本当はね。
最初から、わかってたの。
自分のやってることの異常性と、無意味さが―。
でも、自分でもこの思いを制御できなくて
殺人衝動だけが増幅されていって
どうしようもなくて
止まらなくて
――泣きたかったの。
斬りつけ合うなかで、キクの動きが鈍くなった。
その一瞬を帯人は見逃さなかった。
彼女の斧を持つ手の甲を、アイスピックが貫いた。
「くッ―!」
腕へとつながっている信号がとぎれ、キクは斧を落とす。
帯人はその斧を炎のなかへ蹴った。
キクはその場に、崩れた。
うつむきながら力無く笑う彼女。
「……ぁは、はは」
わかってたんだよ。
本当は。
最初から。
最初から。
全部―。
「………わたしのほうが 間違い だったね」
「…」
帯人はただ、見つめていた。
キクはそっと顔をあげる。
「 ごめんね 」
喉につまっていた言葉が、やっと出た気がした。
「キク、ちゃん―」
帯人の後ろに、起きあがる雪子が見えた。
疲れ切った顔はもうぼろぼろだったけど、その瞳は力強かった。
「雪子ちゃん…」
怒鳴るの?それとも殴る?
そう尋ねようとしたとき、その行為よりも早く、雪子がキクの前に来て
そしてそっと、キクを抱きしめた。
予想外の行動にキクはただ、呆然とする。
雪子は泣いていた―。
「もう大丈夫、だから」
なんで?
なんで貴女が泣くの?
「貴女だって被害者だもん。貴女ばかりが悪いわけじゃないよ。
たしかに、人殺しは悪いことだよ。
でも、ね。
悪い偶然が重なったんだと、私は思うの。
エラーとか、不安とか、そういうのが―」
「…そんな、」
私が悪いのに。
なんで、そんなに優しくするの…?
殺そうと、して、た、のに
「私は思うの。
ボーカロイドと人間の隔たりなんて、そんなものないって。
私はキクちゃんをボーカロイドって見ないよ。
帯人のことだって、ボーカロイドだからって差別したりしない。
傷つけるつもりもない」
視界が揺らぐ。
何で…だろ…?
目から、液体が流れてくる。
どこかに欠陥でもあるのかな、私―。
こみ上げてくる感情が、私の瞳からあふれ出て止まらない。
殺してしまう前の、マスターと過ごしたころに、感じたものと似ていた。
雪子はそんな私を見て、微笑む。
「だって、こうして泣いたり、悩んだりする。
人と全然変わらないよ。
キクちゃんは、人と同じだよ。おんなじなんだよ」
なく…?ないてるんだ。わたし。
どうしようもなく嬉しくて、私は雪子を抱きしめた。
涙が止まらなくて、胸が苦しかった。
最初から、《心》はここにあったんだ。
ここに―。
帯人が優しく、そっと言う。
「ここから…早く、出よう…」
雪子がうん、とうなずいた。
キクはその笑顔に笑う。
心から、笑えた。
「キクちゃん!早く行こう!」
「…そうだね」
そう言い、キクは雪子を抱き上げた。
そして雪子を、そっと帯人に渡した。
雪子は驚いてキクを見上げる。
そんな雪子を見て、キクはまた笑った。
「そこの先に、非常口があったと思う」
「本当!? 早く行こう!キクちゃん!急ごうよ」
「…うん」
キクと帯人と雪子。
三人は非常口の前までやってきた。
分厚い非常口のむこうは、階段が続いていて、
その下はどうやら外へ続いているようだ。
煙が充満していない。
きっと助かる…!
雪子の輝く笑顔。
でも、帯人だけはキクの顔を怖い顔で見ていた。
それは敵意とかじゃなくて、もっと切ない、悲しい意味を含んでいた。
「…君は…」
「帯人君、雪子ちゃんをしっかり掴んでてね。
途中で落としたりしたら、容赦しないんだから」
「……」
帯人はもうなにも言わなかった。
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