「カ―イ―ト―」
「起きないね。蹴ってみる?」
「いえここは落書きでしょう…ほら油性マジック」
「!?」
頭上で交わされるかなり不穏な会話に、俺は急いで体を起こした。
聞き覚えのある声。
でも待った、ちょっと待った。あの子たちはこんな会話しない!
目を開いた俺の目に飛び込んだのは、声から判断した双子の姿。金髪碧眼の良く似た顔付き。
ただし、その服装は。
「あらまぁ起きちゃったわ、残念」
「空気読んで欲しいね―」
「…あれ?」
いつもの服とはだいぶ違う服装に俺は眼を瞬かせる。
上等な生地を使った上着を羽織るレン。なんだかんだ言って、俺も何やら上等な服を着ている。
それを見て「ああ、ここは悪ノPの世界か」なんて事を理解した。感じたというより理解した。
何でか分かるものなんだよな、そういうのって。
まあ、とりあえず俺もレンも中世の服を着ている。
なのに。
…なのに何故かリンの服はどこかで見たことのあるメイド服。
これ、確かツインテールがお気に入りなメイド星出身のリンの服装だった気がする。とりあえず赤タータンチェックはイイと思う。…って俺は何を現実逃避しているんだ?
くるり、とリンがレンを振り返るために体を回す。それに合わせてツインテールに結ばれた赤いタータンチェックのリボンがひらりと翻った。
…悪ノ娘って、メイド服だっけ?
いいえ、違います。(反語的表現)
「リン、その服装、何?」
「何って、プリンセスメイドの服だけど」
「ああやっぱりメイド星の…って待った、Pから絵師から全部違うのに!?」
ぎょっとして目を見開く俺の前でリンは両腕を組む。その仕草はメイドというより女王や王女を思わせる、高慢にも見える自信で満ち溢れている。最も、代表作が「悪ノ娘」である以上当然なんだろうけれど。
でもそうなら、何故メイド服を…
ぐるぐるする俺の横の方でレンが口を開く。
「リンに似合うんだからいいじゃん」
レン、せめてお菓子を食べるのは身体を起こしてにして欲しい。
こら、ソファーに腹ばいになったままで物を食べたらぼろぼろ零してしまうだろう!その上「笑っていいかも!」の森田さんをガン見しながらそんな事を言われても、説得力が皆無に近いことには気付いているんだろうか。
しかし、リンにはそれでも良かったらしい。
「ほら見なさい。それにそもそもこの服装はおかしいところなんてないわ。何と言っても今の私は、性格の悪いプリンセスメイドだからよ」
「何故混ぜた!」
確かに性格の悪いメイドと傲慢な王女と、リンにはどちらのステータスもある。
でも何故混ぜる!普通共存しないだろう、それ!
その勢いのまま、今度はレンの方にもツッコミを入れる。
「あとレン、何でそんなぐだぐだしているんだ!召使ってもっとこうきびきびしているものじゃないのか?」
「いや召使っつっても僕も人間なんでオンオフあるんですけど。それに僕の主はリンなので、他の人は眼中にないっていうか、端的に言うとどうでもいいっていうか…ってあー、そんな事話してたせいで次のゲストが誰か見逃しちゃったよ…使えないな、箱だけハーゲンダッツ」
へ?
俺は思わず問い返す。
「え、レン、…箱だけハーゲンダッツって何?」
響きとしては何やら物悲しい感じがする。
でも何の話か全然分からない。
首を傾げる俺の方には目線すら向けず、ぽりぽりいもけんぴを噛み砕きながらレンは言った。
「つまりうどの大木」
思わず固まる俺。
石化した俺をちらりと見てレンはまた「笑っていいかも!」に目をやる。
もう終わりだろその番組、お願いだからテレビの中の森田さんじゃなくて現実世界の俺に気を配ってください。
「あ、サーセン。僕口の悪い召使なんで許してください」
「完全に反省してない!あとレン、正しくは『頭の悪い召使』だろう!?」
「うわあ細かい…細かい男はモテないよ」
「こらレン、見て分かることを口に出しちゃ駄目よ。相手が傷付くでしょう?」
何このイジメ。
相手をフォローしているように見せつつ的確に傷を刔って来るあたり、プロの匂いを感じる。
しかし本当にこの二人は性格悪いな!本来のあの献身的な召使とか、わがままだけど可愛い王女はどこ行った!
半泣きになって、俺はWALKMENのイヤホンを耳に入れた。こうなったら原曲を聴いて癒されるしかない。
しかし、そのイヤホンはすぐさま俺の耳からもぎ取られた。
乱暴すぎです女王様、違った王女様!
「ちょっと貴方何現実逃避してるのよ、そんなんだからいつまでたってもヘタレなのよ!」
「リン、リン、それレンへのセリフだから。そしてP違うから」
「僕がヘタレ?へえ、イケレン界一番手の悪ノ召使によくそういう事言えるよね」
ぽい、といもけんぴの袋を放り投げ、レンが立ち上がる。
なぜかその目が剣呑なのが…怖いですレンさん。
かつかつ、硬い足音を立ててレンがリンの隣りに立つ。背が俺より低いはずなのに何故か見下すような立ち姿、隣のリンと全く同じ立ち姿と全く同じ軽蔑したような視線が非常に痛い。
なんというか、さすが双子。二人合わさるとその威力は二倍ではなく二乗、恐ろしいことこの上ない。
ちら、とレンがリンを見る。ちら、とリンもレンを見る。
なんて恐ろし、じゃなかった素晴らしい双子の意思疎通能力。
「このアイス男、ちょっと自覚が足りないみたいね」
「よしリン、虐めてあげようか」
「そうね、ある業界ではご褒美なんでしょう?喜びなさい」
「待って待って待って待って」
「「だが断る」」
うふふ、と笑うリンの笑顔が怖い。これは明らかに、獲物を見つけた肉食獣の笑みだ。
「そういえばカイトさん、今回の貴方の新曲は随分衝撃的だったわね?」
「うん、僕初めて聞いた時に爆笑しちゃったよ。ポップなビートに乗せた金の歌」
「なんだったかしら。『つべこべ言わずに金を出せ』?」
「まるで銀行強盗の台詞だね」
「あらでも私だって余裕で言えるのに、『金ならあるわ』」
「おおっ、王女カッコイイ!」
うわ、すごい勢いで捏造されている!
怖い、文脈を読めない子供怖い…!リンさんレンさん、設定とかちゃんと読んでますか!
「違う!それ随分違う!俺はそんな…」
でも、いくら声を張り上げたところで結局多勢に無勢。まだまだ可愛いその顔を寄せ合いながら、天使のような双子は悪魔のような囁きを続ける。
なんで外見と中身が一致していないんだ、おかしい…この世界に神はいないのか!?
「あの―…」
不意に掛けられた、低く柔らかい声。
驚いてそちらに目をやると、いつからそこにいたと言うのか、がくぽが静かに佇んでいた。
なんだか、いつもと違って丸いというか、大人しいというか…
振り向いた俺を見て、がくぽは静かに笑顔を作った。
「おやカビアイスさん」
えええええええええ―――
「まさかそれ俺の事!?がくぽ酷くないか!?」
「がくぽ?」
紫の髪をさらりと靡かせ、がくぽは不思議そうに目を瞬かせた。
「私はがくマニアという名前ですが」
…
……
「おかしいにも限度があるだろう――――!!」
ばん!と音を立て、俺は机に両手を叩き付けた。結構痛い、でもその位しないとこの溢れそうな感情を抑えることが出来なかったのだから仕方ない。
がくマニアって何だがくマニアって!名前としてアウトなレベルじゃないのか、それ!何故混ぜた、何故…っ!
「…お気に障ることをしてしまいましたか」
「い、いやいやがく…マニアさんが何かしたというわけではなく」
気弱そうにも見える困り顔を見て、あわててフォローの言葉を入れる。
が、俺の考えは甘かった。
「私がイケメンだからお気に障ったんですね、済みません」
…ん?
「でもイケメンなのは私にはどうしようもないんです。女性にモテるのもわたしのせいではないんです」
「いやいやいやいや、自慢か!?低姿勢と見せかけて自慢なのか!?何だお前、大体ヴェノマニア公ってそういうキャラじゃないだろう!」
「それはまあ、私はがくマニアですから」
「パチモン注意――――――!」
そういうフラグか!そういうフラグなのか!「実在するヴェノマニア公とは関係ありません」って言うための伏線か!…意味ないからそれ!
頭を抱えて絶叫する俺の前で、がくぽは至極冷静に頬に手を当てた。
なんでそんな可愛い女の子みたいな仕草をするんだ。
やめてくれ、俺の中の神威がくぽの姿が音を立てて崩れていく…
「イケメンですみません…でも残念ながら、私、男性には興味なくて」
「大丈夫、俺も興味ありません!」
「うわぁ全力だね」
「疚しいところがあるのよ、きっと」
「こらそこ二人、変な事言わない!」
「えっいきなりキレた…これが現代の社会の闇、キレる大人かしら」
「キレる大人っていうと、なんか裂けるチーズの仲間みたいだね。あ、リン、今日のおやつはチーズタルトだから」
「やったぁ!今日はストレートティーが良いわ」
聞いちゃいない!
余りのもどかしさにぬああ、と呻く俺。
暫く煩悶していると、リンが軽く溜息を吐いた。
メイド服をひらひらさせながら、王女らしい仕草でがくマニアに手を伸ばす。
「とまあ冗談はこのくらいにして、今日はそんなヘタレ砂糖水のためにイケメンマニアが色々縁談を持ってきてくれたのよね?」
「はい、まあ私の知り合いばかりですが」
ついに俺の呼び名がメルトした。
というかいつそんな相談をしたんだろう。
いらんお世話だ…と言い切れたらよかったんだけど…
いや、でもここは正直に言おう。興味があるか無いかで言われれば、どんな人が紹介されるのかちょっと興味があった。
がくマニアが、手に持っていた三枚の写真をリンに手渡す。そのうちから適当に一枚選び、レンがニヤニヤしながら開いてみせた。
「ではご紹介します!一番♪略奪愛が常套手段、ヤンデレ系のプリンセス♪ルカヨさん!」
さりげなくメイドの星を替え歌している辺り、確信犯としか思えない。
「特技は斬鉄剣、でなくて斬鉄鋏。布だけでなく肉をも切り裂く驚異の切れ味です。浮気の際は覚悟してね♪」
「確実に死亡フラグをありがとうございます!」
浮気じゃなくても刺されそうなのが、刺激的な生活を予感させます。
「二番、地球の美化に役立つ期待の赤い彗星、究極の健啖家であるメイコンチータ様!」
「何その紹介文!」
確かに彼女は何でも食べるし体もかなり丈夫みたいだけど、その発想はなかった!
地球の美化…でも冷静に考えればそれも正しいかもしれない。
地球人類が全てメイコの、じゃなかったメイコンチータ様のようになれば、地球も浄化でき…
…ないない。
何で俺、今一瞬流されそうになったんだ?
というかこれも確実に俺の死亡フラグですね、彼女にしたとしてもいずれ俺がメイコンチータ様の胃の中に納まることは請け合います。
「三番、つい先日『カイトきらいのうた』で衝撃のデビュー、超弱音シンデレラのハクラリス!」
「それもP違うから!俺トマト扱いですか!?」
「本人曰く『調子に乗らないでくださいミクさんを攫って行かれたあの事を私はまだ覚えていますちょっと王子だからって好き勝手するとか何様ですかハイハイツマンネツマンネ、ウ―ツ―マンネ』…えー、ここまでワンブレスです」
「それ明らかに俺を嫌ってるよね、何で紹介しようとしてるの!」
もうなんか文脈とか世界観とかが破たんしているのは気にしない。
今はただ必死で拒否をする、それだけだ。変に気を抜いて「いいね」とか言った瞬間に理不尽な感じで縁談を纏められそうな気がする。でもって、この三人と話を付けられたりしたら俺の明日は真っ暗だ。
全身に冷や汗をかきながら力説する俺に、人の話を聞かない三人組は何故か憐れむような視線を向けて来た。
「ああもうあれも駄目これも駄目…わがままねえ」
「王女に負けないくらいわがままですね―」
「カイトさん、大人でしょう?わがままはいけませんよ」
「俺ですか!?悪いのは俺ですか!?」
「「「当然」」」
「…お、お前らぁ…!」
わなわな、と体が震える。
抑えろ、俺は大人だ…そんな自己暗示も虚しく、頭の容量が沸点を超える。
「原作者に謝れぇええぇっ!!」
私ことGUMIとミクちゃんは、賑やかなその様子をモニターで眺めながらお茶を飲んでいた。
カイトさんがかなり頑張っているようだけど、もう苦笑いしか出ない。これでカイトさんが「強欲」の性格だったらどうなっていたんだろう…もしかしたら逆に上手いこと付き合えたのかもしれないけど。
「ミクさんは行かなくて良いんですか?」
部屋の騒ぎを耳で聞きながら、私はミクさんに目をやった。直接出番の無い私と違ってミクさんには役目がいくつかあるんだから、この輪の中に混ざった方がいいんじゃないか、と思ったのだけど…
何故かミクさんは微妙な笑顔を浮かべて目線を逸らした。
「…回避力に定評のある初音ミクを目指したいと思って」
微妙な沈黙が満ちる。
数秒の沈黙。
そして、私も、神妙な顔で頷いた。
「…レン君の回避力は見習いたいですね」
「…いいよね、レン君の立ち位置…」
それから先、私たちは複雑な思いを胸に、無言でモニターを見詰めていた。
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ブクマつながり
もっと見る・あくまで二次創作です
・初めに謝っておきます。すみません。
・正確には「リン」「レン」ではないのでしょうが、その辺は見逃してください。
Q.さあ、犯人はだあれ?
A.知るか。
<お願いだから、ナゾ解いて!>
ん?
僕は目をしばたたいた。
気のせいかな。なんか今、あるまじき発言が聞こえた...お願いだから、ナゾ解いて!
翔破
その時のルカの様子を、メイコもカイトもハッキリ覚えている。
目を大きく見開いて、口を引き結んで押し黙ったまま、まるで彼女だけ時が止まったかのように硬直して、じっと目の前にいる人物を凝視していた。
それはほんの数秒のことだったろうけど、突然の不自然な沈黙はその場にいた全員を妙な静けさで満...【ぽルカ】 あなたのことが好きです。ウソです。
ねこかん
「大丈夫、僕らは双子だよ…きっと誰にもわからないさ」
<どこかで間違えた召使>
リンをなんとか送り出し、僕は一つ息をついた。
よし、これであとはカイトさん達を待つだけだ。
「…ん?」
なんとなく鏡を見て、そこで僕は首を捻った。
…やっぱり、素のままっていうのはまずいかもしれない。
ちょっと...どこかで間違えた召使
翔破
――静かになった部屋の中 拍手を送る謎の影
『今宵は良い舞台でした…』 手紙を拾って泣いていた――
ごめんなさい。
ごめんなさい。
せっかくの舞台が壊れてしまったの。
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キョン子
「――あいしてる」
あの夜、優しく囁いてくれた彼の腕の中で、涙を堪えるのが大変だったのを覚えている。
眼差しも大きな掌も広い胸も彼の香りも、貰ったプレゼントも、その言葉も。その全てが私を包んで、満たしてくれた。
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カイトが傍に居てくれることを心から感謝した。
...【カイメイ】Happy Happy Birthday
キョン子
孤独な科学者に 作られたロボット
―――「良いかいリン。一つだけ、覚えておいてほしい言葉があるんだ」
出来栄えを言うなら
―――「はい、ハカセ」
…奇跡
―――「リア充爆発しろ」
<私の理解を越えている>
「ハカセ。意味がわかりません。リアジュウとは爆発物なのですか。不安定な物質なの...私の理解を超えている
翔破
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ご意見・ご感想
さくら
ご意見・ご感想
悪ノ王国買いました☆
ちゃんと予約して!!!
面白かったですw
レンの立ち位置いいなwww
文才がほしいですw
2011/01/14 22:10:06
翔破
コメントありがとうございます!
予約しましたか!ですよね、特典がおいしすぎでしたからね、今回!
私は気付いた時には既に予約開始から一月位経っていたので諦めました…不覚
小説が面白かったなら幸いです。
私は数あるレンの中でも、悪ノレンは回避率に定評があると思います。
私も文才欲しいです…
2011/01/15 19:12:12
翔破
コメントのお返し
リライさん!メッセージありが…って、えええええ!?
クラスって何ですか、クラスって!どうしてそうなった…
「そうかTSUTAYA限定版か、いいなー」なんて何の気なしにコメントを読んでいたら度肝を抜かれました。
?(^o^)/<クラス…だと…!
嬉しいですが、果たしてそれでいいのか…うわああ精進します、ありがとうございます。
そしてどうか今後もよろしくお願いします!
2011/01/11 19:36:22