「いたかー?」
「いないなー、こっちじゃないんじゃないの?」
ちらほらと数個のランタンの光が見える。僕らを捜しにきた村人だろう。聞き慣れた若い声が幾つも耳に届いた。
「つーかホントに逃げたのかよ」
「もう森抜けちゃってたら見つからないわよね」
一本の木の根元に座り込んでいる僕らに、彼らはまだ気づいていないようだ。歩きづらく疎ましかった木々に感謝をした。
震えている小さな手を強く握りしめ、きつく瞼を閉じてただ祈った。
神様、どうか
僕らを逃がして
『escape lovers』
家の外に出ると夏を感じさせない冷えた空気が全身を包んだ。ぶるりと体を震わせ足を踏み出す。
僅かに欠けた白い月が夜の闇に包まれた辺りをうすぼんやりと照らしていた。
村中を散々歩き回った後に目的を見つけ歩みを止めた。
村のはずれにある湖。それを包みこむように一切光を排除したような森が広がっている。
湖面が月明かりを反射させ、周囲に密生している白い花がキラキラと光り輝き幻想的な光景を作り出している。そのほとりに立っていた彼女の姿はまるで一枚の絵画のようだった。
10歩ほど離れた背後の僕に気づいた彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。大きな瞳が数回瞬きをする。
「…どうしたの?」
「あ、いや、…うん」
目を逸らして呟くと、言わずとも察したのだろう。柔らかな声色が僕に向けられる。
「あぁ、ごめんね…眠れなくて」
彼女の眠れない理由は緊張だろう。翌日の式の準備は村の全員が総出で行った。彼女はその式の花嫁だ。
「明日、だね」
「そうね」
ただ事実を事実として受け止めているだけの、淡々とした声が素っ気なく答える。
足元を見つめ、地面を覆う草を爪先で軽く蹴りつけるとすぐ傍に生えていた花が僅かに揺れた。
「幸せ?」
顔をあげて尋ねると彼女は迷ったような素振りで湖の方へ顔を背けた。言葉を探るように薄い唇を開けては閉じ、また開いては視線を落とす。
僅かな逡巡の後、小さな声が答えを紡ぎ出した。
「…分からない」
むき出しの片腕を抱いて俯いた彼女の表情は悲しげな色を含んでいた。
「あの人のことは嫌いじゃないの。でも、だから、辛い」
絞り出すように彼女は言葉を続けた。
「他の人を想いながら、あの人と生きていくのが申し訳ない。家同士が決めた事といってもあの人は私を愛してくれているのに。私は他の人を想い続けてしまう」
唇を動かす彼女はどこか縋るような表情で僕を見据えた。それが無性に悲しくて手を伸ばすと、まるで鏡合わせのように僕に小さな手のひらが向けられる。
彼女の想い人が誰なのか、僕が彼女をどう思っているのか、僕らはお互いに何も知らない。手を繋いでも誰にも咎められる謂われはない。絡めた指を月明かりが照らす。
次の瞬間、彼女が微笑んだかと思うと僕の指の間から細い指がスルリと抜けた。
反転して僕に背を向けた彼女は握った両手を口元に寄せて呟いた。
「今、幸せ」
湖面に向かって弱い風が吹き、彼女の纏う白いワンピースの裾をふわりと広げ、薄着の彼女は肩を震わせた。月光に照らされた白く光る花を踏みしだいて、着ていた上着を華奢な体にかけてそのまま抱き寄せる。
拒絶はない。ただ懇願するような悲しげな瞳が僕を見た。震える両手でその目を塞ぐと、彼女は顔を俯かせ体重を預けてきた。
鼓動が高鳴る。吐息が乱れ、肌が熱を持つ。口の中がカラカラに乾き、舌が上手く回らない。
「僕と、…逃げよう」
彼女の耳元で囁くと僕の手を細い手がそっとはずした。潤んだ瞳が僕を見つめ、今にも泣き出しそうに微笑む。
「連れて行って、遠くへ…」
彼女の手を引いて、森の中へ駆け出した。ほんの僅かに月光が木々の間から差し込み獣道を照らしてくれて、どうにか進む事は出来た。ぬかるみ滑る道は苔むしていて、しっかり踏みしめながら歩かなければすぐに転んでしまいそうだった。
一晩あれば森を抜けてどこか遠くまで行けるはずだ。そう考えて闇雲に森の中を進んだ。
もし抜けられないとしても、彼女と二人なら戻れなくても逃げられなくても野垂れ死んでも構わなかった。
いっそ迷ってしまいたかった。彼女が冷静になったときに、帰りたいと言い出しても帰れないように。
「どうしたの?」
不意に立ち止まった僕を不審に思ったのか彼女は首を僅かに傾げた。
「…今からなら、まだ帰れる」
かろうじて覚えている道筋を辿れば生まれ育った村まで帰ることができる。きっと明日からは何不自由ない毎日が待っているだろう。
僕が歯切れ悪くそう言うと、彼女はゆっくりと首を横に振って右掌をそっと僕の胸に当てた。
「帰る場所なら、ここにあるわ」
彼女は穏やかな表情で僕を見上げて微笑んだ。
それが無性に悲しくて、嬉しくて、何もかも忘れてしまいたくて華奢な体を強く抱きしめた。名前を囁くとそれに応えるように僕の背中に腕が回される。もう一度呼ぶと僕の名前を呼び返してくれた。お互いに何度も名前を呼び合った。
彼女の睫が湿っているのも僕の視界がぼやけているのも目を瞑ってしまえば分からなくなる。触れ合った頬が濡れていることにも気付かないふりをした。
歩き疲れ、木の根元に座り込んで休息を取っていると微かな話し声が耳に届いてきた。
「いたかー?」
「いないなー、こっちじゃないんじゃないの?」
彼女の表情が強張り、膝を抱えていた手が僅かに震える。その手を握ると少しだけ安心したように微笑みを浮かべてくれた。
「つーかホントに逃げたのかよ」
様子を窺うと、数名の若い男女が各々の手にランタンを持って辺りを見渡しながら歩いていた。彼らの周囲だけ橙色にぼんやりと光っている。
僕らの座っている場所が彼らの進行方向に位置しているため、声と灯りが少しずつ近くなってくる。
「もう森抜けちゃってたら見つからないわよね」
「えぇー、帰りてぇー。だりぃー」
ランタンをプラプラと振り回している男が気だるげに文句を言うと、残りの男女がそれに反応を示す。
「そもそも姉弟で逃げたっていう発想がどうよ?」
「うーん、無いよね」
「そう?私は前から少し怪しいと思ってた」
「ホント?」
「女の勘?すげえな姐さん」
震えている小さな手を強く握りしめ、きつく瞼を閉じて彼らが僕らに気付かずに通り過ぎてくれることをただ祈っていた。
「あ!」
話し声が遠ざかっていく中、不意に大きな声が響いた。
バレたのかと思い声のした方を確認すると、一人がぬかるんだ地面に足を滑らせただけのようだった。呆れたような笑いが起こり和やかな空気が生まれた。
「…っぶねぇー」
「ったく、驚かせんじゃないわよ」
「一番驚いたの俺だっつーの」
「見つけたのかと思っ…」
転びかけた青年に声をかけながら一人がついとこちらに顔を向け
「……」
ランタンの灯り越しに目があった。
―――神様!
「行こう!」
彼が反応を起こす前に小さく叫び、腰を素早く上げて姉の手を引き走り出す。
背後から声がするが何を言っているのか理解する余裕など一切ない。
どこまでもどこまでも遠くに行こう。誰も僕らを知らない所まで。僕らが結ばれても構わない所まで。
愛する人と結ばれる事が罪ならば、僕はいくらでも罪を犯そう。
愛する人が姉だという事が罰ならば、僕は甘んじて受け入れよう。
だから
神様、どうか
僕らを逃がして
escape lovers
ayuciki(マーメイドP)さんのescape lovers→http://piapro.jp/t/0q7Lを聞いて
相変わらず俺設定盛り込みまくり
花嫁と逃げんのって良くね?
でも冷静に考えると花婿がかわいそうすぎる。あと、絶対生きてけない
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