴリ:小説

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