前書き
『悪徳判事と小市民な職員』シリーズ(いつシリーズに……?)第三弾です。
今回も一応シリアスのつもりです。感受性の鋭い人にはきついネタかもしれませんので、読む前にご覚悟を。
【悪徳判事と作曲家のお話】
やあ、今日は何の御用で?
……マーロン判事関連で何か面白いネタは無いか、ですか。あなたも相当物好きですねえ。あの人関連だと悲惨な話の方が多いんですけど。
うーん、面白い話、面白い話……そうですね、じゃあ、こんな話はどうでしょうか。もっともこの話、マーロン判事はそんな密接に関わってるわけじゃないんですけどね。判事がお金で依頼人に有利な判決を出してやりはしましたが。
その日、判事のところにやってきた依頼人(この使い方間違ってるような気がする)は、見るからに怒り狂っていました。まあ、珍しいことじゃないです。ここに来る人は大抵が「不当な扱いに怒り狂っている」か「自分の状況をひたすら嘆く」のどっちかなんで。
「あんたがマーロン判事か?」
「そうだが。誰だね?」
「俺はルディ。作曲家だ」
この時、僕は「へー」と思いました。判事のところに来る人の中では、結構珍しい職業だったからです。
「作曲家、ということは芸術家か。芸術の為と称してどこかに付け火でもしたのかね?」
判事……芸術家に何か偏見でもあるんですか? 開口一番言うことがそれって。
「そんなことするかっ!」
あーあ、益々怒っちゃいましたよ。当たり前ですけど。
「そうか。じゃあ、人の家の窓でも割ったのか?」
「しとらんっ!」
「じゃあ、人妻にでも手を出して亭主に訴えられているのか?」
「まずはこっちの話を聞けえっ!」
はあ……これ、相手をからかって言っているんなら、まだわかるんですけどね。判事、これで真面目に相手をしているつもりだったりするんですよ。なんでこうなんだか。
「じゃ、用件は何だ」
最初からそう訊けばいいじゃないですか、判事。作曲家のルディさんとやらは、今の叫び声で体力を使ったのか、ぜいぜいと荒い息を吐いてます。
「……さっきも言ったが、俺は作曲家だ。もっとも、作曲だけじゃなく、作詞や脚本もやっている。それで、一年ほど前のことなんだが、オペラにうってつけの題材を見つけた。五十年程前に書かれた『その恋は嵐のように』という恋愛小説だ。作者は三十年ほど前に亡くなっている」
あれ……このタイトル、どこかで聞いたような気がします。どこで聞いたんだっけ……。
「それで、俺は『その恋は嵐のように』をオペラにすることにしたんだが、一人で作曲と脚本をやるのは正直きつい。で、俺は、作曲仲間のジェイコブに、俺が脚本を書くから、作曲をやってくれないかと頼んでみた」
分業って奴ですか。まあ、確かにその方が楽でしょうね。
「ところがジェイコブは、『え~。なんかつまんなそうじゃん』とか言って、俺の頼みを断りやがった!」
……そうですか。でも、好みにあわないんじゃ仕方ないんじゃないですか。
「仕方がないんで、俺は脚本と作曲を両方とも自分でやることにした。ところが!」
なんか妙に力の入った語りをする人です。オペラなんて作ってるとこうなっちゃうんでしょうか。
「つまんなそうとか言って俺の頼みを断ったくせに、ジェイコブの奴、『その恋は嵐のように』を、自分の手でオペラ化して、俺より先に発表しやがったんだ!」
うわあ……それは確かにこのルディさんとやらが、怒るのも無理ないような気がします。友達(?)と思っていた人に、出し抜かれちゃったんですから。
「しかもあいつ、俺の考えたアイデアまで勝手に使いやがって! ヒロインをルシンダにする予定だなんて、話さなきゃ良かった! 畜生! 畜生! 畜生!」
……よっぽど悔しかったんですね。ていうか、どこで聞いたのか思い出しましたよ。この前友達が『その恋は嵐のように』を見に行ってきた、って話していたんです。「泣いちゃった~」とか、言ってましたっけ。多分悲恋物なんでしょう。
「あ~、事情はわかった。で、私にどうしてほしいんだ」
気のない声で、マーロン判事がそう言いました。基本的にこの人、依頼人の事情はどうでもいいんですよね。大事なのは、お金を払ってもらえるか、どうかってことだけで。
「簡単だ! 金は払うから、あいつのオペラを上演禁止にしてくれっ!」
えーっと……幾ら憎いからって、そこまでしなくてもいいと思うんですが……。
「ああそうか。じゃあ、何でもいいんで訴える理由を作って訴訟を起こしてくれ」
「わかった! ふんっ、見てろよジェイコブ! お前の『その恋は嵐のように』が先に発表されたせいで、誰も俺の『その恋は嵐のように』に注目してくれなかったが、それもこの裁判までだからな!」
なんというか……人って怖いです。ルディさんは、足音高く判事の部屋を出て行きました。
「判事、こんな裁判ありなんですか?」
「さーねー。でも、世の中には動物を訴える人だっているんだし、あれくらい別にいいんじゃない? 私としては、金さえ払ってくれば後はどうでもいいよ」
結局それですか、あなたは。
とまあそういうわけで、理由は忘れましたがルディさんは裁判を起こし、ジェイコブさんの作った『その恋は嵐のように』というオペラは、上演禁止になってしまいました。ジェイコブさんもさすがにびっくりしていましたが、一年くらい経つとまた、新しいオペラを作り始めました。禁止令はあくまでその作品に対してだけで、作曲活動を禁止したわけじゃなかったですからね。
ん? ジェイコブは知ってるけど、ルディなんて人は知らないって? それに、オペラ『その恋は嵐のように』は、ジェイコブの代表作じゃないかって? そうですね。誰に訊いても、そういう答えが返ってくるでしょう。じゃ、なんでそうなったのかを、これからお話しますね。
ジェイコブさんが作った、オペラ『その恋は嵐のように』は、マーロン判事の判決により上演禁止になりました。ですが、それから数年が経過した後、例のオースディン事件が起こりまして、マーロン判事が亡くなったんです。あの後一斉にあの人批判が吹き荒れまして――これも仕方のないことなんですが――その時に、ジェイコブさんが「自分の受けた判決は不当なものである」として、禁止令の撤回を求める裁判を起こしたんです。
これは当然ジェイコブさんが勝訴しまして、ジェイコブ版『その恋は嵐のように』は、また、上演されるようになりました。そしてあの事件から五十年が経過した今、劇場にかかるのは、ジェイコブさんが作った方だけです。
どうしてジェイコブさんのオペラの方だけが残っているのかって? 簡単で、もの凄く残酷な理由ですよ。二人の才能の差です。
ジェイコブさんの方が、ルディさんよりもずっと、作曲に関して優れた才能があったんです。実際、ジェイコブさんの代表作として知られる作品は、『その恋は嵐のように』だけではありません。十作品ぐらい、今でも頻繁に劇場にかかります。一方、ルディさんの名前は、かなり音楽に詳しい人でないと出てきませんし、実際に曲を聞いたことのある人は、もっと少ないでしょう。
これがむごい真実です。結局、最終的にものを言うのは、才能の差なんですよ。真の才能を持った人が作った作品だけが、長い時間という名の試練に耐えることができるんです。
悪徳判事と作曲家のお話
前のバージョンで解説へ飛びます。
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