『ココロ・キセキ』 -ある孤独な科学者の話-[6]
その日から、タクミは毎日レンの研究室へ通った。
レンが定年を迎え、引退した後は、『Rin』の製作場所は、レンが妻のリンと暮らすために建てたログハウスへと移された。
もともと秘密の別荘にするつもりだったログハウスは、誰にも知られない二人だけの研究室となった。
タクミは、もの覚えはいささか悪かったが、手先は本人が言うほど不器用ではなかった。
さらに言えば、レンが行き詰まったとき、何気なく発せられるタクミのひらめきは、何度も研究の窮地を救った。
「オレ、本当に幸せです。あの『世界の鏡音』先生と、こんなにすごいロボットを作っているなんて」
『タクミは、幸せ? 』
リンが、微笑んで尋ねる。
「うん。オレは、リンちゃんに会えて、幸せだよ」
表情豊かなタクミは、リンの前ではあえて素直な言葉を選ぶ。
「やはり、タクミが助手で正解だったよ」
「でしょう?」
調子のいいタクミの返事に、リンの脳波を計測していたレンは、大いに笑う。
「ま、俺の研究を手伝っていなかったら、お前、留年を重ねて退学だっただろうしな」
「ひ、ひどいよレンさん!」
リンの制作に携わることは、タクミの知識の復習に、大いに役にたったのだ。何しろ、学校で学ぶこと程度は覚えないと、到底レンの研究を手伝うなど、高度なことはできないのだから。
「博士号、取れるんだよな?」
「ええ。予定では、今度の春に」
そう答えたタクミに、レンは目を細めた。
出会ってから、そろそろ10年近い年月がたつ。
落ちこぼれだったタクミ少年が、ついに博士号を取ろうとしている。
「行先は、決まっているんだな?」
「ハイ。山波ジュニア先生のところです」
「なんだ。派閥から抜け出せなかったのか!」
レンが学生のころに所属した山波教授の息子も、工学の道に進んだ。
時代の移り変わりを、レンはしみじみ噛みしめる。
「派閥だろうとなんだろうと、いいものは良いんです。いいじゃないですか」
タクミはそう言って、レンの言葉を笑い飛ばした。
「大丈夫ですよ、鏡音先生。どんなに忙しくなったって、ちゃあんとリンちゃん育てに、通ってきますから」
「ああ。頼むな」
思えば、今のタクミの歳は、カイトを失ったときのレンの歳ではないか。
「時が経つのは早いな」
そして老齢の域に達するレンに残された時間は、あとわずかだった。
* *
春から夏へ。秋へ。冬へ。
雨の日も、風の日も、穏やかな日も、タクミはリンを『育てに』通ってきた。
レンはすでにログハウスにこもりっきりだ。
レンのための食糧の買い出しも、やがてタクミの仕事となった。
「レンさん。ふと思ったんですけど、指先を含め、肌の感度センサー、少し上げませんか?」
タクミがいつものようにお茶を淹れながら言った。
「そうかね」
レンは、リンの手を取る。リンの手は起動熱のおかげでほんのり温かい。
「今日、雨ですよね。
少し寒いとさびしい気分になったり、温かいと幸せな気分になったりしませんか? この部屋はいつでも快適ですけど、もしかして、そういう温度の変化って、『心』にとって重要ではないのでしょうか?」
季節はもうじき春だ。
部屋の中では機械の都合上、いつでも17度に設定してある。それはレンのライフライン技術の賜物であるが……
「それだ! やってみよう!」
レンが、いったんリンを眠らせ、全身の皮膚センサーの温点、冷点の感度
を少しずつ上げる。圧点も少しだけ上げた。
「よし」
レンがリンの前に回った。タクミが効果を見るために、リンの首筋から伸びたケーブルにつながった、モニターの前に座る。
「リン」
そっと名を呼び、手を触れただけで、なんとリンは目を開けた。
「……!」
その自然さに、レン自身が驚いた。
目を開けたリンは、手を握っているレンの手に、視線を落とした。
『あたたかい……』
「……………………! 」
それはただの反応だ。
そう判っていながらも、レンの目を涙がかすめた。
「…………リン。わかるかい」
『ハイ、レン……』
「私はね、リンが、君が、好きなんだよ」
レンの口から発せられた言葉に、リンがうなずいた。
『ええ。わたしは、あなたの、好きな人に似せてつくられた』
「うん。たしかに、俺は君をね、リンの姿に似せて作った。でもね……」
次の、レンの言葉に、タクミの方が泣いてしまった。
「でもね。リンも大好きだったけど、カイト先輩が考えて、タクミに手伝ってもらって、一生懸命作った君のことも、好きなんだ」
―――― 一度目の奇跡は、君が生まれたこと……
……タクミが研究室に来たあの日。
目を輝かせたタクミ少年は、平凡なレンが作ったこの子を奇跡と呼んだ。
―――― 二度目の奇跡は、君と過ごした時間……
……カイトが死んだ後、ずっとレンは『リン』を造ってきた。
「あ……」
解った。解かってしまった。
『リン』に関わることで、平凡なレンは、いろいろなものを手に入れた。
技も、ひらめきも、今、本当なら、ひとりぼっちのはずの自分が……『リン』を介して、タクミとともに楽しく研究を進めている。
そして、落ちこぼれだったタクミは、博士号を取ろうとしている。
「俺は、二つも、奇跡を手にしていたんだな」
『レン、ちょっと、強い』
レンの手に、握る力が加わる。
「でも、まだ……」
まだ、果たしていないことがある。
一番大切な、本当の『リン』の生みの親が願ったこと。
「まだ、“ココロ”が……できない、」
そのとき、
フッとレンの意識が遠のいた。
「レンさん!?」
タクミが、ガタンとモニターの前を立った音がした。
レンの意識が落ちてゆく。
三度目はまだ無い。
三度目は、まだ……
……[7]へつづく
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