第三章 東京 パート3
「藤田は?」
いつもの部室、普段から活動している部室棟地下二階の音楽練習室で、沼田英司の僅かに苛立ったような声が響いた。予定していた集合時間を迎えて、唯一姿を見せていない人物が藤田であったのである。
「そろそろ来ると思いますが。」
呆れたような口調でそう答えたのは寺本満であった。準備の終えたドラムセットを軽く叩きながらそう告げた寺本は、同じようにギターの準備を終え、チューニングに入っている鈴木に向かってこう声を掛けた。
「鈴木、何か聞いているか?」
その言葉に鈴木はわざとらしく肩をすくめると、嫌味が多少含まれた口調でこう言った。
「藍原のコンビニでサボっているんじゃないですか?」
鈴木と藍原は中学生の頃からの腐れ縁である。実は藤田が藍原と親密な仲になるために一枚噛んでいる人物ではあるのだが、そのことを誇ることも無いし、藤田に対して物をせびることも無い。案外淡白な人物なのである。
「だとしたら今日の夕食は奴の奢りだな。」
そう言って沼田が不敵な笑みを見せたとき、ようやっと部室の扉が開いた。藤田である。
「遅いぞ藤田。」
このバンドで一番の年長者である大学四年生である沼田はそう言って藤田に小言を述べようしたが、藤田に続いて現れた二人の瓜二つである少女の姿を目撃して戸惑った様子で息を飲み込んだのである。
「お前、その娘どうしたんだ?」
普段から冷静沈着である沼田にしては珍しく、喉が渇いたような擦れた声を出した沼田に対して、藤田は不機嫌そうにこう答えた。
「俺が知りたいです。大イチョウの下で倒れていたから連れて来たのですが。」
「倒れていたって、お前・・。」
そのやり取りを耳に収めながら、寺本は一体何が起こったのだろうか、と考えた。どうやら藤田が娘を連れ込んでいるらしいが、その娘の様子はドラムセットに腰掛けたこの場所からは良く見ることが出来ない。ただ、あの沼田先輩が戸惑うほどだから、相当の美人なのかも知れないな、とだけ寺本が考えていると、沼田先輩が再び口を開いた。
「とにかく、入るなら入ってくれ。」
焦りを隠しきれない様子で沼田は少し早口にそう言った。普段から冷静な沼田先輩にしては珍しいな、と寺本が考えていた直後に藤田がその身体を現し、続いて金髪の少女が、それも二人も、普段男だけしかいない音楽練習室に入室してくる。鈴木が思わずといった様子で口笛を鳴らしていたが、確かに瞳が釘付けになる程度の美貌をその二人は持ち合わせていた。しかも、おそらく双子なのだろう、まるで鏡写しのように似たような顔立ちをその少女たちは持っていたのである。だが、それ以上に寺本は二人が共通して持ち合わせているその深く、サファイアのように透き通る蒼い瞳に吸い込まれるような気分を味わうことになった。あの蒼。忘れもしない。俺は過去に同じような蒼い瞳と出会ったことがある。あいつは今。
「お邪魔します。」
落ち着いた様子で、ホットパンツにシャツと言う軽装に身を包んだ少女がそう言った。続けて、戸惑うような態度で周囲を見渡していた、農婦のような姿をしている少女が口を開く。
「本当に涼しい。一体どうなっているの?」
「だから、これがクーラーだって。」
藤田が呆れたようにそう言った。一体何処から来たのだろう。この娘はクーラーについての知識が無いと言うのだろうか。
「原理が分からないわ。説明して頂戴、藤田。」
納得できないという表情そのままで、憤然とその農婦の格好をした少女はそう告げた。
「説明と言われても。電気で冷やしているんだよ。」
「今はとりあえずそれで納得して、リン。」
苛立った様子でそう告げた藤田とは異なり、優しい笑顔を見せながら、ホットパンツの少女が農婦の、今リンと呼ばれた少女に向けてそう言った。
「リーンが言うなら、まあ、我慢するけれど。」
渋々、と言う様子でリンはそう言った。
「で、どういうことだ、藤田。」
深い深呼吸をしてなんとか普段の冷静さを取り戻したのだろう。沼田はしかし、普段よりは迫力の無い口調で藤田に向かってそう言った。
「俺が知りたいです。」
情けない口ぶりでそう言った藤田に代わって、リーンと呼ばれた少女が藤田の言葉を繋げるように口を開いた。
「とにかく、あたし達が何者か、そしてあたし達がどうしてこの場所に来たのか、全部説明します。見たところ、頼りになりそうな人達だし。」
リーンはそう言って、立英大学軽音楽部にとって最大の事件となる物語のあらましを語りだしたのである。
納得、してくれたかしら。
一通りの話を終えると、リーンは不安そうにその場にいる四人の男たちの表情を見つめた。まず、自身の名がリーンとリンだと言う事。そして二人がミルドガルドと呼ばれる異世界から訪れたこと。リンは過去の、そしてリーンは未来から来た人間だということ。過去のミルドガルド、迷いの森と呼ばれている場所からこの世界へやってきたこと。
その様な話を終えてしかし、リーンの視界に飛び込んできたものは藤田を含めた男三人の不審に満ちた表情であった。ただ、一人の例外を除いて。その男、先ほどの自己紹介で寺本満と名乗った、知性の深い表情を持つその青年は、リーンの言葉が終わると得心したかのように微かに目元を緩ませた。
「冗談にしてはよく出来ている話だが。」
先に沈黙を破った人間は沼田であった。まるで自分自身を納得させるようにそう言った沼田に続いて、藤田も鈴木も、神妙な表情で頷く。さて、どうやって納得させればいいのだろう、とリーンが考えたとき、唐突に寺本が口を開いた。
「俺は信じますよ。」
それはリーンにとっては驚愕に値する言葉だった。この酔狂な男は、あたし達の言葉を信じると言うのか。理由もなく、初対面であるはずのあたし達のことを。リーンだけではなく、日本というらしいこの世界に生を受ける藤田たちも寺本の言葉を真に受けている様子は見えない。だが、寺本は確信を持ったように言葉を続けた。
「あいつの言っていた意味がやっと分かった。」
寺本はそう言うと、それまで腰を下ろしていたドラムセットから立ち上がった。そして、懐から一つの紙切れを取り出しながら、リンとリーンに近寄り、そしてそれを差し出した。
「あいつは言っていた。」
寺本は一つ言葉を区切り、そして続ける。
「俺の目の前に、あいつそっくりな少女が二人、現れると。その時、この栞を見せてくれと。」
それは、ハルジオンの栞。
少し古びた、それでもまるで生きているかのようなみずみずしさを保ったままの、ハルジオンの栞であった。その栞について、リーンは何の認識も持ち合わせていなかった。その栞は、リーンの為にではなく、リンの為に作られたものだったから。
「レン。」
その栞を見たとたん、リンはぽろぽろと涙をこぼし始めた。その栞。誰がなんと言おうと、あたしには分かる。リンはそう考えながら、震える手でその栞を寺本の手から受け取った。まるで一緒。あたしが昔、レンに作ってもらった栞と、まるで同じ造り。ほんの少し茎を曲げたハルジオンの栞。レンがいる。この世界に、レンがいる。そう考えながら、リンは寺本に向かって言葉を続けた。
「その人の、名前を教えて。」
涙を拭うことも忘れて、震える声で告げたリンに向かって、寺本は静かに告げた。その男の名前を。
「鏡蓮。俺の、親友だ。」
小説版 South North Story 43
みのり「お待たせしました!第四十三弾です!しかもっ!満本編復帰だよっ!」
満「ども。」
みのり「ちょっと、もっと喜んでよぅ!」
満「喜んでるよ。」
みのり「本当かしら。」
満「勿論。」
みのり「ならいいけど。」
満「とりあえず、これで世界が完全に繋がったわけだ。」
みのり「構想してからもう9ヶ月経ってるね。」
満「そのくらいになるか。早いもんだな。」
みのり「本当は半年くらいで終わらせる予定だったけど。」
満「予想以上に長引いた。」
みのり「でも、まだまだお話は続きます☆」
満「ぜひ楽しんでいってください。」
みのり「では、次回お会いしましょう♪」
コメント1
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ご意見・ご感想
ソウハ
ご意見・ご感想
こんばんはです。
なんかすごい展開になってますね。
あ、更新お疲れ様です。
最近なかなか読む暇がなくてやっと読めました。
続きが気になりますね~。
次の更新楽しみにしています。
最近冷えてきているので、体調管理は気をつけてくださいね。
長文、失礼しました。
それでは。
2010/10/03 22:41:56
レイジ
メッセージありがとうございます♪
超展開継続中です☆
これからもよろしくお願いしますね。
気温の変動が最近激しいですね・・気をつけます。
ソウハ様も体調にはお気をつけて。
では、続きもご堪能くださいませ☆
2010/10/03 23:36:37