陽の光が窓から差し込み部屋を暖める。暖かい空気と、それから歌がこの部屋には溢れていた。
窓際のベットに一人の老女。その直ぐ傍の椅子に、青年が座っている。
歌は青年の口から紡がれていた。柔らかく澄んだ透明な歌声。爽やかと表される声は老女の耳にとてもよく馴染んでいた。
青年は変わった髪を持っていた。薄く薄く、限りなく薄めた水色。もはや水色とは呼べない程薄いその髪は、陽の光に当たり、時折透明に煌めいた。まるで水が光を反射させたようだ。
青年が僅かに動く度煌めく髪を、老女は愛おしそうに見つめる。普通の人間とは明らかに違う髪色も老女には関係無かった。
歌が終わったのか、声が途切れる。壁にもたれ掛かるようにしていた老女がゆっくりと、静かに手を叩いた。
「流石ね。何時まで経ってもその声は変わらないわ」
「当然ですよ」
老女の言葉に青年が自慢げに返す。相手を労るような優しい声だった。
「次は何を歌います?」
青年は言う。
僅かに悩んだ後、棚の上の木箱に目をやった老女は静かに笑う。しかしその笑いは老女の事をよく知った青年には何か思いついたような表情にしか見えなかった。
「それ、流してちょうだい?」
青年が木箱に手を伸ばす。余り大きくはないそれを膝の上に置いて蓋を開けた。
中から音が流れ出る。アンティークのオルゴールだ。ネジが切れかけなのかやけにゆっくりと音を刻んでいる。
それでも、聞こえる音に老女は嬉しそうにはにかむ。何か思い出しているようだった。
「これに歌詞をつけて歌ってくれる?」
「…即興ですか?」
一度と箱を閉じ、青年が苦い顔をする。
このオルゴールに使われている曲に本来歌詞は無い。オルゴールなのでメロディラインを見失う事はないしそれを歌う事は可能だ。しかし無い歌詞を歌うとなるとまた別の話しになる。しかも即興となると格段に難しい。
それでも老女が頷いたので青年はため息をついてオルゴールのネジを巻きはじめた。
「珍しくリクエストしたと思ったら、無茶言いますね」
青年がぼやく。
不規則に巻かれるネジの音に、老女は愉快そうだった。
「この曲なら、貴方完璧に覚えてるでしょう?昔よく即興で歌っていたじゃない」
言って、老女は目を細める。
昔話でもしましょうか、と呟いた。
再び蓋が開く。半端な所から曲が始まる。
間を置いて青年が言った。
「どうぞ。…いきますよ?」





目が覚めた彼女の第一声は絶叫だった。のちに思うと文句を言いに来る人がいてもおかしくない程の声だったが、昼間だった為か苦情は来なかった。
あまりの声の大きさに、自分の声ながら頭に響く。彼女は明け方近くまで酒を飲んでいて、宿酔い状態だったのだ。
ガンガンと鳴り響く頭を抑えながら、彼女は自身の目を確認する。
なんだこれは。
彼女の視界には人形のような動く人がいた。力一杯動くそれは人形と言うよりも人を小さくしたと言った方が正しそうだ。但し、特殊な髪の色を除けば、だが。
無色とも言える髪の色は目を細めて見ればぎりぎり水色と言えないこともない。動く度に光を反射し、透明に輝いた。
「…何っ、なに、あんた……!?」
寝ぼけているのだろうか。彼女は思う。
アルコールも入っているし、夢を見ているのかもしれない。現実逃避とわかっていても彼女は思い込もうとする。これは夢だと。だが、そう現実から離れようとする思考はあっという間に破られた。
「…マスター?」
喋った。人の言葉を。
彼女の意識が一気に遠くなる。走馬灯のように昨晩の事が思い出された。
ああ、彼氏にフラれたからってやけ酒なんかするんじゃなかった。お陰で私の頭はイカレちゃったわ。やっぱりこの間のダイエットの時にちゃんと酒絶ちしとくんだった。早くネックレスとか指輪とか、あいつに関わるもの捨てなきゃなんないのに。あいつが可愛いって言った洋服とか、お揃いの鞄とか、もう必要ないし。一緒に買った観葉植物も…それは可哀相かな生きてるし。植物といえばあいつがくれたあの怪しい種、あれはどうしよう。けったいな色してたし、名前からして怪しかったし。あれ、なんて言ったっけ。……VOCALOIDのKAITOが生えてくるとか。ああKAITOの種!そうそうKAITOのた…ん?
「KAITOの種!?」
長々と思考の海を漂っていた彼女は突然真実を見つけたかのように小さい人形に食いついた。
目の前で見ると髪の色を除けばKAITOに見えないこともない。むしろ似ている。
「まさか…あんた、ホントにKAITOの種から生まれたの?」
「お、おうよ」
頷かれ、彼女は再び頭痛に襲われる。
彼女はKAITOの種はアイスに植える事で発芽する、そう聞いていた。しかし種を植えた記憶が彼女には全くなかった。ただ、やけ酒をしていた途中から記憶がない。もしかしたらその間に種を植えたのかもしれない。そう考え、何のアイスに植えたのか、彼女は考える。
机の上を見回すと、散乱した酒の缶と一緒に食べていたおつまみやそのゴミが積まれていた。我ながらよくここまで散らかしたものだと思う程だ。乱雑した中からお菓子の容器だけを別けると、その中にプラスチックの容器があるのを発見した。彼女はそれを拾い上げ、確認する。
白いパッケージには“ICE BOX”と書いてあり、数滴の液体が中には入っていた。グレープフルーツの甘い爽やかな香りが鼻をくすぐる。
「まさか…コレ……?」
彼女の声は震えていた。
その他にアイスの容器らしきものは見つからない。
どこか怖い様子に自称種KAITOは少し怯えながら頷いた。
「………確かに、ICEって書いてあるけどさぁ…」
違うでしょ、と彼女は呟く。
実は“ICE BOX”は所謂アイスクリームとは違う。氷のようなものだ。植えた記憶も無い上に氷に植えて生まれるものだろうか。
再び彼女の頭が混乱し始める。
この先どうするのか。はたして本当にこれは現実なのだろうか。
考え過ぎたのか宿酔いの影響か。彼女は頭痛と吐き気を感じたかと思うと、ふっと意識を手放した。





「……宿酔いのせいね、きっと」
老女は一旦区切り、笑いながら言った。
それまでオルゴールに合わせて歌っていた青年が嘆息する。オルゴールの音だけが場に残された。
「考え過ぎですよ。考えるの苦手なんだから」
「そんなことないわよ。貴方をどうやって育てるか、私が悩んでなかったとは言わせないわ」
自信ありげな老女に青年は苦笑した。老女がそれを見て笑う。
膝の上で鳴っているオルゴールを優しく撫で、青年が言った。
「これも散々悩んでましたよね」
青年の言葉に老女がゆっくりと頷く。
懐かしいものを見る目で老女はオルゴールを見る。段々とテンポが遅くなるメロディはネジが後僅かで切れる事がわかる。先程ネジを巻いたばかりだが、思ったより長いこと昔話をしていたらしい。
もう一度ネジを巻いて、青年が話す。
「オルゴールを捨てようとした時、揉めましたよね」
「そうねぇ…懐かしい」
「話して下さいよ」
オルゴールが再び速い音を鳴らす。まるで老女を急かすようだった。
老女は一呼吸置いて、ゆっくり口を開いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

思い出とオルゴール(KAITOの種/亜種注意)

これは作者がKAITOとKAITOの種から生まれた亜種、すなわち種KAITOとの違いを追求した一つの結果です。
思い入れの強い話なので出来るだけじっくり書くつもりです。


KAITOの種本家
http://piapro.jp/content/?id=aa6z5yee9omge6m2&piapro=f87dbd4232bb0160e0ecdc6345bbf786&guid=on


タグ、ありがとうございます。
最後までいい話と言われるようにしっかり書きたいと思います。

閲覧数:171

投稿日:2010/01/19 01:47:39

文字数:2,932文字

カテゴリ:小説

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  • 純チョコ

    純チョコ

    ご意見・ご感想

    どうも、現実逃避に来ました☆←
    いつもと違った感じで楽しみですw

    2010/01/19 21:35:11

    • 霜降り五葉

      霜降り五葉

      コメントありがとうございます。
      確かにいつもと違いますね…。
      ゆっくりになりそうですが期待を裏切らないようなものにしたいです。

      2010/01/19 23:31:42

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