第七章 02
「……なんじゃと?」
 焔姫の言葉には、わずかに怒気が含まれていた。
 男は頭をたれたまま、震えそうになる声を必死に整える。
「……いくら不問になったとはいえ、一度死罪を勧告された身です。このまま王宮に留まる事は出来ませぬ。それこそ、この国のためにはなりますまい」
 男の言葉に、焔姫は鼻で笑った。
「何をくだらぬ事を」
「私一人の処遇など、この国にとっては些事に過ぎません。ですが、だからこそそのような些事で、この国に迷惑をかけるわけにはいかないのです」
 男は顔を上げ、焔姫を見る。
「……これまでこの国によくしていただいた恩を、仇で返すような真似をしたくないのです。こうする事が私なりの誠意であると、信じております」
「……」
 焔姫は反論出来ずに黙って男を見返している。
 焔姫も本当は分かっているのだ。
 恩赦を与えられたとはいえ、死罪を宣告された者が王国に留まり、その上王宮内を闊歩しようものなら、それは腐敗の温床となる。
 国家における罪の所在が曖昧になり、民の罪への意識も薄れていく。やがて街中は犯罪者であふれ、王宮内でさえ秩序を保てなくなるだろう。
 そうしないためにも、男はこの国に留まってはならないのだ。
 国王も宰相も焔姫も、それを分かっている。だからこそ宰相は男への恩赦に反対した。だからこそ、国王も反論しない。焔姫も、反論が出来ない。
「私はもともと、何の変哲もない平民にございます。にもかかわらず、この国で大変豊かな暮らしをさせていただき、身に余る光栄でございました。これより先、私はまた一介の吟遊詩人として、流浪の旅をしようと思います」
 国王は何も言わなかったが、かすかに片眉を上げた。
 国王までもが男に肩入れするわけにはいかない。だがそれでも、国王は男に気を遣ってくれているのだと分かった。言葉にはしなかったが「本当にそれでいいのか?」と男に問うているのだ。
 男はかすかにうなずく。それを見て、国王は目を伏せた。
「……誠に勝手ではございますが、ご容赦下さいますよう」
「よかろう。そなたの宮廷楽師としての任を解く」
「父上! 余は――」
 そう言いかけるが、国王の鋭い眼光にさすがの焔姫も口を閉ざした。
「我に反論するのであれば、それにふさわしい根拠を示せ。皆と、そして誰より彼自身を納得させられる根拠をな」
「それ、は……」
 反論がままならず、焔姫は口ごもる。
 その様子を見て、国王は男に向き直った。
「宮廷楽師……いや、吟遊詩人カイトよ」
「……は」
 男は再び頭をたれる。
「宮廷楽師としての任、大儀であった。そなたのような覚悟ある者を失うのは、この国にとって手痛い損失となろう。そなたの旅路に、幸多からん事を」
「ご厚意、痛み入ります」
 国王の祝福に、男は深く頭を下げた。
「……」
 だが、一人納得のいかない様子の焔姫は、男をにらみつけたまま、男が退席するまで一言も言葉を発しなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

焔姫 30 ※2次創作

第三十話

不意に、わけもなく泣きたくなってしまったりする事が、たまにあります。
そんな、うまくいい表せられない気持ちを、文章を書く事にぶつけているんだろうなと思います。
けれど、そうやって書けば書くほど、そんな自分の気持ちを解消するにはまだまだ自らの文章を書く能力がもの足りないのかな、と日々痛感するのです。

閲覧数:42

投稿日:2015/04/13 22:17:31

文字数:1,229文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました