この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。
*
カイトがメイコに殴られた箇所の痛みが和らいできたころに、クオは帰宅した。
メイコは相変わらず冷蔵庫の中にあった焼酎を勝手に取り出して、飲んでいるようだ。
まぁ、自分は飲めないし、メイコのマスターが置いていった者だから良いのだけど。
そう思いつつクオはほどほどにしておいてよ、とメイコに声をかけて台所に行くと、
一番最初に視界に入ってきたのは、
「………」
大きい冷蔵庫でもなく、
シンクでもなく、
「…あ、お、おかえりなさい」
冷蔵庫の横でうなだれているカイトだった。
心なしか顔色が出て行ったときより悪く、頬が腫れている。
「…なにがあった?」
「や、な、なんでもないです」
そう言って、カイトは顔に苦笑を浮かべた。
なんとかカイトは立ち上がろうとするが、腹部に痛みが走る。
そこに、メイコがやってきて口を開く。
「クオさん、ソイツ最悪だよ」
「え?」
「セクハラ野朗なのよ、ソイツ!」
そう言って、メイコはもう一度一撃を食らわしたいというかのように
拳を固めた。
それをみてカイトの脳裏に、激痛が思い起こされ、カイトの体が震え上がる。
クオはそんな二人を見て、溜息をついた。
「二人とも、落ち着け。たぶん、事実はこんな感じだろ?
『めーちゃんが冷蔵庫から焼酎を取り出そうとしたのをカイトが妨害した』」
「まぁ、そんな感じです」
カイトがそう答えると、
クオは先ほどより大きく溜息をついた。
カイトは、自分の状況を悪くするに違いないので、
めーちゃんのセクハラうんぬんかんぬんは放置する。
一方のメイコはそれを隠蔽しているカイトに苛立っていた。そして
そんなカイトをクオが叱ってくれる事を期待していた。
だが、メイコの期待とは裏腹な言葉がクオの口から放たれた。
「…めーちゃん、許してやってくれないかな。」
「…は?」
メイコは唖然とした。
「カイトは今朝来たばっかりだから、何にもしらないんだよ。
めーちゃんの特権も、俺の家の決まりも。めーちゃんは、
人間と暮らしているのはカイトより長いから、許せるよな?」
クオはそういってメイコに笑顔を投げかけた。
「あ、当たり前です!先輩として、後輩の行為を許すのは当然のことですっ」
メイコは、あわててそう答えた。
ここでクオが、自分に対しての評価を落とすのは本望ではない。
それはいずれ、自分のマスターにも報告されるだろう。
そうすれば、マスターの、自分に対しての評価も落ちること間違いなし。
それだけは、避けたかった。
「だって。よかったな、カイト。めーちゃんの心が広くてさ!」
「は、はぁ。」
カイトは目を伏せた。
さっきまであんなに起こっていたのに、何でだろう。
ちらりと視線をメイコに向けると、本人は笑っている。
――――じゃあ、この腹部の痛みは何だろう。
カイトはちょっとそんなことを思ったが、
本人が気にしていないのなら、これ以上何か言われることはないのだろう、と
とりあえず安堵した。
「それで、クオさん。今日は俺どうすればいいですか?」
「…どうって?」
「……どうって、って。作曲した歌を歌うとか」
「あー無理無理」
カイトの問いに、横からメイコが割って入ってきた。
「言っちゃだめですけど、クオさんはあんまり音楽関連に関係してないんですよね」
「…言ってるじゃないか」
「まぁ、それは何時か結局言わなきゃいけないってことで」
メイコはどこか矛盾している発言をすると、三つ目の焼酎を開けた。
カイトは俯いて、ボソリと一言呟いた。
「…じゃあ、どうして俺はこの家に呼ばれたんですか」
その呟きに、慌ててクオが返す。
メイコは焼酎をグビリと飲みながら居間に戻って行った。
「そ、それは歌を歌わせるためであって」
「じゃあどうして最初来た時ミクの方を注文したって堂々と本人に」
「…それは弟が」
「弟にちゃんと伝達してなかったんじゃないですか、値段とか」
「う…っ、」
天然なのか、謀ったのか、その返事ができなかったクオに、
カイトはじりじりと歩み寄る。
「それに、ミクとは違って俺は歌うことしかできないんですよ。
俺から歌を取ってどうするつもりですか」
「そ、それは家の仕事とか…」
「俺たちはVOCALOIDですよ!?歌うのが仕事なんですよ!?」
「そ、それはそうだけど…」
「じゃあさっき貴方が言ったことは何なんですか!?
歌を歌うのが仕事の俺らがいざ、歌を歌いにここ勇んで来たってのに、
貴方は歌を取り上げて、それどころか家の雑用をさせようって魂胆なんですか!?」
「か、カイト。落ち着けって…」
責められて、じりじりとクオは後退していく。
なんとかそれを止めようとカイトを説得しようとする。だが、カイトは止まらなかった。
「落ち着いてられませんよ!俺はミクみたいにそういうキャラ付けじゃないし、
それこそ俺は…俺は」
「…カイ、ト?」
途中から趣旨がずれてきた事にクオは気がつくが、
カイトは声のトーンを低くしただけで、続けた。
「…それに、俺は本当に歌を歌うことしかできないオンボロロイドなんです。
ミクみたいに可愛く振舞うことも、リンやレンみたいに無邪気に笑うことも、
メイコさんみたいに優しくもないから」
その声に、他人事として居間で
聞かぬ振りを貫き通していたメイコが目を見張り、カイトの方向を見やる。
「だから、本当に俺から歌を奪ったら、何も残らないですよ。」
「…そんなこと、ないだろう?カイトは、」
クオは、その先は何も言えなかった。
先ほど自分自身が言ったばかりだ。
『カイトは今朝来たばっかりだから、何にもしらないんだよ。
めーちゃんの特権も、俺の家の決まりも。めーちゃんは、
人間と暮らしているのはカイトより長いから、許せるよな?』
カイトには、紛れもなくこう聞こえたのだろう。
カイトは無知で、家の決まりも何も知らない。
めーちゃんは知っているから、カイトの行動も許せるよな?
―――それではまるで、カイトが謝る事を知らないかのようで。
それを聞いて、カイトは思ったのだろう。いや、思ったはずだ。
自分は、未だこの家にとっては、彼らにとっては余所者でしかないと。
そして、そういってしまった限り、カイトを引き止める手立ても、理由もない。
【サヨナラ】
「…!?」
不意に声が聞こえた。
誰の声かわからない。けれど、透き通った声。
その声が誰の者だったか思考する間も無く、カイトが玄関に向かって、歩き出した。
「まっ、待て!どこに行くんだよ!」
「貴方の居ない所です―――。俺の居場所は此処じゃなかったみたいなので」
カイトは冷淡とした声で答え、玄関の扉に手をかけた。
「どういうことだよ…?」
「…言ったはずですよ?俺には歌を歌うことしかできない。だから、歌えない、
歌を歌うことが出来ないここからは迷惑にならないうちに出て行くのです」
「な…っ、迷惑なんかじゃ」
「たしかにほかの連中なら何か出来るかもしれませんね。
…ミクが欲しかったのでしょう?貴方は。俺はミクと同じことは出来ないから」
―――それはまるで、自分に言い聞かせるかのようだ。
カイトが、KAITO自身に。
【アリガトウ マスター】
透き通った声が、また、頭に響いた。
扉を開ける音がして、我に返ったときにはすでにカイトは、
目線の先から消えていた。
続
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