金庫室は三階の一番奥。ゆかりんたちは警官たちの死角を突き、吹き抜けを利用して三階へと急いだ。戻ってきた三階の廊下にはやはり人影が無い。この静けさは既にミラージュによって警官たちが倒された後だった。忍び足で金庫室に近づくと、物陰に倒れている警官がいた。監視室の男たち同様眠らされている。金庫番をしていたものだろう。そしてこの扉を開ければファントム・ミラージュがいる。ゆかりんは扉の前に立って開けようとした時だった。扉が勝手に開いていく。
「!」
ゆかりんは焦りと共に息を飲んだ。先ほどカメラに写っていた者の姿が目の前にいるのだ。ミラージュは警戒し、一度後退した。
「ど、どうしよう・・・」
「どうしようって、もう戦うしかないじゃない!それにあちらさんはもう戦う気満々みたいだよ」
ミラージュはベストのポケットから素早く折り畳み式の警棒を取り出し、振り下ろすと長さが五十センチの鉄棒となった。対抗してゆかりんも背中のステッキをミラージュに構える。
「えーいっ!」
ゆかりんが大きく振りかぶって前に突っ込むが、ミラージュは飽くまで逃げる事しか考えていない。ステッキの振り下ろしを一度受けるが、そのまま後ろに流して、部屋に押し込むように蹴りを入れた。倒れ込むゆかりんは悔しさのあまり直ぐに起き上がるが、ミラージュは既に廊下に出て逃げる体勢だった。
「待ちなさい!」
ゆかりんも部屋を出るが、廊下の備品の散かり具合からお互いに前に進むのは上手くいかない。
「うさりん。こう言う時の為の秘密兵器ってないの?」
「うん、そうだね。一番の取っておきがあるけど」
「何でもいいからやっちゃって!」
「任せてよ!」
そういうとうさりんは腰から離れ、ゆかりんの周りを高速で飛び回ると、徐に彼女の前に静止した。そして何かが収束するような機械音がうさりんの内部から聞こえてきた。
「何が・・・起こるの?」
その音は次第に早くなり、ピークに達するとうさりんが叫んだ。
「う・さ・り・ん・レ・ー・ザ・ー」
その小さな口からはとても想像できないくらい大きい、言うなれば廊下いっぱいに広がるレーザー光線を照射したのだ。廊下に置いてあった備品もろもろは高熱により光の中へと消え去り、共に窓ガラスは溶け、目の前にあったはずの壁は穴が開いて外が丸見えだった。
「な・・・なによこれーーーーーー」
ゆかりんは叫んだが、力を使い果たしたうさりんは彼女の元へと戻って来た。
「これやると反動でしばらくの間エネルギーを消費するサポートが出来なくなるんだよ」
「ミラージュは?死んじゃったの?」
「いや、手ごたえは無かった。恐らく屋上に逃げたんじゃないかな?」
どう考えてもレーザーを照射するまでの間に逃げられたようにしか見えないが、ゆかりんとうさりんはまだ溶けて熱が引かない廊下を走り抜け、屋上の階段へと急いだ。
「待ちなさい、ファントム・ミラージュ!」
扉を開けると同時に、ゆかりんが叫んだ。
「盗んだダイヤを返しなさい!」
一度は逃げようとしたミラージュだったが、振り返ってゆかりんの方へと向き直った。
「今度は同じ手は食わないよ!」
ゆかりんは再びステッキを構えると、それに応えるようにミラージュも警棒を構えた。お互いに走り出すと、武器を振りかぶって殴りあった。お互いのつばが当ると、再び構え直して振り下ろす。何度かぶつかり合ううちに、ゆかりんはミラージュの隙を突いて警棒を振り上げた瞬間に回し蹴りを腹に入れた。当った感覚はあったが、確実に決まった手ごたえは無く、ミラージュはゆかりんの殺気を感じ、紙一重で身体を後ろに後退して直撃を免れたのだった。だがゆかりんの攻撃は止まなかった。追撃ちを掛けようとミラージュに飛び掛かったのだ。大きな一撃となり得る飛び掛かりには避ける事が叶わず、ミラージュはゆかりんの攻撃を警棒で受けると共に、そのまま倒れ込んでしまった。だがステッキを警棒から外さず、どうにかゆかりんの一撃を耐え忍んでいた。
「あなた一言もしゃべらないけどさすがにこれは辛そうね」
ゆかりんも体重を目一杯かけ、相手をスタミナを奪う。ミラージュからは息が漏れ声を発するが、それでも身体を屈めて足を延ばす反動でゆかりを蹴りあげた。ゆかりもミラージュの動きが読めたので、蹴られると同時に後ろに飛んで、華麗に宙返りをするとそのまま着地した。起き上がるミラージュのタイツのシルエットをまじまじと見ると、どうにも違和を感じるのだった。
「男にしては・・・ちょっと体つきが妙だし、力も思ったより弱い気がするんだけど・・・」
確かにお尻のあたりが男性っぽさを感じさせるが、歩き方がどうにも男らしくない。
「あなた・・・女でしょ?」
ゆかりんはステッキを突きだして言った。その言葉に焦りを感じたミラージュは殴りかかろうとしてきた。ゆかりんが構えると、殴りかかろうとした瞬間ステッキで受け流し腕を封じ、もう片方の手でベスト越しにミラージュの胸をまさぐった。
「む・・・こいつは上物!」
「くそっ!」
遂に音を上げたミラージュはゆかりんの拘束を解いて彼女から離れた。
「何でダイヤを盗ったの?」
ゆかりんがミラージュに向かって叫んだ。
「仕事だ。お前みたいに道楽でやっている程楽な稼業じゃない!」
息を切らせながらもその声は低くも落ち着きのある声だった。
「そのダイヤをどうする気?」
「ブラックマーケットに伝手がある。そこで取引する」
「そんなのダメよ!その石の意味を知っているの?人を結びつける素敵な石なんだよ!今日もその縁で結びついた人がいるの!だから盗まないで!」
ゆかりんの必死の説得だったが、ミラージュはそれを鼻で笑った。
「ははっ。盗人に盗まないで、か。貴様は馬鹿か?同業者ではないようだな」
「いや。私は怪盗ゆかりん。悩んでる人困ってる人の味方!」
「そうか。貴様も怪盗か・・・」
ミラージュくっくっと笑いながらが後ろを振り返り、逃げようとした瞬間であった。
「うさりん!」
「うさりんスパイダー!」
うさりんの口から白い糸が飛び出て、ミラージュの腰から下がっている黒い袋にへばりついたのだ。
「うっ!何をする!」
ひっついた糸が離れず、袋ごと引っ張られてミラージュは動きを封じられたが、彼女はベストのポケットからナイフを取り出その糸を切ろうとしていた。
「そうはさせない!」
ゆかりはポシェットに忍ばせてあったうさぎ型の黒いカードを取り出すと、ミラージュの腰から下がる袋の付け根に向かって投げた。刃物の様に袋を引き割くと、見事に落ちてその中から月の雫が顔をのぞかせた。慌てて拾おうとするミラージュだが、すかさずうさりんが新しいスパイダーの糸を吐きダイヤモンドを糸で掴むと、そのまま上空へと放り投げ、ゆかりんの手元に収まるのだった。
「ちっ!」
ミラージュは舌打ちをして、またゆかりんに襲いかかってくるのかと思いきや、そのまま後退して屋上から葛流の森の中へと飛び込んでしまったのだった。嫌に呆気ない最後に不安を残したが、ゆかりんが振り返った時にその理由が分かった。
「あら・・・おまわりさん・・・」
そしてその先頭に立っているのは葛流署の刑事でゆかりの幼なじみ、桐生まな美だった。彼女とは顔見知りであった為、慌ててマントのフードを頭にかぶったのだった。
「さあ。観念しなさい、怪盗ゆかりん」
「観念も何も、私はダイヤモンドを取り返しただけだから」
そう言うと、ダイヤモンドを桐生に向かって放り投げた。
「ちょっと!」
と言い、桐生は前に掛け出て見事に月の雫をキャッチした。
「なによこれ、べたべたする・・・」
「ごめんね。取り返すのにちょっとね」
と舌をペロッと出して謝ると、ゆかりはきびすを返して歩きだした。
「じゃあ役目も果たしたし、私はこれで・・・」
「ちょっと待て!」
「え?」
ゆかりんが振り返ると、桐生は腰に手を当て怒りをあらわにしている。
「三階の廊下に穴を開けたの、あなたでしょ?」
「ああ、あれね。ファントム・ミラージュが逃げるから、威嚇の為に・・・」
「どうみても明らかな殺傷行為だろ!よってあなたを建造物損壊容疑で逮捕する!」
桐生は腰のホルダーから手錠を取り出した。
「ミラージュ逃げちゃったけど?」
「話を逸らしても無駄よ。アイツはICPOのうるさい外人どもにまかせておけばいいんだから!」
そうだそうだ、と制服を着た警官たちが桐生を擁護していた。
「それよりも市民生活を脅かす凶器を持ったあなたを見過ごすわけにはいかないでしょ・・・」
「あちゃあ・・・面倒な事になっちゃった・・・」
ゆかりんは後ずさるが、桐生たちも歩みに合わせて近づいてくる。
「うさりん!」
「うさりん煙幕!」
ゆかりんは警官たちに向かって指さすと、口からモクモクと煙を吐くうさりん。視界が悪い上に催涙効果のある煙幕は警官たちを足止めするには十分だった。ゆかりんはその隙に建物から飛び降りようと、ステッキを傘にして飛び降りた。ところが急な衝撃を受け落下する事となった。
「いてててて・・・」
衝撃の原因は、落下中のゆかりんの傘の上に桐生が落ちてきたのだった。
「ゆかりん・・・逃がさないわよ」
尻もちを突いて痛がる桐生。
「無茶が過ぎるよ・・・」
傘を納めて受け身を取ったゆかりんだが、服が土まみれになった上に、フードも取れてしまった。慌てて被って顔を隠そうとするが、眼帯をしているとはいえここまで近いとはっきり確認されてしまっていた。
「・・・あれ?ゆかり・・・ちゃん?」
これはまずい!ゆかりんはステッキの柄を先端にして持つと、大きく振りかぶって桐生の側頭部を打ち抜いた。大きな衝撃と共に、桐生は気を失いその場に倒れた。
「危なかった・・・」
「でも心配だからもう一発殴っておいたら?」
「それもそうね」
うさりんの素敵な助言により、無抵抗な相手への無慈悲な追加攻撃を加えられると、彼女らはそのまま風のように森を走り抜け、博物館から見事に逃げおおせたのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん! THE PHANSY #10【二次小説】

5.怪盗少女、今宵現る 後編

本作は以前投稿した小説怪盗ゆかりんの前日譚にあたる作品で、
主人公が怪盗になる経緯を描いた物となります。

今話はある程度道筋が決まっていたので書きあがりまでが早かった。
まあその分内容は薄いんですけどね・・・。
次回は最終回になります。
もう少し続きますが、お付き合いいただければ幸いです。

また作品に対する感想などを頂けると嬉しいです。

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 ※※ 原作情報 ※※

原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893

作詞・作曲:nami13th(親方P)
イラスト:宵月秦
動画:キマシタワーP

ご本家様のゆかりんシリーズが絶賛公開中!
【IA 結月ゆかり】探偵★IAちゃん VS 怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風MV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm23234903
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【※※ 注意 ※※】
当作品は動画「怪盗☆ゆかりん!」を原作とする二次小説作品です。
ご本家様とは関係ありませんので、制作者様への直接の問い合わせ、動画へのコメントはおやめ下さい。
著者が恥か死してしまいます。

閲覧数:384

投稿日:2014/05/07 00:20:38

文字数:4,109文字

カテゴリ:小説

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