山の頂にたたずむ、炎に包まれた双角の巨人。
もともとは赤い髪をした少女。呪音キク。
炎に埋め尽くされた大地。
テロリスト。
だが、それを確認できたのもほんの一瞬だった。
「伏せろッ!!!」
不意に背後でタイトが叫んだ。
次の瞬間、巨人は炎そのものになり、俺達を取り囲む大軍団の中に突入し、大爆発を起こした。
瞬く間に大地が朱に埋め尽くされ、灼熱の熱風が襲い掛かった。
「ウワッ・・・・・・!!」
瞬時に地に伏せ、俺は静かに顔を上げた。
炎に包まれた場所には敵の姿はなく、黒焦げになったABLの残骸が無残に転がっていた。
それを取り囲む兵士たちは、銃口を向けたまま静止した。
炎の合間から、彼女の姿が見える。
白と赤の入り混じった、コンバットスーツ。ミクのものとは違う。
両手には、背丈以上もある大剣。
赤く輝く瞳。
彼女の全身からは炎のように揺らぐオーラが放出され、髪は生き物が蠢く様に揺らいでいる。
「なんだ・・・・・・あれは・・・・・・。」
彼女から放出されるオーラが、彼女の背後に巨大な人影を作っていた。
全身を覆う鱗のような甲殻に、頭部にある二本の突起。
それはまさに、超常現象とでも呼ぶに相応しい光景だ。
あれは、彼女の何なのか?
唖然とその姿に見とれていると、彼女の大剣が一気に、燃え上がる炎剣が形成され、同時に彼女の姿が赤い残像となり兵士の大群に巨大な刃を振り下ろした。
同時に、炎の巨人も両手にある大剣を振るう。
「ヌゥオォォエアァァッッッ!!!」
兵士達はなす術もなく巨大な灼熱の刃に押しつぶされ、跡形もなく灰となった。
生き残った兵士とABLが必死の攻撃を開始したが、瞬時に彼女は両手の大剣を手の内で高速回転させ、銃弾、爆弾の全ては炎上網の中で塵となった。
銃声が途絶えると、狂気の咆哮が森中に響き渡り、炎剣が水平に薙ぎ払われ、何もかもが焼き尽くされ塵と化していく。
彼女は小枝の如く巨大な炎剣を振りかざし、襲い来る弾丸を全て無力化した後、その業火で全てを焼き払った。
遂に敵の姿が見えなくなったが、次の瞬間、林の中から数十発のロケットが白煙を引いて彼女に襲い掛かった。
彼女は特に逃げようとせず、そのまま大爆発に巻き込まれた。
「キクッ・・・・・・!!!」
俺は思わず小さな悲鳴を上げた。
「いや、見ろ!」
タイトが上空を指差した先を追うと、そこには赤く光り輝く呪音キクの姿があった。
着弾の瞬間、遥か上空に跳躍して攻撃を回避していたのか。
「イャアッッッ!!!!」
夜空に舞う彼女が林に向けて大剣を振るうと、纏っていた炎が吹き飛ばされ、巨大な刃の姿をした風が林に飛来した。
それは爆発に続く爆発を連なり数百メートル先の山で大爆発を起こした。
一瞬で木々が燃え尽き、山が帯状に抉り取られた。
彼女は何ごともなかったように地面に降り立った。
「タイト・・・・・・彼女は一体・・・・・・。」
「・・・・・・キクの能力は、今の俺でも分からない。昔から、初めて武器を手にした時から、キクはすでに・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「キクは、強い・・・・・・。」
そのとき、夜空の彼方からヘリの爆音が聞こえ始めた。
陸軍の救援か・・・・・・違う。陸軍はVTOLのはずだ。
ならばこれは・・・・・・。
「まずい・・・・・・敵だわ!!」
栄田道子が上空を指差した先には、爆音と共に四機の大型ヘリが滞空し、キクをサーチライトで照らしていた。
キクは毅然とした態度のまま微動だにせず、それを見上げている。
ヘリに搭載されたABLが次々と降下し、彼女の周囲を取り囲み、ヘリの機首にあるガトリング砲が彼女に向けられる。
すると、キクの大剣から炎が消え、仄かな光を発し始めた。
背にしていた巨人も、彼女の中に吸い込まれるように消滅した。
何が起こるのか、と思った瞬間にヘリとABLの機銃掃射が敢行され、彼女が弾丸の嵐にさらされた。
・・・・・・・?!
その中に見えたのは、数人の、呪音キク。
まるでダンスを踊るかのように、刹那の残像を残しながら、彼女の体が赤い光を漂わせ、銃弾の合間を潜り抜けていく。巨大な大剣にも掠りさえしない。
次の瞬間、彼女の体はたおやかな舞から、白熱の乱舞へと変貌した。
真紅の輝きを放つ大剣が、空中に無数の閃光を描いていく。
縦横無尽に大地を駆け、彼女は自らの周囲にその描き出した。
大剣から零れる赤い光が光の奇跡を描く様は、まるで、剣が筆となったかのように見える。
そして、無数の光線が蜘蛛の巣のように張り巡らされると、キクは穏やかな手つきで大剣を振るい、光の鱗粉が空中に舞った。
すると、それに呼応するかのように彼女の描いた閃光が一気に眩い光を発し、大爆発を起こした。近くにいたABLは光に全身を貫かれ、跡形もなく吹き飛んだ。
飛散した光は金属に似た音を響かせながら虚空に消滅していった。
上空のヘリがキクに銃口を向けるが、その瞬間、彼女の大剣に再び炎を纏い始めた。
「ウゥオエェアーーーーーーーーッッッ!!!!!」
キクがあの巨人が咆哮を上げた。
彼女が静かに大剣を左右に広げると、炎に燃えるその刃に真紅の光が収束された。
二つの刃が交差した瞬間、もはや撃つことを忘れたヘリに向けて一匹の竜が襲い掛かった。
Xの字に重なった刃の風が、天を駆ける龍の如く夜空を舞い、ヘリ達を飲み込んでいく。
僅かな残骸さえ残さず、四機のヘリが空中で塵と化した。
龍は元の風の姿に戻り、キクの大剣の中に吸い込まれていった。
そして、彼女に弓を引く者は全て、跡形もなく消滅していった。
炎の中に静かに静止する、キク・・・・・・。
そこには、俺が想像していた彼女の像など微塵もない。
すぐに泣いてはタイトに抱きついていた、筈の・・・・・・。
これが、呪音キクの力。
何という・・・・・・何という威力。
あの巨人、あの光、そして、龍。
超常現象、いや、それすらも上回る。
生物でも機械でもない、人知を超えた存在。
それは、まるで・・・・・・。
そのとき、どこからか大地を揺るがす振動が鳴り響いた。
先程キクの発した龍によって抉り取られた大地の先から、大量のABLが押し寄せてくるのが見える。
それはまるで押し寄せる水牛で、山ごと俺達を飲み込まんとする勢いだ。
「どうする!タイト・・・・・・!!」
「いや・・・・・・キクなら止められる。」
キクは炎と真紅の輝きの纏った大剣を翼のように広げ。ゆっくりと天を仰いだ。
すると、大地や森に燃え広がった炎が、瞬く間にキクの刃に吸収されていく。
そして全ての炎が剣に収束された瞬間、その剣が炎によって巨大化し、長さ数十メートルの巨大な炎剣が形成された。
「ヌウゥゥゥゥアッッッ!!!!!」
叫び声と共に、キクが両手の炎剣をヌンチャクのように振り回した。
そこから発せられた無数の炎がABLの大群に叩き付けられ大爆発を起こした。
まるでマシンガンのような速度で、炎の刃が炎剣から撃ち出されていく。
ABLの大群がいとも簡単に吹き飛ばされ、その先に見える風景が炎に包まれた。
そして最後にキクの炎剣が重なり、一つの剣と化した。
「シャァアァァァァァアアッッッ!!!!!!!!!」
彼女はそれを垂直に振り上げ叫び声と共に、一気に地面へたたきつけた。
凄まじい振動が轟き炎剣から発せられた巨大な衝撃波が大地を猛進し、次の瞬間、視界が光に包まれた。
数百メートルの山頂で、巨大なキノコ雲が炎に照らされていた。
この強さ・・・・・・。
無慈悲に全ての者を消し飛ばし、しかも、まるでその殺戮に悦びを感じているような、この感覚は・・・・・・?
そして、彼女が背にする巨人。
恐らくあれは、愛すべき人を守護せんとする彼女の高潔な意志の具現であり、あの炎は、情熱の炎さ。
タイトが危機にさらされたからこそ、キクの中で何かが覚醒したのだ。そうとしか考えられない。
だがあの姿、鱗のような甲殻と、頭部にある二本の突起物、角。
あれこそまさに伝説に聞く、鬼を食らう悪鬼、羅刹だ!
全ての標的が消滅したことを確認すると、彼女の背の巨人は満足したかのようにキクの中に消えていった。
彼女は一つになった大剣を二つに分かち、炎を振り払うと背中にある鞘に収めた。
視界が再び闇夜となり、赤かったはずの月は黄金色に戻っていた。
何の余韻も残さず、世界が静まり返った。
月明かりに照らされたキクが、静かに俺達の方を向いた。
「たいと・・・・・・今度はキクが護る・・・・・・!」
月夜に染み渡る澄んだ声が、そして強い意志を持った声が、俺の耳にも、確かに聞こえた。
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