「俺は……そういうのは……」
 その赤い瞳が、赤い舌が、何かを、嘗(な)めるような、嘗めて溶かすような視線が、蓮の心を、妙に、ざわつかせて、蓮は、搾り出すように、そう言いながら、俯いた。
「慣れていないわよね。だから、よ」
 赤い衣が乱れて、白い足が、軽やかに、孤を描き、組まれた。その足の白さも、何だか、絡みつくようで、痛いように、熱いように、鼓動が、騒いだ。
 そのとき、蓮の手が、ぎゅっと、強く、握られた。柔らかい、繋ぎ慣れた感触。蓮の心を、蓮の動揺を、包み込むような、その優しい手触り。
 横を見れば、鈴が、顔を曇らせて、蓮を見ていた。蓮は、微笑むと、ぎゅっと、握り返した。
 そして、ゆっくりと、命炬を見る。命炬は、楽しそうに、微笑んでいるのに、どうしてか、睨まれている以上の、燃え上がる炎を前にしたような緊張感がある。
 赤い衣から、覗く、膨らんだ、白い胸元。長く、すっと伸びた、白い手足。何もかもが、鈴とは違う。
 自分と、鈴が違うように。
 そして、自分と、海渡たちが違うように。
 そうだ。自分は、どんどん、大きくなって、海渡たちのように、背丈も伸びて、体つきもしっかりしていくのだ。
 鈴とは、ますます、違う姿になるのだ。
 そのとき、鈴は………
 考えながら、蓮は、命炬を見た。
 そのとき、鈴は………こんな風になるのだろうか?
 蓮には、とてもとても、そんな鈴の姿を描くことはできなかった。どう描こうにも、今、隣にいる鈴になってしまうのだ。
 鈴の手の平の柔らかさを感じながら、蓮は、ふと、微笑んだ。
 それでもいいのだ。鈴が、どれだけ、今と違う姿となっても、その隣には、やっぱり、今と違う蓮がいる。
 そして、その蓮とその鈴は、やっぱり、お互いが、愛しくて、仕方がないのだ。
 今、この姿の自分が、隣にいる鈴を、この姿の鈴が、愛しくて、仕方がないように。
 視線が、合わさって、蓮と鈴は微笑み合った。共鳴りしていたわけでもないのに、今、この瞬間、お互いの心を映し合わせているような気がした。
「ふふふふっ。あなたたち、可愛いわね」
 出し抜けに、響いた、火の子のような、明るい笑い声に、蓮と鈴は、驚いて、前を向いた。
「は? 可愛い? 俺も?」
 その言葉の意味を咀嚼(そしゃく)して、蓮は、眉をひそめて、命炬を見た。
「そうよ。あなたたちも、あなたたちの関係も、驚くほど、尊くて、愛しいわ」
 母のように微笑んで、命炬は言った。その微笑みも、まなざしも、声も、神に捧げる火のように、神聖な耀(かがや)きに満ちていた。
「久し振りに、良いもの見せてもらったし、私も、良いもの、見せてあげるわ」
 宣言するように、命炬は言って、赤い衣を翻して、立ち上がった。それは、まるで、炎が踊ったようで、蓮と鈴は、思わず、まじまじと、目で追った。
「ふふふ。その前に、私の相棒を紹介しましょう」
 そう言って、命炬が両手を交差して、広げると、すくっと、あの、赤い火の花が咲いた。その火の花は、二人が見る間に、火の子を撒き散らして、燃え上がった。そして、嫣然(えんぜん)と微笑む命炬を照らし出した、炎が、その姿をくっきりと、映し出し、形を変えながら、命炬とよく似た、青年となったのだ。
「彼が、私の相棒、命灯(メイト)よ」
「はじめまして。君たちも、本当に、よく似ているね。俺たちと同じだ」
 命炬が嬉しそうに、名を告げると、炎だった青年は、仰々しく、お辞儀をしてみせた。でも、それは、ひどく、軽やかで、舞の振りのように、自然だった。
「はじめまして。私は、鈴。うん。鈴と蓮は、双子の月鏡なんだって」
「はじめまして。俺は蓮。もしくは、満月のつがい」
 その言葉に、蓮と鈴は、微笑って、そう名乗った。
「なるほどね」
 小さく、何かを呟いて、それから、命灯は、そう言うと、命炬と視線を合わせて、くすりと笑った。
 蓮と鈴は、命灯を仰いで、それから、命炬を見た。そして、お互いに、見合わせる。ほんの数秒も、ずれの無い、同じ動きだった。
「ふふふふっ。命灯。赤燈。炉理明子。魅せるわよ!」
 そんな二人を見て、楽しそうに笑うと、命炬は、高らかに、そう言い放った。
「仰せのままに」
「おう! 一花咲かせてやろうじゃんか」
「かしこまりました。命炬様」
 命灯は、おどけたように、そう言って、優雅にお辞儀をした。一方、紅燈は、楽しそうに拳を振り上げて、炉理明子は、きっちりとお辞儀をして、そう言った。その反動で、朱い帯が、水を得た金魚のように、楽しそうに揺らめいた。
 最初に動いたのは、紅燈だった。衣を脱ぎ捨てるように、紅い鳥になったかと思いきや、天に、火を吹いた。
 紅い火は、天に大きく、円を描いて、その中に、朱い金魚が飛び込むと、くるくると、舞った。
  朱い尾ひれを翻し
  闇を泳ぐは この私
  火女神さまの御手にすくわれて
  朱い玉守り 歌いまする

  紅い翼をはためかせ
  闇を飛ぶのは この俺様
  命炬の誘いに乗ってやり
  紅い玉燃やし 歌う今
 朱い金魚が、歌いながら、舞うたびに、水しぶきのかわりに、火の子が飛んで、そこに、紅い鳥が飛び掛るように、歌いながら、舞い込んで来た。
 朱い金魚は、ゆらりとよけると、そのまま、大きく跳ねた。朱い飛沫が舞って、その中を、紅い鳥が翔けて、自らがかけた、火の円よりも、大きく、円を描いた。
  赤い炎を照らし出し
  闇に映るは 火の獣
  火女(ひめ)の火姿(ひすがた) 生を受け
  片割れ守り 歌いあげん
 朗々と、歌いながら、火の円を切るように、横切って、命灯が、紅燈の上に、飛び乗ると、大きな炎の玉を、幾つも、跳ね上げて、舞い出した。
 誰かを乗せているという配慮を全く見せずに、飛び回る紅燈の上で、幾つもの炎の玉を操って、舞うのだ。それは、鬼気迫る舞だった。
 しかし、刹那、幕でも、落ちたように、真っ暗になって、沈黙が、無が、そこを支配した。
  赤い炎を生み出して
 蓮と鈴が、声を上げようとした刹那、伸びやかな声とともに、あの火の花が、すくっと、咲き誇ったのだ。
  闇に咲くのは 火の女
 次々と、闇を埋め尽くすように、咲き出す火の中に、命炬が、歌いながら、花が咲くように、すくっと、現れた。
  秘の宮 導き 司り
  世界を守り 歌い咲け
 命炬が、手を掲げると、その手から、炎の玉が翔け上がり、ぱっと、大きな花を咲かせたのだ。
 闇を埋め尽くすように咲く、火の花も、膨れ上がると、炎の玉となって、天を翔け、次々と、天に、大きな花を咲かせ始めた。
 命炬の手から、火の花から、炎の玉は、翔け上がり続け、天に大きな花を咲かせ、さらに、そこには、次々と、火の花が咲いていく。
 闇を埋め尽くす花の洪水の中を、舞い潜りながら、命灯が、切りかかるように、飛び込んできた。命炬は、それを返すと、そのまま、二人は、戦うように、舞い出した。
 その二人を見守るように、朱い金魚が泳ぎ、さらに、火の鳥が、火を吹きかける。
 そうやって、激しく、舞いながら、四人は、四人とも、歌を歌い続けているのだ。
 圧倒される蓮と鈴に、ふと、命炬と命灯が、誘うように、手を振った。蓮と鈴は、同時に、頷くと、空へと、舞い上がった。
 あかい花の乱舞の中に、飛び込んだ金色の光は、四人と合わせるように、背くように、歌い、舞い遊んだ。

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  • 非営利目的に限ります
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双子の月鏡 ~蓮の夢~ 二十八

 水龍の鈴月(♂)や風鳥の月蓮(♀)も、それぞれ、力の強い獣なので、もっともっと、成長すれば、人の姿を取れるようになります。それぞれ、主と同じ性別なので、蓮と鈴そっくりな姿をとります。こうやって、考えてみますと、最高の影武者ですね。当然、滅茶苦茶、強いですし、千回人が死ぬような目に遭わせなきゃ、致命傷になりませんしね。

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投稿日:2008/09/14 23:07:43

文字数:3,049文字

カテゴリ:その他

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