「&ロ ~アンドロ~」※前編後編の二部編成 こちらは後編

作 坂本隆之(たっくん25)






レンとリンが出会い、1年が経とうとしたある日のことでした。

「リン……これは……」

レンは戸棚の奥にあったノートを手に取り、眺めながらそう呟きました。

「あっ、それは!」

そこには、いくつかの言葉と音符が並んでいました。

「リン、これはリンが書いたのか?リン……君はもう、曲を書くことができるのか?」

「違うの、それは」

「どうして……どうして教えてくれなかったんだよ!完成したなら聴かせてくれるって約束したじゃないか」

レンの手からするりとノートが床に落ちる、鈍い音が部屋に響く。

「そうか、ごめんね、僕がいつまでたっても、歌を作ることが出来ないから、気を使ってくれたんだね、僕に合わせてくれていたんだよね、ほんとはもう何でも出来るのに……僕が悲しむから」

「違うの」

「何が違うんだよ!わかっていたんだ、博士も君もみんな僕に気を使っているんだって。僕は君よりはるかに劣っている、わかるかい?僕の気持ちが、届かないんだ、響かないんだよ、愛のわからない僕が愛を、幸せを歌っても、ましてやそんなうわべだけの言葉だけ並べたようなもの歌じゃないって。手が動かなくなるんだよ。本当は……歌いたかった、自分の言葉で、僕をこんなにも素敵な世界へ生み出してくれてありがとうって、言いたかったよ、リン、君にも本当はありがとうと伝えたかった。だけど僕はもう駄目だよ、感謝の言葉も君を労わる言葉も出ない、君を愛しいともなんとも思えない、ありがとうの一言も、アイラブユーも言えない。僕は……駄目なんだ」

レンの頬を伝い、ノートの上へ雫が零れ落ちます、涙を模して作られたその液体がノートのインクを少しずつ滲ませていきます。慌てて博士がレンのもとへ駆けつけます。

「レン!」

「博士、どうして、僕にこんな、立派な頭脳だけ与えて……不完全な感情のまま僕を作り出したのですか?こんなにも苦しいなら、もっと僕を馬鹿に作って欲しかった、それが出来ないなら、毎日記憶をリセットするスイッチを作って欲しかった!ひどいよ!僕は人間じゃないけど、人間と同じように痛みを感じる。どうして…どうして」

とめどなく流れ落ちる雫でどんどん滲んでいくノートの文字達。誰も何も声をかけることも出来ず、その場から動くことも出来ませんでした。
しばらくの時を経て、レンは静かに立ち上がると部屋の隅へと向かい、顔を伏せたまま動かなくなってしまいました。静まり返った部屋で、ただ淡々と、リンのすすり泣く声だけが鳴り響いていました。



その日の夜
「リン、あとでこれを読んで欲しい。必ず誰もいない部屋で一人きりで。そして読んだら捨ててくれ」
そう小声で呟いてレンは小さな紙切れをリンに渡しました。

――リンへ。君が大切に書き溜めたノートを、言葉を汚してしまって本当にごめんなさい。僕はたくさん君に迷惑をかけてしまいました。僕は、きっとこの先もずっと、君や博士を愛することは出来ず、憎みながら生きていくとしか出来ないのだと思います。リン、こんな情けない、駄目な僕を兄と慕い、愛してくれて、なのに何も僕には何もしてやれず、本当にごめんなさい。リン、突然ですが僕から君にお願いが二つあります。わがままなお願いですが、僕からの最初で最後のお願いです。一つ目は、もし、許されるならば、君の歌がやっぱり聴きたいです。今日のこと、とても後悔しています。本当にごめんなさい。そしてもう一つのお願いは……僕を……



破壊してくれませんか?



僕は自分自身を傷つけたり、改造出来ないようにプログラムされています。博士達は当たり前ですが僕のこのような考えを許してくれるわけがありません。僕は少なくとも君を産み出すために必要なデータは提供した、もう役目は果たしたと思います。こんなひどいことを君に頼むなんて、やっぱり僕は君を愛せないみたいだ。君が僕をまだ愛してくれているならば、僕を、壊してください――

リンは次の日から一人になりたいと部屋に閉じこもるようになりました。博士達もそれを了承し、しばらくリンの様子をみることとなりました。レンもまた別室で一人きりで生活を行い、二人は顔を合わすことなく、時は流れていきました。



リンは必死で勉強していました。どうにか、お兄ちゃんを苦しみから助け出すことが出来ないかと。本当に壊すことしか道は残っていないのかと。
彼のプログラムを丸ごと交換すればいいのだろうが、そんなパーツはどこにもないし、仮にあったとしても交換すると今までの記憶は失われ、それは別人になることを意味する。それは救うとは言えない。
皆が寝静まった深夜、リンはこっそり部屋を抜け出し、レンのもとへと向かいました。

「お兄ちゃん、覚悟が出来ました。私に付いてきてください」
レンは無言で小さく頷き、リンの後を追います。真っ暗な研究室を突き進み、二人はベットの横へと並びました。

「ここは」

「そう、私たちが生まれた場所。そしてお兄ちゃんと出会った場所」

「ごめんなさい、お願いは一つしか叶えることが出来ません」

「あれから何度も歌おうと試みたのですが、どうしてもあのノートに書いていた歌は上手く歌えませんでした、本当にごめんなさい」

「私がこの世界に生まれて来れたのは、お兄ちゃんのおかげ、たとえ何があっても、私はお兄ちゃんが好きです。ずっと……ずっと。どうしたらお兄ちゃんを苦しみから救えるか考えていました」

「何度も考えて決めたこと、もう迷いません」

「ベッドに上がってください」

リンはまたポタポタと涙を流しながらそう告げた。レンは静かにベッドへ上がり、そして目を閉じます。

「リン」

「なに?」

「アリガトウ」


「え?」


「……ありがとう」

「こちらこそ……ありがとう」

10

翌朝

「……ここは?」

レンは状況が理解できずに呆然としていました。

――僕は昨日、ここでリンに破壊してもらって、死んだはずなのに、どうして――

「リン!これは一体どういうこと?」

レンは急いでリンのもとへと駆け寄ります。

「リン、やっぱり出来なかったのかい?途中で辞めてしまったのかい?これはどういうことなんだ!」


「……。」


「一体どうしたんだよ、何か言ってくれよ、ねぇ……リン?」
リンは一言も喋らずただじっとレンの目を見つめています。

「ねぇ……リン?……リ……ン?」

その時、突然レンは激痛に襲われました。

「痛っ!胸が……胸が痛いよ!……誰か、助けて、ダレカ、タスケテ!」

床にうずくまり、必死に息を整えようと試みますが、上手く呼吸が出来ません、とめどなく大量の涙が溢れ、流れていきます。

「リン、お願い、一言でいい、返事をしてよ!僕の名前を呼んでよ!」

レンはなんとか体を起こし、リンのもとへと向かおうとしますが立ち上がることが出来ません。



「……!!」



「ねぇ……リン……そっか…好きな人が……大好きな人が目の前からいなくなるかもしれないって、もう会えないかもしれないって、寂しいって、こんな、こんな気持ちだったんだね。君は、ずっと、ずっとこんなにも辛い思いをしていたのに、僕は、君になんて……ひどいことを言ってしまったんだ……リン、ごめんなさい!お願い!リン!もう一度声を聞かせてよ!」

騒ぎをききつけた科学者達が続々と研究室に集まってきます。

「博士!僕、リンにひどい事をいってしまったんだ!もう僕はこれ以上生きていても迷惑をかけるだけだから、いっそのこと僕を壊してくれって!それがどれだけひどい言葉か、リンを傷つけたか、僕は分からなかった。でも今なら全部分かるんだ……博士、リンがおかしくなっちゃったんです、何を話しかけても返事をしてくれないんだ!博士、僕は、ぼくはとりかえしのつかないことをしてしまっ……た」
レンはそのまま気を失ってしまいました。慌てて科学者の一人がリンを調べにいきます。

「これは……」

「博士……リンの……人工知能のプログラムの一部がなくなっています!」
「なんだと!」

博士は慌ててレンの頭部を調べます。

「そんな、こんなこと、有り得るのか」

「一体何が起きているのですか?」

「恐らく、レンの体内に……リンのプログラムが組み込まれている」

「そんな!有り得ません!リンには自らのシステムを触ることが出来ないよう強力なセキュリティがかけられていました。万が一そのセキュリティを破って自らのプログラムを取り出したとしても、その時点で思考能力は著しく低下しています。その状態の中、レンのプログラムを傷つけたり書き換えることなく自らの基盤をレンのシステムに適合するように改造し、組み込むなど、どう考えても不可能です」

「そうだ、到底そのようなことは考えられない。だが、そうでもないとこの状況の説明が出来ない」

「まだ検査をしないと正確なことは言えませんが、もしリンが自らの人工知能をレンに適合するように改造をしていたのなら、組み込む前に自身のデータの初期化を行っている可能性があります」

「ああ、そうでないとシステムに混乱が起き、バグが発生する。レンがずっと口にしていた、愛しさを、その感情を伝えるために、自らの命を絶ったというのか?もし初期化をしていたらもうもとには戻せないんだぞ、どうして、そこまで……」

「博士、私は、人造人間、アンドロイドというものを甘く見ていたのかもしれません。教えてないのです、我々は自らの身を犠牲にしてまでも何かを守る、誰かを救うという、そのような思想は教えていません、レンを兄と慕い、彼を苦悩から救ってあげたいと本気で願う。そんな純粋な気持ちが、奇跡としか言いようのないこの状況を生み出したのなら……私は、自分が情けないです……レンの言うとおり、彼らをもっと人間として扱わなければいけなかった、生まれながらにして、重い十字架を背負わせるような、そんなアンドロイドは作ってはいけなかったのです」

レンは真っ暗な暗闇の中を真っ逆さまに落ちていくような、そんな不思議な感覚を感じながらまだ意識を失っていました。


――お兄ちゃん?きこえる?


――リン?リンなのか!


――結局私は何一つ約束を守れませんでした、ごめんね


――違う!リン、聞いてくれ、謝らないといけないのは僕の方なんだ、僕は君にひどいことをたくさんしてしまった、ごめんよ、リン、お願いだ、君に会いたいんだ!きちんと会って謝りたいんだ!リン!


――ごめんなさい、もう……会うことは出来ないの。こちらから話せるのはこれで最後……だけどね、私、これからもずっとね、お兄ちゃんの心の中にいるから。だから、約束を守れなかった私がこんなこと言うのはずるいんだけど、一つお願いがあるの。お兄ちゃんの大好きな歌、いつまでも聴いていたいから、歌うのを辞めないで。きっと今のお兄ちゃんなら、わかるはずよ、アイラブユーの意味を、ありがとうの意味を、大好きの意味を。これからもたくさんの歌を聴かせてください。


――うん、辞めないよ、約束する。ねぇ、僕が歌を作ることが出来たら聴いてくれるかい?誰より先に、君に聴いてほしいんだ。


――うん、楽しみにしている、約束だよ。……じゃあそろそろ私は行くね


――え?イヤだよ!待ってよ!行かないで!


――大丈夫、お兄ちゃん。聴いて、私、短い間だったけどお兄ちゃんの妹として一緒に過ごせたこといつまでも忘れません、そして最後にお兄ちゃんが私のことを、私の名前、愛を込めて呼んでくれたこと、いつまでも忘れません。これからもずっとそばに入るから、もう一人きりになんてさせない。お兄ちゃん、ありがとう。




ずっと戦っていた、一人で勝手に背負い込んでいた、孤独や不安。




リン、もう大丈夫だよ。これからもよろしくね。聴こえるかい?



「ありがとう」



11

その後、世界中で早期実用化が望まれ急ぎ足で行われていた人造人間の開発研究は、この出来事を境に、もっと慎重に行うべきだとの流れへ向かいます。
鏡音レンと情熱を持った科学者たちの努力により、二十年後、この研究所から待望の世界初の量産型アンドロイドが誕生するのですが、その話はまた機会があればその時に……。


それではまた会う日まで。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【小説】&ロ~アンドロ~ 後編

前編後編の二部編成 こちらが後編

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投稿日:2010/07/05 06:37:03

文字数:5,130文字

カテゴリ:小説

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