[G区画 海エリア]
「げほっ!ゲホッ!」
 海辺で大きく咳き込む少女がいた。
 その姿をミクが見たらどのような表情をするだろうか、喜びか安堵か、しかし涙を流すことは確実だろう。
 完全に水を吸って萎れてしまった大きなリボンを頭に着ける少女。
 それは、海に投げ出された、鏡音リンだった。


 一体何がどうなって、今ここはどこで、私はどうなって…。
 リンは混乱しきった頭で、それでも現状を把握しようと努めた。
 …私は死んだの?…ううん、でも、そんな感覚はしない。
 あの時…突然公園が吹き飛んできて、私は吹き飛ばされた。そして私は海に落ちた。
 …そのあとは…分からない。でも、気を失っていたわけでは多分ない…はず。ただ私は、何とか生き残ろうとして、必死にもがいていた…はず。
 で…ここは?
 重い顔をあげ、状況を見ようとしたとき、近くで叫び声が響いた。
「…!」
 これは…ルカ姉の声だ!
 ガバっとリンは起き上がった。だが、すぐにくらっときて倒れこむ。
「うう…」
 しばらくはこのまま休んでいた方がよさそうだ。服が水を吸って重いし、第一このまま向かってみたところで、何かできるわけもない。
 それよりなにより…せっかくここまで生き残ったのに…ここでレンと別れたくない。
 …一瞬視界の先に見えたコンテナの山。恐らく港みたいな感じなんでしょう。まったく、バーチャルのステージだというのに非常に作りこまれている。
「…あと、もう少し、だよね」
 空を見上げ、リンは呟いた。
 背後で、小さな衝撃音がどんどんと響いていた。





[G区画 街エリア]
「…さて、そろそろ」
 リンは立ち上がった。もうあたりはずいぶん静かになっている。きっともう、決着がついた…のでしょう。
 とにかく、ミク姉かレンに連絡とって、合流しないといけない。そのためにも、あのコンテナの山に向かわねば。多分あの先に駅とかがあるはず。
 この先はどうするんだろう。フォンを握りしめ、リンは考える。
 あと残っているのはミク姉と私とレン、ルカ姉、グミ姉、リリィさん…。やっぱり三対一に持ち込んで戦えば十分有利?でも、リリィさんはグミ姉にくっついてるし、ルカ姉も依然何度も戦ったけど…すごく強かった。
 それに、そのあと…。
 いつの間にかコンテナの立ち並ぶ港にやってきた。目の前で見ると、結構一つ一つが大きい。これをうまく使っていけばルカ姉を押し潰せたり…?
 色々考えながら歩いていたためか、ふと、足に何かがあたった。
「あ…え!?」
「…リンちゃん?」
「ルカ姉!?」
 そこには、座り込んでいた巡音ルカがいた。



「どうしてここに…」
「しっ!」
 声を上げたリンを、ルカが制止した。
「死にたくなければ…静かにしなさい」
「…どういうこと?」
 ルカがいつになく真剣な表情で言うので、リンはつい黙ってしまった。
 よく見ると、ルカの右足に焼けたような跡があった。
「ルカ姉…」
 その足、と言おうとしたら再び真剣な表情でルカがこちらを見てきたので、リンは押し黙ってしまった。
 …一体、何があったのだろう?
「…きた」
 ルカが不意に立ち上がった。
「何が?」
 リンは問うたが、すぐにその意味を知った。
 二人のボーカロイドの前に現れた二人のUTAU。
「…あら、一人増えてるようですわ」
「…ほう、面白い組み合わせだな」
 モモとルコだった。



「…しぶといわね」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
 ルカに対して、モモは冷静に返してきた。
「しかし、鏡音リンが来るのは意外だな、おまえはミクのひもなんじゃなかったか?」
「…色々あったのよ」
 リンはそっぽを向いた。
「それより、ミク姉の元にも来て、ここでルカ姉にも対峙しているってことは…」
「ミクにも?」
 ルコにあてた言葉は、意外にもルカの返答を招いた。
「どういう事よ…」
 ルカは視線をルコに移した。
「…あなたたちにそれを教える義理はありませんわ」
「ああ、おまえらはここで脱落するからな、『愛言葉・カバー』!」
「『革命』!」
 ルコの仕掛けに、すぐにルカは反応した。
 すぐにあたりは土煙に包まれた。
「こっち!」
「きゃ…」
 直後リンは体を引かれた。
「『迷子ライフ・カバー』!」
 モモが追撃にかかったが、その攻撃に手ごたえはなかった。
 煙が晴れてきた。
「…ちっ、足やったはずなのにすばしこい奴だな!」
 そこにルカたちの姿がないのを認めると、ルコは舌打ちした。
「まあそんなに遠くに行けないはずですわ、すぐ探しに…」
「…いや、待とう」
「え?」
 ルコはモモを制した。
「…なあ…これ、どうすればいいんだ?」
「何がですか?」
「…ほら、一人増えたじゃないか、倒す相手」
「ああ…そういう事ですの…」
 モモは納得の表情を一瞬見せたが、すぐに返した。
「いいんじゃないです?私たちの計画上、倒す相手が前後したって…」
「…そうだな」
 ルコはふ、とため息をついた。
「じゃ、行こうか」



「…ふう、うまく逃げられたようね」
 ルカはコンテナの陰から様子を窺いながら呟いた。
 相当走ったのだが、あたりがコンテナだらけなのは変わりない。しかし今度は倉庫の中にいて、天井がある。
「ルカ姉…大丈夫?」
 流れでここまで連れてこられてしまったリンは、取りあえずルカの様子を窺う事にした。
「ええ…それにしても」
 ルカはリンのほうに向きなおった。
「ねえ…ミクのところのも来ていた、って言ったわね?」
「え…うん、そうだけど」
「どうしてそんなことになったの?」
「…突然、襲われたの」
「……そう」
 ルカは黙り込んだ。何かを考えているようだ。
 しばらく様子を見ていると、ルカがいきなり、こうつぶやいたからだ。
「…ミクじゃ、ない…」
「え?」
 しかし、ルカはリンの問いに答えもせず、また何かを考え始めた。
 一体、ルカ姉は何を考えているんだろう。リンは思った。もともとルカ姉は知的だったけど、こう、いざ敵として認識してみると、すごく厄介だ。
 多分、ここで私が攻撃しても、何らかの手段はあるんだろう。そうなると、今はこのままおとなしくしていた方がいい気がする。
 そもそもルカ姉は、一体何を考えているのだろう。
 …そういえば、がっくんがルカ姉とつながってたんだっけ?
 リンは、移動中などにミクと色々話をしていたので、がくぽがルカとつながっていたのを聞いていた。
 …一体、ルカ姉はこのゲームで何を企てているんだろう。
「…ねえ、リンちゃん?」
「ひゃ…はい!」
 いきなりルカが尋ねてきた。かなり考え込んでいたリンは思わず声が裏返った。
「…随分、疲れてるみたいね。それに、服もぬれていたみたいじゃない。何があったの?」
「え?ああ…」
 何を言われるかとリンは身構えたが、ただの質問だった。
 リンはここまで何があったかを言って聞かせた。
「へえ、海を…」
「…うん、私も取りあえず必死だったからさ、気付いたらここにいたって感じで」
「大変だったわ…」
 ルカは返事を言いかけて、止まった。
 そういえば、以前私は海でミクやグミと対峙した。あの時、私は仲介に入ろうと乱入した。誰も傷つけるつもりはなかったけど…。
「…ルカ姉?」
 リンが声をかけてきた。
「ごめんなさいね、ちょっと…考え事をしてて」
「それどころじゃないよ、さっきの、ルコたち、きっと追ってくるよ?」
「…そうね、対策しないと…ね」
 さえない返事だな、とリンは思った。しかしルカは一体何を考えているのか、さっぱり分からない。
 ミク姉じゃない…何が?
「ねえ…」
 リンはそれを聞こうとしたが、やめた。なんだかルカが、自分を近づけたく思っていないような…?それとも、よほど何かに集中して…。
 すると、ルカはいきなり顔をあげた。その表情は、驚いたというか、何か恐ろしいことを知ってしまったような…。
「ルカ姉?」
「…リンちゃん!」
 その表情のまま、ルカはリンの肩に掴みかかった。
「え…なに…」
 真正面から、見開いた眼で見られ…リンは怖気づいた。
 ルカ姉…こんなに…怖い表情して…まるで…。
「リンちゃん…あなた…」
 ルカがそのままリンに突っかかろうとしたとき、何かの激突音が響いた。
 ルカは反射的にその方向を見た。
「来たのね…」
 そのままルカは険しい表情を見せた。
 ここまで感情をあらわにしているルカを見るのは初めてかな、とのんきにもリンは思った。
「どうするの?」
「…リンちゃん、後で話があるんだけれど」
 ルカはそのままリンに言った。
「え、うん…」
「とにかく、ここで待ってもらえる?あいつらは私一人で相手するから」
「なんで?」
「だって…」
 ルカはここで言葉に詰まった。
「…あなたは相手しづらいんじゃないの?」
「…え?」
 ルカがリンの方を向いた。
 なんだか覗き込まれているみたい…。リンは思った。
 まるで、私を探っているよう。なんだか、まずい…いや、いやな感じ…。
「あ、相手しにくいってどういうこと?ミク姉じゃあるまいし…」
「…なら、あいつらを倒せる?」
「あたりまえじゃない!」
 リンは大声で返した。
 その声が天井にあたって跳ね返り…あたりに響き渡った。
「あ…」
 しまった…見つかる!
 反射的にルカは立ち上がり、歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 リンが慌てて後を追う。
「ねえ、なんで私と一緒に戦おうと思わないの?確かにゲームの中では敵だけど、今は共通の敵相手に戦うんだよ?」
「…その言葉、信じてもいいの?」
「もちろん、だよ?」
 ルカは立ち止まって二度、三度リンを見た。
「あいつらは、きっと私たちをみんな倒そうとしてる!それじゃ、ゲームうんぬんの問題じゃなくなってくるわ!」
「…まあ、確かに、そう…か…」
 リンの必死の説得に、ルカは納得したようだった。
「なら…そうね、一時的に共同戦線といきましょうか」
「うん」
 少々気になるところはあったが、リンは頷いた。
「…行きましょうか、ところで」
 最後に一つ聞かせて、とルカは背を向け、歩き出しつつ言った。
「当然、あなたのマイクは使えるのよね?」
「…?あたりまえじゃん。そうじゃなきゃ私、もう脱落してるもん」
「ねえ、リンちゃん…」
 やはり何かが腑に落ちない様子で、ルカはリンに話しかけたが、その前に、二人の耳にモモの声が響いた。



コンテナの山は、逃げ隠れするには便利だが、探す側となると非常に厄介だ。
「…くそ、厄介だな」
「とにかく、足の回復をされる前に…探さないとですわね」
「ああ…。巡音ルカ。一番こいつが厄介そうだしな。あの方たちにとってもそうだろう」
「ええ…」
 ルコとモモは慎重にコンテナの陰を探す。警戒しているのは突然の奇襲。出会いがしらをいきなり襲われてはひとたまりもない。
 その時、リンの声が響き渡った。
「…あいつ…」
 その源は、そう遠くない。
「…全く、おっちょこちょいというか…それとも単純にアレなのか…」
「まあとにかく、行くに越したことはない、んだろ?」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

BATTLELOID「STAGE14 解へ」ー(1)

※概要は「BATTLELOD BEFORE STAGE」を参照してください


奇跡の生還?

閲覧数:256

投稿日:2014/09/28 00:42:06

文字数:4,607文字

カテゴリ:小説

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