66.ゆすらうめの花 ~白ノ娘、ハクの最終回~

 初夏。緑の国が一年で一番輝く季節。
 ハクは、緑の王都の港に近い、海の見える丘の上にいた。

「ミクさま。ネルちゃん。……来たよ」

 ミクの墓に植えられた木は、美しい若葉を輝かせており、その下に寄り添うネルの墓には、ゆすらうめの樹が植えられていた。ユスラウメは背の低い木であるが、美しい緑の葉をもち、宝石のような真赤な甘い実をつける。
 初夏の今は、無垢な真っ白の花が、ミクの樹の次の季節を担うように、清楚にさわやかに咲き揃っていた。

 ハクは、ならぶ二人の墓にひざまずき、祈りをささげる。その白い髪の頭上に、木漏れ日がきらきらと光を落とした。
 ミクとネルの墓の前には、たくさんの小さな石ころがあった。そのひとつひとつに、花の絵が刻まれている。彫刻家が彫った様な巧みな花もあれば、子供が描いたような幼い筆致の花もある。
 それは、花の少ない季節であっても、花を買えない者であっても、誰もがミクやネルをしのぶことができるよう、いつのまにか広まった風習だった。
 ハクも、小さな白い石をふたつ、ミクとネルの墓にささげた。季節に合わせて、この日はスミレの花を刻んである。平らな石の裏側には、本日の日付が刻まれていた。

 ハクが祈り終え、立ち上がる。ちらりと後ろに視線を送り、続く者に場所を譲った。
 頷いて進み出たのは、緑の港でブリオッシュを焼くリンと、巡り音となって再びこの地に巡ってきた、レンだった。

 ふたりも、ハクと同じように花を彫ったふたつの小石をそれぞれ捧げ、ただ黙ってひざまずいた。

 初夏の風が吹き抜けていく。ミクとネルの墓を囲むのも、同じように美しく芽吹いた緑の木々だ。緑の民のたましいは、死して植えられた木にやどり、やがて海から吹く風にのって旅立っていくといわれている。

 やがて、黄の民のふたりも立ちあがる。ふりかえり、じっと見つめていたハクと向き合った。
 しばらく、ハクと、かつて黄の民の王であった二人は無言で向き合う。風だけが、どこまでも爽やかに吹き過ぎて行った。

「……どんなに」

 最初に口を開いたのは、ハクだった。

「どんなに時が経っても、あなたたちがどんなに謝っても、償っても、私はあなたたちを赦さない。
 ……あなたたちに、事情があったことは解る。でも、ミクさまとネルちゃん、大事なふたりを失った私が、あなたたちを心から許すことは……一生、無いでしょう」

 ハクの静かな言葉に、リンも、レンもただ黙ってうなずいた。

「……覚悟、していたわ」

 リンが、口を開いた。

「わたしは、悪になると誓ったから」
「僕も、悪になると誓ったから」

 二人の声は、ユニゾンしてハクの耳を掠め、海へと飛ばされていく。
 
「ハクが許す必要はないわ。それでいい。わたしたちは、黄の民の王だった。
 わたしたちを、好きなだけ恨んでいい。
 そして、あなたは……いえ、あなたも。どうか、強く生きて」
 そう告げて、リンはハクに背を向けた。小さな背中が、しっかりとした足取りで美しい墓地の丘を降りていく。レンは、ハクの隣で、リンの姿をじっと見送っている。
 
「……彼女と一緒に居なくて良いの? 次はいつこの町にくるか分からないでしょう?」
 ハクがそう言うと巡り音の彼は静かに微笑んだ。
「いいんだ。これで。……リンは緑の港のこの街で、巡る人々を見ている。俺は、世界を巡りながら、人々を見ている。
 リンと俺は、同じ風を吸って生きているから、それでいい」
「そう」
 ハクの表情が束の間俯く。風が白い髪を揺らし、彼女の表情を隠した。

「じゃ、俺も、これで」

 巡り音の彼も歩き出した。このまま次の町を目指すつもりでいたのか、楽器と荷物の全てを担いで来ていたようだ。

「……留、輝」

 ハクが、巡り音としての彼の名を呼んだ。
 桃色の髪の姿が、ふと彼女を振り返った。
 ハクが顔を上げていた。す、と強く、息を吸う音がした。

「あの海辺で! 止めてくれて、ありがとう……!」

 彼はその緑の瞳をやや伏せて頷き、そして向き直って歩きだした。
 その背に背負った楽器が、風に弾かれてポロンと鳴った。

 ふたりを見送ったハクの目に、やがて涙があふれ始める。潮風に飛ばされ、海へと還っていく。
 ハクは、再びミクとネルの墓に向き直った。

「ミクさま。ネルちゃん。私、生きるわ!」

 ハクははっきりと力強く宣言した。

「私、ミクさまの遺言を果たすまで、生きます。……ミクさま、おっしゃいましたよね。『いつか、生きていてよかった、って言って頂戴』と」

 ハクの頬が涙にぬれる。湿り気を含んだ喉に、潮風が甘い。

「……私、まだ、生きていてよかったなんて思えません。この世はつらいことが多すぎます。だから……いつか、ミクさまの遺言を、果たせる日がくるまで、生きていこうと思います」

 そして。
 ハクは、笑った。
 この五年で、ハクのはるか頭上に育った、ミクの樹の梢にむかって笑った。

「ふふ。ネルちゃん。……私、長生き出来そうな気がするわ!」

 皮肉な物言いを、きっとミクは気に入ってくれるだろう。ネルは、ハクのくせに生意気だと笑ってくれるだろう。
 口の端を上げ、顔を上げ、ハクはミクとネルの墓に背を向けた。

 丘を降りていくハクと、幾人かの人がすれ違った。
 季節は初夏。緑の国で、もっとも花の多い季節だ。小石をたがいに見せびらかしながら丘を駆け上がっていく子供たちがいる。花を抱えた大人がつづく。道端の花を丁寧に束ねてきた少女もいる。

「……ピクニック日和ね」

 ハクの視線が道の先に向かう。緑の梢のトンネルを抜けたなら、そこは海辺の賑やかな港だ。そして、そのさらに先に、ハクの生きる街がある。

 道がついに開けた。
 葉擦れの音に覆われていた耳が、昼間の街のにぎわいの中に解き放たれた。
 青い空と青い海が目の前に開け、甘く潮辛い風が鼻腔に吹き抜けた。

 夏の月の、第一日目。

 ハクの真白な髪が、青の世界を行く船の帆のように映えてたなびく。
 風に向かい、顔を上げて進む、かつての少女、ハク。
 成長したその強い表情に、ユスラウメの白い花びらがひとひら、その頬をかすめていった。



おわり!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 66.ゆすらうめの花 ~白ノ娘、ハクの最終回~

ネル「ええっ!ユスラウメを知らない、ですって?!」
ハク「……私も、ここで知った」
ネル「ぐぐるのよ!今すぐぐーぐる先生に画像で質問よ!カタカナ変換めんどくさいと言うひとは、下の言葉をコピー&ペーストしていいから!」

ゆすらうめ

ハク「……ひらがな」

ユスラウメ
Prunus tomentosa
山桜桃梅

ネル「これでどうよッ!」
ハク「文句のつけようがないね(」
ネル「かっこの後に何しようとした?!笑うな!」

ネル「さあっ、猫も杓子も画像検索して、あたしのように清楚で上品な花と、綺麗で甘酸っぱい真っ赤なルビーのような実を堪能するのよッ!」
ハク「(味は画像じゃ堪能できない……)」
ネル「味は、公園とか誰かの庭とかでッ!」
ハク「(ヒョウタンボクとまちがえちゃだめだよ。死ぬよ)」

ネル「あ、まだ言いたいことがあるの?」
ハク「うん。ネルちゃんみたいに、強い木だよって」
ネル「……!」
ハク「それと、花言葉が、なかなか良いよ」
ネル「……偶然よ、偶然!」

ハク「(輝きと郷愁が、ミクさまとともに。……ネルちゃん。これを植えた人に、愛されているね)」


すべての悲劇と輝きの始まりは此方↓

悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ娘・悪ノ召使二次・小説】 1.リン王女
http://piapro.jp/content/f4w4slkbkcy9mohk

歌詞引用(悪のシリーズ。最大の感謝を捧げます)
http://piapro.jp/content/f07u8pi6jsqleo6y
http://piapro.jp/content/p8t2upfd9t13m825
http://piapro.jp/content/w56a388f6o7fchjt










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投稿日:2011/03/19 23:53:38

文字数:2,610文字

カテゴリ:小説

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  • wanita

    wanita

    コメントのお返し

    >azurさま

    長い物語にお付き合いいただき、ありがとうございました!
    無事に、作中の双子に、新しい人生を手渡してやることが出来てよかったです。

    >重いエピソードもありながら読後感に後味の悪さがないのは、道半ばに死んでいった者は何かを残し、生き残った者は皆何かを掴んだラストであったからだと思います。
    そうか!言われてみれば……!ミクも諸侯たちも、ネルも、その死はそれぞれ誰かの心をえぐって行きましたが、ミクは少女リンを本物の王の道へと推し進め、ホルストの死はメイコを革命へと導き、ネルはあのハクに「生きたい」と言わしめ……今生きているメイコやリンやレン、ハクは、確かにかれらから何かを受け取っていますね。
    今回、物語の登場人物は、ごく自然に今の状態に導かれました。こういう終わり方、すごく好きなんです。どんなに辛くても、最後にふわりと光を見せて終わらせる着地です。 もしかしたら、私も、これまで出会った誰かから何かを知らずに受け取っていて、このようなラストにたどり着いたのかもしれません。

    そしてやっぱりルキは……いいですよ!深い声、やわらかなシルエット。かつ、旅人!
    ふわりと微笑む桜色のスナフキンです^^*
    でも、一生ルカさんには頭が上がらないでしょうね。ルカとルキ、ふたりの道中は、文字で語ることが出来ないほど……痛くて笑える日々だったと想像しています。
    かれの「穏やかな微笑み」の舞台裏は、リンにいえないような恥ずかしい場面もたくさんあると、こちらも脳内花畑が満開です。「あの時死んどきゃ良かったッ!!」と楽器を抱えて何度も突っ伏し、かつてのレン君は素敵な大人になりました♪

    それでは、最後に、作中で繰り返した大切なメッセージをもう一度。
    「ブリオッシュは、不味い!!!」
    本当に影の主役だったと思います☆謝辞を捧げるならば、ここまでお付き合いいただいた皆様と、胡桃餡と生地をねじってまとめたブリオッシュを売り出した近所のスーパー内のパン屋に捧げたいと思います。……この「ちゃんとおいしいブリオッシュ」がなければリンはあそこまで立ち直らなかったことでしょう!
    では!本当に、最後までおいしいメッセージをありがとうございました。また次回作でお会いできたら嬉しいです!

    2011/04/07 00:56:17

  • wanita

    wanita

    コメントのお返し

    >零奈さま

    最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
    途中途中のコメントで、とても励まされました。おかげさまで、なんとかここまでたどり着きました。もう、心情としては、遠くからずっと見ていた富士山の山頂にやっとたどり着いた、みたいな……ずっと前から見えていた場所に、やっとたどり着いた、そんな山頂の新鮮な空気を味わう気持ちでおります☆

     レンの生存を喜んでいただけて、本当に良かったです!!
    これが一番、どうしようかと思ったところでした。私の物語では、メイコは、リンレン二人とずっと付き合ってきました。だからどうしても、入れ替わりに気づかないことはありえないし、レンをそのまま殺すような人間には出来なかったのです。
     リンは女王として大儀を示して死ぬことを受け入れましたが、平民メイコはそうではなかった。これが大人の胆力であり、這いずり回って生きる、民衆主体の新しい時代だ!……という気持ちで書きました。

    ……税金の話は、予算編成をするために各地の代表を集めたところで、きっとメイコなら皆に情報を公開してくれると思います。ご安心ください☆王宮でずっと諸侯らとつきあってきたメイコなので、リンが「ブリオッシュ発言」をしたときに「あーもうなんて不器用な!」という心の叫びが「馬鹿野郎」発言につながってしまったというあたりです。

    リンは、今後は着々と人生を進めていけそうな気配がしますが、危険なのはメイコだと思います。青の国でリンを補佐したり、革命を成し遂げたり、政治の生命線である、情報をもつルカを仲間に引き入れたりと、デキる女なメイコですが、レンを逃がしたり、ホルストの死から一月近く立ち直れなかったり、「理性的な判断を下すけれども、行動が情に流される」あたり……その甘さが、意見が対立した者、もしくは諸侯の家族に暗殺される末路が待っていそうで怖いです^^;
    まあそのときは、きっと平民となったリンと情報屋になったレンがうまく助けてくれると信じましょう!きっとハクも、教会にかくまってくれるかも。

    では、また次の物語でお会いできたら嬉しいです!

    2011/04/07 00:10:38

  • wanita

    wanita

    コメントのお返し

    >sunny_mさま

    長い物語に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

    私はいつも物語を書くときに、自分がこれまで取材してきた人生や体験を下敷きにして物語をつづっています。だから、小説に現れる物語は、私の過去であり、また、こうありたいという将来の自分への願いでもあります。今回の主人公はリンであり、その心は「悪ノ娘と呼ばれた娘」であり、また「悪ノ娘と呼ばれることを受け入れようと気張った娘」であります。

    誰もが正しいと思えるような大義名分をかざし、どこまでもまっすぐに突き進んだ彼女は、正しいことをしながらも人を不幸にしていく存在でした。周囲の人々も、不幸に巻き込まれながらも彼女を受け入れたからこそ、この「悪ノ」の世界が出来上がったのだと思います。
    自分で行き先を決め、自分で舵をとり、世間と人生という波と死闘を繰り広げる大海原に乗り出すのは本当にしんどいですが、しっかり歩き始めたリンを、作中のメイコやルカのように、sunny_mさまがちゃんと見ていてくれて、彼女は幸せ者だと思います。

     ラストで、リンは、ハクに恨まれながらもハクとの関係を続け、レンはリンと離れて広い視野を得て人の情を知り、そして弱くて不完全な大人たちが懸命にその彼らを見守り、ハクはさまざまな思いにさらされながらも強く生きることを選びました。
    このような最終回に、無事に着地したことを、私自身幸せに思います。これからも私は、子供組、大人組含め、この物語の登場人物の心情をがばりと抱えて暮らしていきます。
     また、良い取材が出来たころに、新しい物語でお会いできればと思います!

    2011/04/06 23:45:25

  • azur@低空飛行中

    azur@低空飛行中

    ご意見・ご感想

    遅ればせながら完結お疲れ様でした!
    ラストまで一気に読ませていただきました!
    作中多くの死があり全てが大円団の終わりではないですが、描かれた全ての人たちの立場、考え方、想いがたくさん詰め込まれた大作、本当にお疲れ様でした。
    重いエピソードもありながら読後感に後味の悪さがないのは、道半ばに死んでいった者は何かを残し、生き残った者は皆何かを掴んだラストであったからだと思います。

    革命後、笑顔を取り戻した黄の国の人々の中で、それが「幸せ」であるはずの自分がちっとも「幸せ」でないと気づくリンですが、「幸せ」「不幸せ」というのは曖昧で、時に自分ですら捉えるのが難しいものですね。
    誰も彼もの幸せを願いながら、その中に自分だけが含まれていなかったリン王女ですが、一人の少女としてのリンちゃんは自分自身を核として大切な人たちと一緒の幸せを掴んでもらえたらなと思います。

    それにしても、見事に「ルキ」には騙され・・・・・・!
    ふふふ、声変わりした青年バージョンの彼は、さぞかしイイ男になってるんだろうなー・・・・・・なんて脳内お花畑で悦に入ってただなんてそんなことww
    きっと「命懸け」で生かされた自分の命の重さを大事に出来る、懐の深い男に育ってくれることでしょうvいかん、やたら彼に夢見てしまう……w

    最後の最後まで活躍した、影の立役者ブリオッシュにも拍手をば。
    おやつが自作できないお菓子作りゼロスキルな私は、謹んでパン屋さんで買わせて頂きますw←

    最後まで歪みない筆力で読ませていただきました!
    お腹いっぱいになれる見事な作品をありがとうございました!

    2011/03/23 18:36:11

    • wanita

      wanita

      メッセージありがとうございます!
      お返事が遅くなってごめんなさい☆引っ越しが完了したので、デスクトップを設営して、じっくり返信を書かせて頂きます(^-^)
      わにた版悪ノを応援していただいて、ありがとうございました! …すごく幸せです♪

      2011/04/02 18:03:07

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