翌日は雨だった。
流石に今日はやっていないだろう。昨日、初めて参加した音の楽描会が楽しかったので
今夜も行ってみようと思っていたが、午後から降り始めた雨は夜になっても止まなかった。
音の楽描会、あれは現実だったのだろうか?
それが楽しかったのは覚えている。何もわからず輪に入ってきた僕を皆が温かく迎えて
くれたのは嬉しかった。でも、そこで会った人のことを覚えていない。少年やおじさんと
話はしたが、名前は聞きそびれて、顔も、何故か印象すら残っていない。夢の中で会った
その他大勢のように…。
ふと目についた小さな食卓塩の瓶を手に取り、振ってみる。
…
シャイカーを振る感覚や音の記憶は鮮明に残っている。
(明日晴れたら…、行ってみればわかるか。)
食卓塩の瓶を置いた。
今日は晴れ。帰り路、気分が踊っているの分かる。
二日ぶりに夜の林に向かう。林に近づくにつれて期待と不安が高まっていく。そして…
聞こえた!
「おっ!また来たね!」
「ええ。来ちゃいました。」
「あ、お兄さんまた来たんだ。」
「うん、楽しかったから、また来ちゃった。」
向こうは僕を分かってくれているらしい。でも僕は・・・分からない。
「…ん?まぁ、気にすることはないよ。そんな、ちょっと会っただけで人の顔なんて覚え
られないでしょ?あと、ここではみんな名前なんて持ってないし。」
(名前を・・・持ってない?(?_? )
名前も顔も覚えていないといったら、そんな答えが返ってきた。
「それより今日は何やってみる?」
「そうだな~、この間はシェイカー?だったから・・・。」
「今日はタイコいってみなよ。大丈夫、叩きかた教えてあげるから!」
「・・・じゃぁ、そうしてみようかな。」
「うん、それならこっち来て!」
前に見た大きなおちょこのようなタイコの前に案内される。
「『ジェンベ』っていうタイコだって。」
少年は僕の隣に座り、樽を縦に引き伸ばしたようなタイコを手で叩いてみせる。
「手で叩くんだよ、これもそっちも。形は違うけど、とりあえず、基本的な叩き方は同じ
だから。」
指先でトントンと叩いてみる。とりあえず、音は出る。
「叩けば音は出るけど、あまり無茶しないでね。手が痛くなるから。…でもまぁ、2,3
叩き方を教えておくね。」
そういって、タイコの面に掌を置く。
「真ん中辺に指をそろえて手を置いて、指の力を抜くと真ん中が浮くよね。その形のまま
腕を上げて、タイコの真ん中辺を叩く。」
ボン
ボスッ
明らかに音が違う。
「う~ん『叩く』といっても…、打面に当たった瞬間にその反動で打面から手を放す感じ。
『はたく』に近いかな?打面に手を付けたままにしちゃうと音がこもっちゃうから。」
と、ボンボンと叩く。手が打面の上で弾んでいるようだ。
真似してみる。
ボンッボンッ
ちょっと近づいたみたいだ。
「あっそうだ!こうやってタイコをちょっとだけ前に倒して、足で挟んで倒れないように
固定してみて。タイコの下に穴が開いてて、そこから低い音が出てくるから。」
「こう。」と言っている少年の真似をして、タイコを奥に少し傾け、両足で挟み込んで
固定する。手前に傾けた場合は変に叩いて手首を痛めてしまうことがあるそうだ。
そして、叩いてみると・・・
ボ~ン、ボ~ン
「いいね。低音はそんな感じ。」
低音は叩けていそうだ。少年のタイコよりは響きが長く聞こえる。タイコの違いか?
「もう一つは、掌の関節のところ…感情線とか頭脳線っていうんだって?、がある辺りを
タイコの縁に当てるように叩く。」
トン
さっきより少し高い音だ。
「縁を叩いたその勢いで指先が打面に当たって音がでる感じかな。」
トッ トッ
「指の力抜いてみて。力が入って、打面を叩いた後に、指が打面を抑え込んじゃってる。」
手をブラブラさせて、指の力を抜いてからもう一度、勢いよく叩いてみある。
パーン!
先程の少年の音よりも高く、力強い音がでた。
「おっとお兄さん、いきなりやるね~。」
少年が関心したように言う。
(えっ、何かやっちゃった?)
「初めてで、いきなり高音を出せちゃうなんてすごいね~。」
「そうなの?」
「高い音はちょっとこつがいるから、いきなりはなかなか難しいんだよね。」
関心したように言われたので、ちょっと嬉しくなって、また叩いてみる。
パンッ!
ちょっと、詰まった音。
「やっぱり叩いた後に指が打面を抑え込んじゃってるね。指が打面に当たったら叩く力を
抜いて、跳ね返るに任せる感じで。」
(叩くといっても当たった後も振りぬくのでなく、当たった瞬間に跳ね返る感じにすれば
いいのかな?)
パ-ン パーン
「おっ。お兄さん飲み込み早いね!」
「そうかな?」
ちょっと嬉しい。
「今のは高音ね。今度は中音。指を揃えてあまり勢いをつけないで叩いてみて。タイコの
縁に掌の関節を当てるように。」
トントン・・・
「中音はそんなもんかな。これで、低音、中音、高音の3つの音が使えるということで。
あとは、その3つの音を使って、自由に叩いてみてよ。」
「えっ?なんか、『こんなリズム』とかはないの?」
(いやいや、使い方は分かっても、何か定番のリズムとか、楽譜とか(読めないけど)が
ないと、何をやっていいか分からないよ。)
「えっ、そんな決まったものはないよ。」
「・・・(^^;」
「みんなその時の気分で、自由にやってるからね。」
「・・・(^^;;」
「ん…んまぁ、いきなりじゃ難しい…のかな…(´_`;」
そんなやり取りとしていると、今度はおじさんが声をかけてきた。
「この間の『お客さん』だよね?…まぁ、いきなり『自由に』って言われても何をやって
いいか分からないよね。」
「ええ、まぁ…(^_^;;; 」
こくりと頷く
「とはいえ、ここは決まったものを演奏してるわけでもないから…。まずは、周りの音を
聞いて、誰かの音をまねしてみたり、その場に音を足したり引いたりしてみてよ。」
「音を足したり引いたり?」
「『ここにこんな音があるといいかな?』とか、『ここはちょっと音を抜いてみよう』、
みたいな。」
「『足す』のは分かるけど、『引く』はなんだか・・・。」
すると、おじさんは、僕が使っているタイコを横から軽く叩きだした。
タカタカ タカタカ ・・・
「これって、ずっと聞いてると、ちょっと単調だよね。」
「・・・(?_?」
「音を4つで区切って・・・、一つ音を減らしてみるよ。」
タンタカ タンタカ ・・・
「一つ音を減らすだけで結構変わったでしょ?」
大きく頷いた。これを聞くと、最初の音が『単調』というのも頷ける。
「4つの音のうち、4つ全部叩くのと、1つ目を抜くのは慣れないと難しいから・・・、
2,3,4つ目を抜いたのを順番に並べると・・・」
タカタカ タンタカ タタンタ タカタ ・・・
「おお~」
「16個のうち、3つ抜いただけでも、なかなかいいリズムになるでしょ?」
「そうですね^^」
と、まねて叩いてみた。
「そういえば、昔来た『お客さん』が
『シナガワ、オーサキ、ゴタンダ、メグロ』
なんて言いながらこのリズムをたたいてたなぁ。なんのことだかは分からないけど。」
「・・・! ははっ、電車の駅名だ!」
「デンシャのエキメイ? 」
「電車が止まる『駅』の名前がそんな名前と順番で並んでいるところがあるんですよ。」
「へぇ~そうなんだ。・・・面白いところがあるんだね。」
「たまたまリズムと語呂がうまく合ったってことなんでしょうね。」
「そうだね、リズムを語呂にしてみると覚えやすそうだし、逆に何かの語呂をリズムに
してみたりすると面白いリズムが見つかるかもしれないね。」
また演奏が始まった。トコトコ叩きながら辺りを見回すと皆楽しそうに演奏している。
周りの音に合わせる感じで、さっき教わった低音、中音、高音を叩いてみる。・・・が、
なんかしっくりこない。皆の演奏に乗れている感じがしない。周りの皆は演奏していて、
僕は点て音を出しているだけ・・・。
(いきなり『好きに叩いていいよ』とか言われても何叩いていいんだか分からないし…、
やっぱりちょとしたリズムのパターンは知っていた方が入りやすいよな。)
ふと思い出して、先ほどのリズムを叩いてみた・・・。
(品川、大崎、五反田、目黒っと・・・)
何回か繰り返して叩いた。ちょっとのってきたところでふと顔を上げると…、
(あれっ?)
何故か皆がこちらを見ている。そして、僕と同じリズムで演奏している。
それに気付いた途端、急に恥ずかしくなった。恥ずかしさで僕の手が止まっても、音は
そのまま鳴り続いた。拍手の音とともに。2,3声も聞こえた。暖かい声だ。
最初は恥ずかしかったけど、それは次第に『嬉しい』に変わっていった。元々この場に
何の繋がりもなかった僕が、この輪の中に受け入れてもらえたような気がして…。
しばらくすると先程のリズムは段々別のものに変わっていった。僕も周りの音を聞いて、
それに合わせるように、再びタイコを叩き始めた。
今日は、ちょっと演奏に乗れたような気がする・・・。
「今日はよく叩いたから、よく手をさすっておくといいよ。」
帰り際に言われ、ジンジンと少し熱くなった手をさすりながら音楽描会を後にした。
前回もそうだったけど、すっきりとした気分になれた。タイコを叩いたりすることが
ストレスの発散になったのだろう。
今日のタイコは前回のシェイカーと比べて充足感があった。ちょっとばかり手は痛い
けれど…。
(また行こう・・・)
小さくなる虫達の声を耳に、心地よい空間を後にした。
<第二夜 完>
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