9
「ちゃんと前を見て。大丈夫。怖くないよ」
アルタイルは、その言葉を聞くたびに足元をすくわれるような感覚に襲われる。
レティシアは、一撃で自分をしとめられるはずなのに、何度か剣を打ち合わせてくれる。どうやら自分の打ち込みのパターンが単調だと気付かせたいようだ。
アルタイルはそのことに気づいていた。しかし、見えないのだ。パターンが同じ、というところまでは解る。しかし、そこから先がわからない。何とか勝とうとして必死に剣を振るうのだが、凄腕のレティシア相手に必死で振るので、自分の得意なパターンしか出せない。
「難しそうだからって、しり込みしないで」
そうじゃない。解っている。しかしアルタイルの体は、それ以外の反応をしてくれない。
「ちゃんと見て、と、言われても! 見えない! レティ! ……お前には
当たり前に、剣の筋が見えるのだろうが、俺には、見えない」
これが、才能の差か。
悔しさに熱くなった息を飲み込んで、勢いのみで打ちかかった。
困ったような顔をしたレティシアが、あっさりとアルタイルの胴を薙いだ。強い剣戟に、地面に叩きつけられ、アルタイルは倒れる。息が上がってしまったようで、立てなかった。
レティシアが、いつもの困ったような顔で弱々しく笑う。
「本番の、三日前までに、この流れの攻撃の中で、私の剣を弾けるようになってね」
そうでないと、本番は無理だよ。アルには、出来ない。ルディ退治は、させられないよ。
剣の筋は見えないが、レティシアの心の筋は、アルタイルにははっきりと見えた。
よせよ。そんな顔、するなよ……
泣いていた。アルタイルの心の中で、彼の分身が、彼の代わりに泣いていた。
* *
「ダメだ。アルには、出来ない」
レティシアと違って、アルタイルの兄は、弟を地面に叩き伏せながら、はっきりとそう言った。
アルタイルの実家、イーゴリ家は、名門だった。
昔は、隣接する二つの国から王国を守った武人として。王政が廃止された現在は、魔法の学者を多く輩出した家系として、国に貢献していた。そして、ルディという怪物が出現するようになった現在では、ルディ退治の剣の腕や、魔法技術の開発に長けた者が多く生まれていた。
アルタイルは、そのような家族を身近に見て育ったこともあり、当然のようにルディ退治にあこがれた。
「俺は、大きくなったら、魔法も剣も使える凄腕の魔法剣士になるんだ」
アルタイルの両親は、そんなアルタイルの決意をもちろん応援した。
「イーゴリ家の星になれ、アルタイル」
そういって、幼いころから魔法や剣術の高い教育を受けさせてくれた。アルタイルも、当然のように喜んでそれを学んだ。それこそ、寝る暇も惜しいくらいに、好きだった。
子供たちの多くは、華やかで刺激に満ちた、ルディ退治の仕事にあこがれる。十二歳になると、本気でルディ退治を目指すものが集められ、セルと呼ばれるようになる。本格的な訓練が始まると、身を守るための運動神経、ルディの動きを読んだり魔法を実行するための高度な理解力、ルディ退治を円滑に進めるための、サリを組んだり土地の人間との交渉力を問われるようになる。
肉体的にも精神的にもきつい訓練が続くと、向いていないと気がついた者は、ルディ退治の仕事をあきらめ、他の職業の訓練に赴くのだ。
アルタイルの場合、それが出来なかった。
ずっとあこがれていた、ルディ退治の夢をあきらめることは、出来なかった。
「俺は、誰よりも凄いゼルになる。いつか、かならず」
ところが、アルタイルは、兄にすら敵わなかった。
アルタイルの兄は、さまざまな職業の訓練を転々としていたが、十八歳となったある日、ひょっこりと、ルディ退治の訓練校にやってきた。
アルタイルの兄は、アルタイルのように、特別な教育を受けたわけではない。その歳の子供たちすべてが学校で教わる、基本の剣術と魔法だけを学び、後は必死に勉強するアルタイルを尻目に、同年代の少年たちと遊んでばかりいたのだ。
ひょっこりと帰ってきた兄は、彼よりも相当長い時間訓練を重ねたはずのアルタイルの剣を、あっさりとあしらった。魔法も難なくはじきかえす。
アルタイルは、実のところ、同期の中で一、二を争う弱さだった。
剣の技は、運動能力を必要とする。体格の大きなルディを相手に戦うのだから、力も必要だ。
魔法の技は、特定の《言葉》を、ある音の流れ、つまり特定の旋律で発声することによって、効果が発動する。
『踊れ、汝は美しい』という《言葉》を、《光》の旋律で発音すれば、明かりがともる。《炎》の旋律で発声すれば、敵に向かって火炎が勢いよく飛んでゆくのだ。こちらも、音感や生まれ持った喉の構造など、才能が大きく左右するのだ。
アルタイル・イーゴリの場合、不幸なことに、生まれ持った才能は、どちらも平均以下だったようだ。そのことに気付いたアルタイルは、才能の差を埋めようと、他人の五倍も六倍も、努力を重ねた。
しかし。
誰よりも努力しているはずなのに、誰よりも弱い。それが、周囲のアルタイルへの評価だった。アルタイルだから負けるのは仕方ない。そう結論付けて、兄に挑んだ同期たちは、アルタイル同様あっさりと返り討ちを食らった。
あるものは、旅で鍛えた筋肉に腕を叩き折られ、あるものは、世間で磨いた知略にかかり、屈辱的な姿で地に這いつくばった。
「お前らが殺そうとしているルディは、俺よりでかくて、長く生きている。
俺と違って、ルディは手加減なんかしないぞ!」
傲然と言い放った兄に、憎しみの視線がこれでもかと突き刺さる。
これまで同期たちは、努力しても弱いままのアルタイルを見て、自分は、アルタイルよりはましだ、と、安心し、アルタイルは、そんな風に彼らに心の平安を与えることで、居場所を保っていたのだ。安心材料と甘えの奇妙なバランスが、彼らの間には成立していた。
しかし、甘くゆがんだその天秤を、兄は、蹴倒し、踏み潰したのだ。この上なく正当かつ、一番荒っぽい方法で。
そして、誰よりも早くすべての技を習得し、なんと剣士と魔法士の二つの免許を取得し、あっさりと訓練所を去っていった。
訓練所に残った少年たちの矛先は、当然アルタイルに向かった。
志半ばで腕を折られた者、プライドをぐちゃぐちゃに踏みつけられ対面を失った者は、行き場の無い怒りをアルタイルにぶつけた。
アルタイルの解けない魔法の錘をアルタイルの靴に絡める。剣術の訓練では、傍観者がこっそり、アルタイルの防御の無効化呪文を唱えている。教官にはわからないように、上手に気配を消す。
皮肉なことに、アルタイルを追い詰める技を工夫するうちに、同期たちの技は磨かれていった。みそっかすから叩き台になったアルタイルは、地獄のような日々を、持ち前の負けん気で耐え抜いたのだ。彼らがすべて、先に卒業していくまで。
そして、アルタイルは、兄に倒された最後の同期を見送った。その少年は、試練を乗り越えたものが持つ、輝くような表情をアルタイルに残して卒業した。がんばれよ、という残酷な言葉を、うつむくアルタイルに残して。
その少年の卒業から、半年後。アルタイルはようやく卒業した。
セルの免許に書かれた職種は、魔法士と、剣士。
どうにか、希望通りふたつの免許を取得したが、どちらも弱いことには変わりなかった。この時、アルタイルは十四歳である。
アルタイルは、剣士を名乗ることにした。
才能がすぐにばれてしまう魔法よりも、これから肉体が発達して、上達する可能性のある剣士を名乗るほうが、はるかにルディ退治の世界では、受け入れてもらいやすいと判断したからだ。
しかし。
アルタイルが訓練校で磨いたのは、技術よりも、虚勢の張り方。ルディよりも、いかに人間相手に舐められないようにするか。同期の叩き台となったアルタイルは、根性と技術のかわりに、自分の能力の不足をありとあらゆる面でごまかす逃げ技と、周囲の人間への曲がった猜疑心を手に入れて卒業した。
同期は、とっくに経験者たちとサリを組み、ゼルになっていた。
卒業したとはいえ、アルタイルの実力は本当に、ゼロに等しかった。
アルタイルの噂は、ゼルの間にも、セルである後輩たちの間にも、広がっていた。
当然、命に関わる仕事仲間は、技量の少ないものをかばっている暇はない。卒業してから一年半もの間、アルタイルとサリを組んでくれる奇特な者はいなかった。
「……俺は、誰よりも、すごいゼルになりたいのに」
見事最短記録を打ち立てて卒業した兄のこと。
剣と魔法を同時に学ぼうとしゃかりきになっているアルタイルを見つめる、両親の無邪気な期待に満ちた目。
アルタイルのあせりは、セルの養成学校を卒業した日から、加速して蓄積していった。
やっと現れたサリは、アルタイル同様、焦りをかかえた者。もしくは、アルタイルの与えてくれる優越感に浸った者。
命を預けあうサリとしては、最悪のパターンだった。
アルタイルは、ルディに対面し、軽装の状態で敵の前に放り出され、やっと気が付いた。自分が彼らに甘えたこと。もしかしたら、ルディ退治を続けていけるのではないかと夢を持ち続けていたこと、そして、その一時の甘味の代償は、命であること。
この仕事の過酷さを、たった十五年の命と引き換えに、思い知って、その瞬間が、アルタイルの全ての終わりのはずだった。
しかし、なんのいたずらか、アルタイルは、生き残った。
おまけに、レティシア・バーベナという最強のサリを手に入れた。
そして、アルタイルの虚勢を張る余地が、残されてしまった。
「俺は、まだ、夢を見せてもらえるのか……」
それが、自分にとって幸せなことかどうか、アルタイルにはまだわからなかった。
「まだ、ルディ退治に関われる」
サリとなったレティシア・バーベナは、剣の腕は最強だが、性格は卑屈だ。アルタイルが、虚勢を張ろうと思えば、いくらでも張れる。それが、悔しかった。
また、前のように……ごまかしながら、気持ちよく、生きられる。
おまけに、最強のサリつきだ。
居心地がよくて、でも、落ち着かない。
そんな思いを抱えながら、アルタイルは、再び剣を振るう。レティシアは、それを受け止める。しかも、アルタイルを精神的に傷つけまいと、最初の一回で吹き飛ばしたあとは、必ず何度か剣をあわせてくれる。
兜の下から覗くレティシアの顔は、困ったような笑顔だ。
「ちくしょう…………! そんな、気遣いなんかいらねぇよ!」
鍔迫り合いとなったとき、ついにそう口にしてしまったアルタイル。
「……そう? じゃあ」
瞬間、突き飛ばされ、踏み込まれた。
「!」
アルタイルの兜に、したたかにレティシアの剣が叩き込まれた。剣の勢いは止まらず、縦に真っ二つ、アルタイルの胴を切り降ろした。
「あ、」
踏みとどまれなかったアルタイルは、そのまま地面に背を打ち付ける。
「な、なんで受けて流さないの?……って、ご、ごめん! 大丈夫?」
レティシアの発した気遣いの言葉が、アルタイルを打ちのめした。
「なんで、って……俺だって、わかんねぇよ。」
声が出ない。そして、起き上がれなかった。
めまいを感じながら、アルタイルの心と意識は、闇に落ちた。
つづく!
【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 9
オリジナルの9です。
⇒ボカロ話ご希望の方は、よろしければ味見に以下をどうぞ……
☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
http://piapro.jp/content/6f4rk3t8o50e936v
☆夢みることりを挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた 全5回
http://piapro.jp/content/ix5n1whrkvpqg8qz
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想