「浮世!ちょっと下に降りて来なさい!浮世!」
「はい」
私はドアに向かって怒鳴るように返事をした。
雑誌の読んでいたページにしおり代わりにベッドの毛布をはさんでから、自分の部屋から出た。
階段を、わざと大きな音をたてながら降りていった。
どっどっどっどっどっどっ
「何!」
リビングに入って早々、私はそう言った。
「ここに座りなさい」
「だから何?」
「いいから座りなさい」
お母さんは抑えた口調で私に命令した。
ご丁寧に置かれている座布団の上に座った。
「今日はおばあちゃんもいらっしゃるから」
だからなんなの?おばあちゃんがいるからそれがなんな訳?
私は別におばあちゃんがいるからってビビったりはしないから。
ちょっと間があって、お母さんが鼻の穴から空気をフゥーと音をたてて出した。
そうしながら右腕を自分のおでこに当てて、左腕を机の上にのせた。
「あのねぇ浮世」
お母さんはそれまでの緊張した雰囲気を崩した、優しい口調で言った。
「分かるでしょう?今は本当に大変な時なの」
「…」
私は座布団の角の飾りを手でいじくり回し始めた。
「誰一人として怠けてはいけないの。皆が皆一緒になって、力を合わせて何とか乗り越えていかなければならないの。今がどれだけ大変か分かるでしょう」
「…」
「ね?もう小学生なんだから」
小学生だからこそダメなのだ。
お母さんはそこらへんが分かっていない。
「いいよ。私はやらないから」
「いいよじゃないのっ」
お母さんはついに怒鳴った。
「私がいてもいなくても変わらないでしょう、そんなに」
「違うのよ、そうじゃないの」
「私くらい、やらなくてもいいんじゃないの?」
ここらでおばあちゃんの顔をうかがってみることにした。
目線をおばあちゃんの方へ向けた。
何ともない表情をしている。今までの話を聞いていたのだろうか。
少しの沈黙の後お母さんがため息をついた。
「ふーーー…、まあいいわ。ちょうど今度遠足でワカメの国に行くんでしょう。そのときに向こうがどうなっているか見てきなさい。」
「…」
お母さんがさりげなく小さな声で言った。
「どうせ最近行けなくなってるんでしょう」
ドキッとした。
確かにそうだ。最近向こうに行く練習をしていないから、行こうと思っても行きにくくなっている。
私は、お母さんに自分の現状を見透かされたことにイラっとした。
「わかった、わかった、今度の遠足で見てくればいいんでしょう。んじゃあ、もう話は終わり?」
「ええ、もういいわ」
結局おばあちゃんは最後まで何も言わなかった。
存在感だけを示していた。
私は、出来るだけ足音を出さないように2階へ上っていった。
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。分かってるよそんなの、でも私にはやりたいことがあるの。
ワカメの国ワカメの国って、そればっかり。あああもういいよワカメの国は!
どうぞ!皆で頑張ってくださいな!私は知らないよ!
だいたいなんで私まで守らなくちゃいけないのさ。知ったこっちゃないね。
自分の部屋に入ってドアを閉めた。
いいよ、私は行けなくなったってさ。
でも正直行けなくなってしまったのは残念というか何というか。
今まで出来ていたことが出来なくなってしまったのは何か重要な自分の一部が消えてどこかへ離れていってしまう感じで、とてももったいない感じがした。
もういい!「お風呂に入ろ!」
と言ったけれど、またすぐに下に降りていくと、お母さんに私の内心の動揺を知られてしまいそうなので、しばらくしてから降りる事にした。

けれど、遠足でワカメの国に行ったらそんなお母さんへの反抗心なんてどうでもよくなってしまった。
本当にワカメの国は大変なことになっていた。
私たち4年生が来たのはワカメの国の中でも大分郊外の所だった。
私はこっちの方にはあまり来た事がない。
お母さんとおばあちゃんとワカメの国へ買出しに行く時は街の方だから。
でも、一回も来た事がない訳ではない。
だから以前と今私の目の前に広がっている光景に雲泥の差があることくらい分かる。
民家が無い。
民家が取り壊されている。
どの民家も中心の囲炉裏のみを残して家が壊されている。
その囲炉裏の周りに座って、魔法をしている。
囲炉裏の周りに座って大勢でかける魔法っていうと、かなり難易度が高いはず…。
それに普通こんな10人もいっせいにかけるなんてありえない。
囲炉裏を使ってする魔法は多くても5人くらいが普通だ。
その5人でかける魔法だって結構すごい魔法なのだ。
それを10人だなんて…。
つまり、かけている魔法は、ワカメの国修復の魔法だ。
それに、ワカメの国修復の魔法は一般の住人が使う魔法ではない。
ワカメの国の役所で行われている、特殊な魔法である。
それを一般の国民が総出でやらなくてはいけない程の状況だということである。
村総出で魔法をしている。
いくつか取り壊されていない民家があってそこは休憩所になっていた。
食べ物や水を配っている。
おかしい。
ありえない。
こんなにたいへんなことになっていただなんて…。
大変になっているとお母さんから聞いていたし、私も勘でなんとなくは大変になっていると分かっていた。
でもここまでとは思っていなかった。

お皿と残飯を片付けに、
亜紀子ちゃんと一緒に並んだ。

「ねえ、わかめは生きてるの?」
亜紀子ちゃんがふいに聞いてきた。
ふいに話しかけてくるのはいつもの事だ。
「え?わかめ?うーん。植物も一応生き物だから生きてると思うよ」

「ふうん」

「あ、思うよじゃ無くて生きてるよ、植物も生き物だもん」

「そっか。」

「ねえ、そういえば、今日鬼ごっこしに行こうよ」

「え、ああ…ううん。いい」

「そう?じゃあ私は行くね」

「うん」


そんなことを話しながら、もうお皿の片付けは終了していて、
私は、早くしないと鬼ごっこが始まってしまうので急いで帽子をかぶって、グラウンドへ行った。

校舎から出ると、少し寒さを感じた。
遊具には水滴が付き、空気はジメジメした感じだ。
一応太陽はでているので明るいは明るい。

大分鬼ごっこにも、行き慣れてきた。
ちなみに、鬼ごっこは毎日10人程度でやっている。
同じ学年の人たちで構成されていて、来たり来なかったりする人もいるからメンバーは毎日少し違う。
毎日来る人もいれば、私のようにたまに来る人もいる。
もう私もイケイケグループ入りした感じがしてきた。
イケイケって感じの人たちとよく話すようになったし。

 一方家では母が口うるさかった。
おばあちゃんは相変わらず何も言わなかった。
母は私にワカメの国に行って、お手伝いをしなさいとか言って来る。
私は断固として断っていた。
私は最近お友達になった、隣のクラスの子と一緒に休みの日はお出かけした。
洋服を見てこれがいい、これは嫌だとか言って、楽しくやっていた。

 そんなある日、私はいつものように昼休みに鬼ごっこをし終えて、教室へと歩いていたときの事。
鬼ごっこをやっていて、なおかつイケイケグループの所属でもある、ある女子2人が声をかけて来た。
さっきまで一緒に鬼ごっこをしていた。
この2人とは最近たまに話すようになっていた。
「浮世ちゃん。亜紀子の事、今の感じでやっちゃってよね。あいつムカつくから。」
「え、あ、うん。そ、そうだね。分かった」

私の頭の中に沢山の 「?」 が浮かんできた。
今の調子で「やっちゃう?」私が何をやっちゃうの。
でも、その自問の答えは私の心の奥の方で即座に現れた。

いじめ

私が、今しているのは、いじめなのかもしれない。
私は、亜紀子ちゃんの事をいじめちゃっているのかもしれない。
私は、亜紀子ちゃんに対して、冷たくはしている。
けれど、亜紀子ちゃんをいじめているつもりなんて、無かった。
でも、私は、「いじめ」の3文字をすぐに連想した。
私は、少し怖かった、自分が「いじめ」に関わってしまっているのではないかという罪悪感を感じた。

私はとんでもないことをしてしまった気がする。

 しかし、亜希子ちゃんはどう思っているのだろうよく見てみるとそんなに苦しそうにはしていない。保健室の先生にいじめの事を言ったほうがいいだろうか。これで亜希子ちゃんが自殺しちゃったら…。そんなところまで私は考えてしまった。ワカメの妖精の血が8分の1入っている私だから、きっと亜希子ちゃんを魔法で助けられる!でも、そんな魔法私には使えない。おばあちゃんなら知っているかもしれないけれど。最近おばあちゃんと話していないから、魔力も魔法の知識も衰えている筈、こんな必要なときに使えない魔法なんて、役たたず。でも使えたとしても、この状況を一変に変えるほどの力はあるのだろうか。
 そして私の中にある「亜希子ちゃんなんて、痛めつけちゃえばいいんだよ」というこの感情は悪魔なのか。私は自分が悪魔であるように感じた。私は妖精ではなく、悪魔なのか…。魔法で亜希子ちゃんのいじめを解決しようとしている一方で亜希子ちゃんがダメになってしまえばいいというこの相反する感情を私はどのように処理すればいいの?

けれど、母がワカメの国に来い来いとうるさいので、仕方なく一度行った。
そうしたらそんなお母さんへの反抗心なんてどうでもよくなってしまった。
本当にワカメの国は大変なことになっていた。
私たち4年生が来たのはワカメの国の中でも大分郊外の所だった。
私はこっちの方にはあまり来た事がない。
お母さんとおばあちゃんとワカメの国へ買出しに行く時は街の方だから。
でも、一回も来た事がない訳ではない。
だから以前と今私の目の前に広がっている光景に雲泥の差があることくらい分かる。
民家が無い。
民家が取り壊されている。
どの民家も中心の囲炉裏のみを残して家が壊されている。
その囲炉裏の周りに座って、魔法をしている。
囲炉裏の周りに座って大勢でかける魔法っていうと、かなり難易度が高いはず…。
それに普通こんな10人もいっせいにかけるなんてありえない。
囲炉裏を使ってする魔法は多くても5人くらいが普通だ。
その5人でかける魔法だって結構すごい魔法なのだ。
それを10人だなんて…。
つまり、かけている魔法は、ワカメの国修復の魔法だ。
それに、ワカメの国修復の魔法は一般の住人が使う魔法ではない。
ワカメの国の役所で行われている、特殊な魔法である。
それを一般の国民が総出でやらなくてはいけない程の状況だということである。
村総出で魔法をしている。
いくつか取り壊されていない民家があってそこは休憩所になっていた。
食べ物や水を配っている。
おかしい。
ありえない。
こんなにたいへんなことになっていただなんて…。
大変になっているとお母さんから聞いていたし、私も勘でなんとなくは大変になっていると分かっていた。
でもここまでとは思っていなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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ワカメの国 第六章 浮かれた人 貝塚浮世

大人しい性格だった浮世。最近、イケイケな感じに憧れて来た。
彼女はファッション雑誌を読み耽る(ふける)。
しかし、彼女の本当の遣るべき事は他にある…。

閲覧数:135

投稿日:2012/05/13 01:15:57

文字数:4,493文字

カテゴリ:小説

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