「父様、開きました」
情けない事に、まだ手が震えてピッキングができそうになかった。だからアレンにさせたのだが、前の経験からか素早く錠前を外してくれた。
「これ、必要無いと思うけど」
ベストの裏に仕込んであった小刀を差し出すと、恐る恐ると言った具合だったが受け取った。もう一度頭を撫でて、手を繋いで牢屋を出た。
地下牢は移動前と同じような造りで、出入り口の反対側に小さな窓がある。しかし、イルが居ない今レンの独力でこじ開けるのは難しかった。
危険性は高いが、外の見張りをおびき寄せて始末。その後とにかく走って外に出るしかないだろう。
どすん。
そう思って息を吸い込んだ所で、背後から何かしらの小さな爆発音が聞こえた。驚いて振り返ると、破壊不可能と断念した小窓からもうもうと煙が上がっている。
「宰相閣下、ご無事ですか?」
冷徹無比の声音でレンに問いかけるのは、茶髪の女性だった。信じられない人物の登場に、柄にも茫然と呟いた。
「……マリル?」
青の国から来た侍女で、十一年前の国王陛下暗殺未遂の実行犯だが、訳あって釈放された優秀な諜報員。
「お久しぶりです。良く自分とお分かりになったものです。時間がありません。早く御子息をこちらに上げてください」
因みに今まで、レンは未だに彼女らの事を信用する気にならず、徹底的に自分や他の重要人物から離れた仕事をさせ続けていた。それで一瞬事の意味を考えたが、どちらにしろ絶体絶命の宰相を今更暗殺しに来るとも考え辛い。
「アレン、おいで」
事の成り行きを黙って見守っていた息子を抱き上げ、マリルは女性とは思えぬ力で十歳児を引き上げた。続いてレンに手を伸ばすが、その手を取るには躊躇した。信用していなわけではなく、軽い方とは言え男一人支えられるか不安だったからだ。
「大丈夫ですから、お早く」
そんな心理を読みとったように、差し伸ばされた手が催促するように降りてくる。今度こそ捕まると、細い腕の何処にそんな力があるのか、息子と同じく引っ張り上げられた。
例によって見張りが二人いたらしく、斬り殺された死体が二つあった。そんな事は驚くに値しないが、その先で周囲を確認している人物を見て、再び素っ頓狂な声を上げてしまった。
「え、ダヴィード護衛官?」
それに気がついたらしく、振り返って彼は恭しく跪いた。
「宰相閣下、ご無事、ではないようですがとにかく生きていらして良かった。とにかく今はここを離れましょう。あちらに馬を待たせております」
状況が気になるが、こんな場所ではいつ包囲されてもおかしくない。従者と護衛官に促されるまま、その場を後にした。
最寄りの屯所到着し憲兵の反応を見て、二人が単独で動いていた事を知った。
「場所をお知らせするよりも、宰相閣下をすぐに救出すべきと判断いたしました」
「本当に助かった。心から感謝するよ。二人共にね」
屯所にあった消毒液を頭から被りつつ、心底安堵しながら言った。特定の人物以外に、本気で感謝したのは初めてのことかもしれない。
「でも、どうしてこの場所が?」
それでも解せない。王宮で侍女と護衛官として過ごしていた彼らが、どうやってここを知る事ができたのか。彼らの能力は知っていたので独自の情報網があっても驚かないが、確証があったなら単独で来る理由が分からなかった。
答えは意外なものだった。
「ユリーシャ様の侍女が使いに来て、独自の情報網に彼らの情報があったらしいです。過去が過去なので信じようか迷いましたが、他に有力なものもなく来る事にしました。陛下のお耳には入れない方が良いと判断し、私達二人できたのです」
今や王となったカイルと黄の国王妃であるセシリアの実の妹で、レンが人生で唯一許した人間だった。
「そうですか、彼女が。これは大きな借りができてしまいました。後で正式に感謝状でも出したいものですね」
今でも彼女に悪感情を持っているイルも、これには同意してくれるに違いない。そして彼からの許しは、ユリーシャ王女にとってそれなり以上の価値があるはずだ。
そう思ったのだが、マリルは首を横に振った。
「恐れながら、未だにユリーシャ様は王宮で謹慎状態となっている身です。これを公にされてしまうと彼女の立場が危うくなります」
事件から十年以上経った今も、ユリーシャ王女の扱いは相変わらずらしい。彼女のしでかした事を考えれば、それでも寛大な対応であることは間違いないが。
「そうですか、残念ですがこの事は伏せておきます。もし彼女と連絡を取る機会があれば、僕が心から感謝していたことを伝えて頂けますか?」
「はい、分かりました」
了承してくれた侍女に、レンは丁寧に頭を下げた。
「改めてお礼を言います、マリルさんとダヴィード護衛官。貴方だた二人がいなければ取り返しのつかない事になっていました」
「当然の事をしたまでです。これで貴女の大切な人を謀ったことを、お許し頂けるといいのですが」
底意地の悪い言い方に、苦笑いが漏れる。別に彼らを信用していなかった理由はそれだけじゃないのだが。
「十分以上です。加えて、今までの態度も謝罪しますよ。そしてそのついでに、今からお使いを頼まれて欲しいのです。マリルさん単独が望ましいですが、難しければ護衛官と一緒でも構いません」
「何でもお言いつけください。今私は黄の国王王宮で働いている身です」
そう言ってくれた侍女兼諜報員に、悪魔の笑みで『お使い』を依頼した。
「心得ました。私一人で問題ありません」
「ありがとうございます。無傷が理想ですが、命があれば手足の一本や二本は問いません」
「……貴方に『尋問』されなくて良かったと、心から思いますよ」
楽しそうに笑うレンに、マリルは呆れを滲ませた声で告げて馬に乗って去って行った。それを見届けてから、早速仕事に取り掛かった。
「ダヴィード護衛官、アレンを連れて王宮に行ってください。事の次第を陛下に知らせて、部隊を出す様に要請もお願いします」
「構いませんが、宰相閣下はどうするのです?」
「僕はここの憲兵を連れて、今から拠点を包囲殲滅してきます」
「閣下、そのお怪我は軽いものではございません。今は安静に」
ダヴィード護衛官が、心から案じてこう言ってくれているのは分かっていた。しかしここまで虚仮にしてくれた相手を、己の体調を案じて逃がしてやるほどレンは優しくない。
「護衛官、マリルさんは王宮で働いている方とおっしゃってくれましたが、貴方は違うんですか?」
目下の者に絶対零度の声で問いかけるのは、随分と久しぶりの事だった。
「……――承りました。アレン様を連れて王宮に戻り、陛下にご報告します」
「父様!」
今までただ見守っていただけだったアレンが、ダヴィード護衛官に抱きかかえられて悲鳴を上げた。
「アレン、大丈夫だよ。この人は信用できるから」
宥めるように言い聞かせて頭を撫でるも、アレンは泣きながら首を横に振る。
「だめだよ! 怪我してるんだから、ちゃんと手当てしないと!」
愛しい息子が心配してくれていると知り、心が酷く温まった。
「大丈夫だよ。もう平気だから」
「父様!」
尚も叫ぶアレンの額に唇を押し当てて、咎めるような目を向けてくる護衛官を顎でしゃくった。
「連れてって」
アレンが完全に見えなくなるまで見送ってから、屯所で踵を返した。
「今動ける人数は?」
「は、はい。十三名です」
「全員集めて五分以内に武装を整えてください。今彼らを取り逃がすわけにはいかない」
「は!」
指示を出しつつ、常備されていた汎用の細剣を腰に吊り下げて、左目に包帯を巻く。
痛みは大分引いたが、屯所に付いてすぐ鏡を見た限りでは視力の回復は絶望的だろう。それを自覚しつつも、気分は特に悪くならなかった。
親友とその息子、そして大切な実の息子を救えたのだ。むしろそれを誇れる気がして、嬉しかった。
武装完了し、全員を配置に付かせる。まだレン達の脱走に気が付いていないのか、明かりはあるのに酷く静かだった。
「さっきも言った通り、灰色で薄青色の目をした男が首謀者です。その男だけは何としても、生かして捕らえてください。構成員も可能な限り、お願いしますね」
静かな号令と共に、見張りにレンは自ら飛びかかって行った。兵士達も同時に突入し、瞬く間にそこは阿鼻叫喚の戦場と化した。
まだ見ぬあの灰色頭を思い浮かべ、凶悪な笑みが自然と浮かんだ。
「口は災いの元って、よく言ったものだよ」
包帯にそっと触れる。この目は元より、あそこでレンが焼き付けられた恐怖全て、寸分違わぬものにして返してやる。
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