レンの一人部屋の準備は、ちゃくちゃくと進んでいた。どんどんと物がなくなるたび、憂鬱になる。
そんななか、舞踏会の日がやってきた。
舞踏会の会場は、まばゆいシャンデリアが輝いている。
会場についてすぐ、両親はリンとレンを置いて、二人で踊りにいってしまった。
「先にご飯食べたい。」
「もー。いっつもレンはそうだよね。会場着いたらご飯ご飯って」
ぐちぐち言いつつも、リンも一緒にバイキングから食べ物をとる。
その最中、レンに付き合って一緒にご飯を食べなくてもいいことに気が付いた。今日もレンが自分と踊るとは限らないではないか。
その考えに至り、少し沈んでいたら、向こうから、同じクラスの女の子たちがやってきた。
「レン君!踊る相手いるの?いないんだったら、一緒に踊ってほしいんだけど……」
「ごめんね。相手はもういるんだ。」
「そっかぁ……わかった。じゃあ、お互い楽しもうね」
そういって、女の子たちは去っていく。
――レンって、ほんとに人気があるんだ……
沈んでいたところに追い打ちがかかる。金槌で胸を叩かれたように苦しい。
「どうしたの?」
「え?」
「なんか暗い。具合悪い?」
「全然!そんなことないよ!あ、レンの取ってるそれも美味しそうだね!私も取ろうかな!」
いつもより努めて明るい声を出す。せっかくの舞踏会だし、レンに心配を掛けたくない。
「……うーん。そろそろ、踊ろうか?」
「え?」
「結構食べたし。」
そう言って、レンは皿を近くに通りかかったウェイトレスに渡すと、右手を差し出した。
「踊ってくれますか?お姫様」
「レン……。私と、踊ってくれるの?」
「約束したじゃん。ずっと一緒に踊るって。」
もう、レンは忘れているかと思っていた。覚えているのは自分だけだと。
初めて舞踏会に行った夜にした約束。とても大事にしてる約束。
レンも覚えていてくれたなんて。
「レン、よろこんで…」
そういって、リンはレンの右手に左手を乗せる。
瞬間、リンは驚き、戸惑った。
大きい。
大きくて、筋張ってて、少し汗ばんでて冷たい。まるで自分の手とは違う。
これは……誰の手?
「リン?」
レンが怪訝そうな顔で見つめてくるのに気付いて、なんでもないよ。と微笑んだ。
ダンスホールまで出ていって、音楽に合わせて二人で踊る。
最後に一緒に踊ったのは10歳の時。あの頃、レンは全然踊れてなくて、何度も自分の足を踏んでいたのに。
今日は一度も踏まない。
自分を抱く腕は力強く、固い胸板。高いとはいえ、殆ど変わらないと思っていた背丈は、ヒールを履いているのに届かない。
「リン、疲れた?少し休もうか?」
耳元に囁くのは低い声。
「うん、ちょっと…休む」
なんとか口にして、ホールの端にあるバイキングに戻ってきた。
「取ってきてあげるから、テーブルのとこ座ってなよ」
話しかけてきた顔は、よくみたら自分と全然違う。
今のは、誰の顔?
これが、鏡で自分をみているかのようだった、あのレンなのだろうか。
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