8.傷心少女と家族の絆

本日未明。白木市の雑居ビルに強盗が押し入り、従業員二名が負傷し拘束されて、現金三百万円が盗まれていた。匿名の通報により発覚し、昨晩遅くに従業員が侵入者の形跡を確認すると、「怪盗ゆかりん」と名乗りを上げ暴行を加えられ気絶させられた上、ロープで拘束されてしまったとの事。ところが「怪盗ゆかりん」の遺留品と思われる黒いうさぎの顔をしたメッセージカードから、葛流市内の教会襲撃の実行犯と、その土地を不正な方法で入手したとあり、警察は事件の関連性を慎重に調査すると共に、二人の男からも事情を聞いている。

「してやられちゃったね・・・」
個室に二人。小柄で毛髪の薄い中年の男は葛流警察署長の大竹。もう一人がICPO出向中の桐生まなみだ。
「これじゃあ警察の面目丸つぶれだ」
甲高い声に加え、いやみたっぷりのねちっこさが桐生に纏う。
「あ!君は天下のICPOさんの研修生だったもんね。駄目だよぉ。世界の警察機構に泥を塗るような真似をしちゃあ」
桐生は何も言えなかった。怪盗ゆかりん専属の捜査員としてこの一週間汗水たらし、先日の痴漢騒動はインターネットの書き込みから、どうにか目撃者と接触が図れそうだった矢先だ。
「そ・れ・に!匿名の電話ってのも怪盗ゆかりん本人が電話してきたって情報もあるんだよ!舐められてるんだよ!」
高い声で怒鳴るものだから、余計に耳に突き刺さる。桐生はすいませんと小声で謝ったが、その目は下をうつむいたまま、彼の目を見ようとしなかった。
「聞いてるのかね!桐生くん!」
今ので火が点いたのか、怒鳴り声は更に大きく鋭くなり、精神的にもイライラしてくる。そんな時、個室の戸を開けて入ってくる男がいた。
「失礼します」
すらっと伸びる長い足。角のあるフレームのインテリ眼鏡。そして何よりキリッとした眉と眼、癖のある髪の毛がウェーブ掛かってよりおしゃれな印象を与える。桐生よりも少し年上で頼れるキャリア組の登木田だった。
「ああ、登木田君か。どうしたんだい?」
三十年以上のキャリアがある大竹だが、彼はどうすれば自分の地位が安定的であるか良く分かっていた。登木田はやがて署長となり、ゆくゆくは本庁に行く人間。若い人間は嫌いだが、損得で考えれば桐生をいじめ、登木田に媚を売った方が彼の理にかなっている。
「いえ、怪盗ゆかりん確保に少々助言を、と思ったのですが、署長自らがされていたようですね」
すると大竹はごまかし笑いをして言った。
「あはははは。検挙率が県下ナンバーワンの桐生くんと言えど、足の速さでは怪盗ゆかりんの方が上みたいだからね」
桐生はこの調子の良い男の為に、机の下に隠している握りこぶしを固めた。
「それに君のように聡明なら、脳筋の桐生くんにぴったりだろう!じゃあ、私はこれにて失礼するよ」
大竹は汗を拭き拭き、そそくさと個室を出ていった。
「申し訳ありません、副署長」
「なに。気にするな。私も先日出張から戻ってきたばかりだ。報告書を読ませて貰ったが、本当に厄介な相手だな。ゆかりん」
「ええ。ふざけた名前ですけど、あたしの足で追い付けない人間がいるとは、正直思いませんでした」
「それにあの署長。ゆかりん騒動の失敗を葛流署が被らないよう、色々と手を回しているようだからね。一方のICPOも同じ考えなんだろう。研修生名目の籍だが、裏を返せばいつでも君は切り捨てられる」
研修生、と言ってもICPOからの支援など一切なく、また古巣である葛流署からの人員の応援が無いのだ。孤立無援でこの一週間、一人黙々と捜査を続けていたのだ。捕まえられるものも捕まえられるはずがない。
「だから私が矢面に立って、君を支援したいと思う」
それは桐生にとって朗報だった。近い将来辞表を書く考えすらよぎっていたが、スポットライトが自分の歩むべき道を照らし出している光景が目に浮かんだ。
「ありがとうございます!」
桐生は急に立ち上がり、勢いよく頭を深々と下げた。
「止めたまえ」
桐生は顔を上げ、登木田のハンサムな顔を直視した。
「私は当然の判断をしたまでだ。それに・・・」
「それに?」
折り曲げた腰を起して桐生が言うと、登木田はニヤッと笑うと、こう言った。
「あの無能な署長をぎゃふんと言わせてやろう」
桐生の表情がぱあっと明るくなり、彼女は自分の口角がどれだけ吊りあがっていなかったのかを、心地よい顔の筋肉の嬉しい悲鳴で実感した。

その夜。桐生の元に白木市在住の東北まき子と名乗る女性より一本の連絡が入る。娘が誘拐されたという話だ。今日は学校を休んでおり、夕飯の時間を過ぎても降りてこない娘を呼びに行った所、既に姿がなく、代わりに黒いうさぎの顔をかたどったメッセージカードが置いてあった。怪盗ゆかりんという人物が娘を誘拐したと声明があり、今夜八時に葛流市の電話局駐車場に来るよう記されていた。
直ぐ様、副署長の命で怪盗ゆかりん特別対策本部が開設された。葛流署管轄の警察官五十名が緊急招集され、夜の七時には葛流署前にて団結式が行われた。招集された警察官の他、別の課の人間たちも続々対策本部に合流した。副署長の居ない間、非協力的だった署長に対し署員らは不満を募らせていた。だが署長命令で協力する事すら出来なかったが、これを機に署長に反旗を翻し、桐生の捜査に協力する。
「おい、お前ら!自分の仕事はどうしたんだ!」
大竹署長が団結式に続々と加わる署員に対し、甲高い声で怒鳴りつけた。
「終わったから協力するんじゃないですか」
文句を受け流しさらっと言ってのけると、列の人混みの中へ消えていった。
「いつまでもゆかりんとか名乗ってる奴にでかい面させたくないっすよ」
後ろから来た署員にもそう言われ、人混みに逃げ込まれた。
「ぐぬぬぬ。貴様ら命令違反で・・・」
「署長」
これから大声を出そうとした大竹に対し、後ろから登木田がぬっとあらわれた。
「いつまでも犯罪者を野放しにはできませんよ。それに・・・」
妙な溜めを置いて、登木田は耳元で囁いた。
「職務怠慢の旨を上層部に報告しても良いんですよ」
次の瞬間、大竹の顔が見る見るうちに青ざめていくのが分かった。登木田は署長を無視して、警察署の入り口に置かれた足踏み台に登壇すると、総務課の人間がマイクロフォンを素早く登木田に手渡した。マイクチェックの後、登木田が淡々と団結式の開会式を始めた。

夜八時。電話会社の周囲はネズミ一匹通る隙間の無い警察官の配置がなされていた。駐車場にテントが張られ、中には誘拐された娘ずん子の両親と兄が待機していた。東北家は葛流市の資産家で、身代金目当ての誘拐と推測されたが、一部からは金入手の手際が悪過ぎると声が上がっていた。約束の時間を過ぎ、ゆかりんが現れるのを待っていたが、三十分が過ぎようとしていた。警戒の空気が緩み始め、桐生らは周囲を一巡し始めるところだった。警察官の誰かが声を上げた。
「なんだあれ。空を見ろ!」
ビルの屋上を指さすと、傘を広げてそこに舞い降りる人影が見えた。
「あれ・・・うそ・・・」
意表を突かれた桐生は一瞬脱力した。怪盗ゆかりんが傘を使って空を飛んできたのだ。建物には人員を配置していなかった。間もなく副署長の命で内部に人間を忍び込ませ、ずん子救出に向かわせた。

空から舞い降りた怪盗ゆかりん。その脇には黒髪の美しい少女、東北ずん子を抱え、危険な遊覧飛行を行った。その少女はうさりんの催眠ガスで眠っており、今は大人しくしていた。そして屋上に降り立ち、建物の際に立って駐車場を見下ろした。そしてうさりんマイクロフォンを通じて、ゆかりんの声が辺りに響いた。
「月の縁に導かれ、華麗に参上!」
右手を前に突き出し、左手を腰に当てて叫ぶ。
「怪盗☆ゆかりん!」
今度は左手を横にピンと伸ばし、右手を添えた腰をくねらせて胸を張ってポーズを決めた。
「私は葛流警察署の副署長、登木田と言います。あなたの目的はなんですか?」
登木田は淡々と自分の職務を遂行している。
「ああ・・・やっぱりそうなっちゃうよね」
とゆかりんはぼそっと呟いたが、登木田の言う事には反応せず、自分の後ろで寝かしつけてあるずん子の気付けをした。
「起きなさい。お昼寝は終わりだよ」
ずん子のもちもちした柔らかい頬をペチペチと叩くと、彼女は眼を覚ました。次に自分が拘束されている事に気が付いた。
「これは・・・?」
ずん子の最後の記憶は、ベランダに現れた黒い服を着た女に誘拐するよと宣言され、あっという間に意識を奪われ、気付けばビルの屋上と言う訳の分からなさだ。
「さあ、立って」
ゆかりんはずん子の背後に立ち、無理矢理彼女を立たせると、後ろで組んで結んである両手首の縄を持って建物の際まで歩かせた。屋上から姿を現したずん子の姿をみて、母親のまき子は卒倒した。もちろん父親も兄も気が気ではない。
「ずん子さーーーん」
母親の悲鳴が屋上のずん子にも届いていた。周りの警察官がこれ以上前に行かないよう制止させられている。そんな姿を見て心を痛めたが、その奥底で不愉快な感情が芽生えていた。
「あなたは、私に何をさせたいんですか?」
ずん子は後ろにいる女に冷静に尋ねた。
「そうだね・・・」
間があったが、ゆかりんは意地悪く言うのである。
「例えるなら、ここから飛び降りる勇気!」
すると、ずん子の背中に体当たりをしてバランスを崩し転びそうになると、身体がビルの真下に落下した。これを見ていた関係者の間からは悲鳴やら叫喚やらが飛び交った。場は騒然としたが、改めてずん子を見ると何者かに掴まれているようだった。うさりんが彼女の首根っこを持ちあげてくれていた。そしてゆかりんによって引き上げられる。
「もうやめてくれーっ!なんでもするから、娘を解放してくれーーーーーーっ!」
ずん子の父、歩【すすむ】が命の限り絶叫した。父の声を聞き、先ほどの母と同じように心を痛めつつ、芽生える不快感が確かに存在した。
「おい!オレを人質にしろ!大事な妹を返しやがれ!」
いつの間にか副署長が所持していたマイクロフォンを奪い取り、兄きり太は言った。ゆかりんはずん子に芽生えつつある感情に、既に気付いていた。
「苦しいんでしょ?」
その一言は、今の彼女の心情を的確に掴む。思わず振り返り女を見やる。
「さあ。言ってごらん。言わないと伝わらないこと。たくさんあるんだよ」
ずん子は女の顔がなんとも安らかな顔をしており、こんなにも深く暖かい慈愛を受けたのは久しい。ずん子は建物の際に立った。ゆかりんはさり気無く、手を縛ってあったロープを解いた。
「お父さん!お母さん!お兄ちゃん!もうやめて!」
うさりんマイクロフォンを通じて、ずん子の声が響く。周りの人間たちは一体何が起こったのかさっぱりわからなかった。だがずん子は続けた。
「みんなの優しさが・・・私には辛いの!重いの!東北家の皆は思い遣りのある良い家族で、私はこのうちに生まれて良かったと思う。でもね。みんな優し過ぎるんだよ。甘過ぎるんだよ。私にとっては・・・プレッシャーだったんだよ!」
地上にいる東北家の三人は、ポカンとずん子を見上げていた。
「みんなが優しくしてくれるから、私は良い子でい続けなければならなかった。進路の事も反抗して、二人の期待外れの高校に行っても全然怒らない。悪いなと思ってやっぱり良い子で・・・問題の無い子でいようとは思ったけど、もう駄目だよ・・・」
ずん子の頬を涙が伝う。
「通学途中で痴漢にあって、誰にも相談出来なくて、外に出られなくなって家に引きこもっても、二人はへらへらしているだけ。余計に言いたい事が言えなくなって、私はどうしたらいいの?それとも私に興味なんてないの?」
「そんなことない!」
兄のマイクロフォンを奪い取ったのは母のまき子だった。
「あなたの事が心配で心配で仕方なかった!でもあなたは何も言ってくれなかったじゃない!」
ずん子はこんなに声を荒げて怒る母の姿を見たのは、多分初めてだ。
「お金はいっぱいあるから不自由の無い生活はさせてあげられるし、あなたの事は昔も今も変わらず愛してる!だけどなんで何も言ってくれないの!」
「怒ってくれないからだよ!」
まき子もずん子が声を荒げて怒るのは、多分初めてだ。頭が良く聞き分けが良かったので、ずん子は本当に手の掛からない子だった。
「愛しているなら、怒ってよ!」
「・・・引きこもってないで、さっさと学校行きなさい!」
傘を差したゆかりんはずん子の脇に立ち、柄をしっかりと持つよう言うと、ひょいとビルから飛び降りた。
「ずん子!」
まき子が叫ぶが、二人はゆっくりと彼女の許へ向かって降りてくるのだった。
「お母さーーん!」
父歩も兄きり太も前に出て来て、降りてくるずん子を迎え入れる。ゆかりんはずん子に地面に着地するタイミングを教え、スリーカウントで手を離すよう伝えた。滑空は地面すれすれまでやってくると、
「ワン、ツー、スリー!」
着地の瞬間ずん子はバランスを崩しそうになるが、上手く立て直して家族の胸に飛び込んでいった。家族は再会を喜び、周りの警察官はそのアットホームな光景に感動していた。一方のゆかりんはずん子離脱と共に上昇したが、距離が足りず一時的にテントの頂部に足を置く事にした。我に返った警察官たちは、頭上に居る彼女を確保しようと取り囲む。テントの中にいる者も外に出てきた。
「怪盗ゆかりん!」
桐生はゆかりんを指さして声高らかに言った。
「私は桐生まなみ。あなたを多数の事件の参考人として、署に来てもらいます!だから降りてきなさい!」
「いやだよ☆」
ゆかりんは桐生に向かって舌を出し、あかんべーをした。
「目的も果たしたし、帰るね。ばいばーい」
ゆかりんはテントの上からジャンプをし、道路に着地するとそのまま走って逃げていった。
「逃がすなっ!追うぞーっ!」
まなみを先頭に多数の警察官たちが、黒い服を着た女を一斉に追いかけ始めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!#8【二次小説】

結月祭(http://com.nicovideo.jp/community/co2095061)なるものを耳にしました。
ニコニコ動画内での企画の様です。
「お!これでマケれば読者ゲットでウマーーーーーwww」

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参加資格
④参加作品は「夏」または「秋」のテーマに関連した物であること。
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知ってるか?この作品は「春」の話なんだぜ?


原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893

作詞・作曲:nami13th(親方P)
http://piapro.jp/nami13th
キャラクターデザイン:宵月秦
http://piapro.jp/setugekka_sin

著作:多賀モトヒロ
http://blogs.yahoo.co.jp/mysterious_summer_night
モンハンの二次小説書いてます。

前回:7.怪盗少女は夜空を舞う
http://piapro.jp/t/SKW9

次回:9.白日の下の乙女たち
http://piapro.jp/t/5tLQ

閲覧数:1,133

投稿日:2013/09/12 00:26:22

文字数:5,727文字

カテゴリ:小説

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